少し前にこのサイトの存在を知り、多くの経験談を拝見しました。
新しく掲載される文も必ず読んでおります。
本当に苦しい状況の方がいるなかで、私が文を寄稿すること、やや躊躇われたものの、この度させていただきたく存じます(なお、日々の生活に本当に困窮されておられる方にとって、下記本文は気分を害されるおそれがあることを予め申し添えます。)。
人に歴史あり、私も下記に記載するほかに様々な要素・要因がありますが、ひとまず、以下の話をさせてください。
私はなんてことはない、地方の中流家庭の末っ子として、この世に生を受けました。
どうしてか、感覚や考えることが周囲の同年代と異なることが多く、例えば、園児であった頃でさえも、なぜ両親は自分を扶養するのか分からない(理由がない=捨てられるのではないか)と本気で思っていました。
また、歳の離れた兄らの影響か、語彙力も良くない方向に進化していたこと、幼少期特有の無敵感も相まった強気さにより、年齢相応の可愛らしい子どもではなく、ませた、大人から見て至極扱いづらい子どもだったと振り返れば思います。
当時、家庭が種々の要因により壊れかけていたこともあって、父母と語り合う機会もなく信頼関係を結ぶきっかけもなく、私には本当の意味での味方がいませんでした。
そんな折、兄らが犬を飼うことを希望しました。
母はそれに対して最も強く反対をし、私は母の機嫌が悪くなることを懸念して同様に反対しましたが、最終的に母が折れ、我が家に犬を迎えることになりました。
2003年12月のこと、7歳だった私の人生に、生後3ヶ月のミニチュアダックスが加わることになりました。
前述した私の特徴はそのままで、当然、周囲の感覚とのズレなどは改善されず、相変わらず信頼できる関係といえる人は家族含めいなかったのですが、そのミニチュアダックスだけは、どんな時であっても、私に構ってくれました。
犬相手に読み聞かせをしたり、うつ伏せで勉強をする私の脚の間に入ってきて寝たり、弟であり友であり父であるかのような彼は、その後様々な人生の岐路において、私の側に居続けてくれました。
それがどれだけ、「根拠のない自信」と「それに基づく幸せ」に寄与してくれたか。
学校でいじめを受けても、父の激務によるワンオペ育児と介護により母が自殺を図っても、どんな環境になっても、犬だけは、変わらず、私の側に居続けてくれました。
物心ついてすぐの頃から側にいたその存在が、唯一無二のその存在が、ちょうど今から7年前の2019年8月、この世を去りました。
最期は認知症にもなり、昼夜逆転や夜鳴きもひどく、かつての感謝を忘れてしまった時もありました。
ただ、息を引き取った時、これほどまでに喪失感を覚えるとは─。
一人と一匹で歩んできた人生から、一匹が抜けて、一人だけの人生に戻ってきてしまった。
夢や希望を持たずとも、明確な自信や幸せといえるものがなかったとしても、間違いなく幸福だった私の人生の基礎が、脆くも崩れ去ったのです。
それから、犬のいなくなった地元を去って上京し、異動で関西へも住むことになり、様々な知見を得ました。
首都圏の、近畿圏の、色んな人に出会い、多くの価値観を知るに至りました。一人旅で日本全国を旅行して、さまざまな土地の風土や歴史、人情を感じました。
大学での勉学の成果がたまたま活きる特殊な会社で、幸いにして食うに困らない収入もいただいております。
ただ─、何をしても満たされない感覚が、薄っすらとしかしずっしりと、この人生を包みこんでいるのです。
なにをしても空虚で、なにをしても、この重苦しい感覚を取り除けない。
いろいろあって始めた難関資格の勉強をする時間が長くなりすぎて、それを辞めることでさえ過呼吸になる始末。
客観的には、生きていくだけの“安全圏”にいると思われるであろうはずなのに、主観的には、もう明日にでも、この人生の幕が降りても、なんら悔いはない。
生きている理由がわからない。
お金があれば幸せが買えると思っていましたが、多少あったところで、生きようと思えるだけの何かはできはしません。
高級な温泉宿にも泊まりました。神戸牛なら週1で食べてました。高級なお酒もいろいろと飲みました。仕事で得られたお金で、色んな経験を、したはずでした。
しかし、それが生き永らえる理由にはならなかった。
高級なモノを持っても、壊れる・失くす・盗まれる心配が勝る、集めモノは母からきつく禁止されて育った影響かする気にならない、同様に規範的でない嗜好品や趣味は、する気にならない。倹約を旨とする公務員家庭で育った私には、お金を使うことそれ自体がストレスになる、趣味といえる類はすべて、退屈な暇つぶし、人生を徒に延命させるだけの装置にしか見えない…ストレス発散ってなんだ?
最後行き着いた答えは、かつて犬と築いた共依存関係にも近い、信頼できる間柄の存在こそが、私が最も欲するものだったのです。もっというなら、守るべき家族が欲しい。
そしてそれが極めて困難であることもよく分かっているからこそ、薄っすらとしかし重い感覚が、強く認識されてしまう。
三つ子の魂百まで、いうまでもなく、私の特徴は角はとれたとはいえ今も昔のまま。感性が独特に過ぎることによるコミュニケーションの困難やその他外的要因にも起因し、年齢相応の恋愛経験だってありはしません。
メンタルだって、かつてあんなに強かった(少なくとも色恋沙汰以外ならほぼ無敵だった)頃の面影はなく、ひたすらに内向きにストレスがかかる状態です。
もうすぐ三十路を迎えようという中、自分は一体何を成すことができたのか?
このまま老いていく自らの誕生日を祝うことが本当にできるのか?
孤独なままに死んでいくとして、そのためにあと何十年も生き永らえなければならないのか?
誰かと比較して相対的な幸せを得ようという気はありません。
ただその割に、誰かと比較して自らの不幸は感じてしまう。
この不均衡さ、精神の矛盾。
多くは望みません。
ただ平穏が欲しい。
たまに軽い喧嘩でもするような、そんな間柄の存在がいて欲しい。
それすらも得難い袋小路に迷い込んで数年、それは袋小路ではなく樹海だったのではないかと、思ってやみません。
生きる理由が、ないんですよ。
〈追伸〉
コンテンツにあるつらチェック診断では、「人生ハードモード」タイプの、Category4が16点(=12点-[-4点])でした(アドバイス欄にて経験談の執筆を勧められたのも一つ寄稿の理由です。)。
その際、「似たような境遇の人と支え合ったり、あなたの育ちに理解のある人と出会えたりすることがポイントです。」とありましたが、どんな場所で会えそうですかね…。
感想1
経験談、何度も読み返しました。飼っていた犬を亡くしてしまったことによる苦しさは計り知れないものだったと思いますし、信頼できる間柄の存在がいなくなったことが今でも大きなショックだったのかなと感じます。大切な存在が亡くなってしまってからの7年間、「自分は何がほしいのか」という問いの答えを探すべく、あなたなりに様々な物事を体験したり、取り組んだりしたのかなと私は捉えました。結局趣味やら何やらは退屈な暇つぶしにしか見えないという点は、烏滸がましいかもしれませんが、分かるような気がしました。
まず、読んでいて印象に残ったところは、犬を飼いたいとあなたの兄たちが言ったとき、あなたはお母さんの機嫌が悪くなることを懸念して反対していたというところです。あなたの兄たちはお母さんに対して自己主張している一方、あなたはお母さんの機嫌を伺っていることが、対照的な描写だなと感じました。当時のあなたは本当は犬を飼いたかったのでしょうか。当時のあなたに尋ねてみたい気持ちになりました。
また、当時のあなたは結構幼いにも関わらず、お母さんの気持ちに対してかなり配慮していたのかなぁ、とも感じました。そうなると、あなたのお家は安心して意見を言える場所ではなかったように見えましたし、現在でも家庭環境の影響からか楽しめない物事があるとのことで、長いこと親の顔色を伺ってきたのかなと思いました。「扶養する理由がない=捨てられる」と感じていたとのことで、あなたにとって親は自分よりもはるかに権力を持つ存在として認識していたのかなぁと思っていました。おそらく小学校入学前後の記憶の中で、家庭が壊れかけていたことが記憶に残っているっていうのは、結構あなたにとってそういった家庭の状況がショックで、記憶せざるを得ないほどにはつらいことだったんじゃないかと思います。そして、今までそういった傷を自分なりに見つめる機会はあったのだろうか、誰かに話す機会は一度でもあったのだろうか、そしてその傷を癒す機会はこれまであったのだろうかと感じました。
「感覚や考えることが違うことが多い」と繰り返し書かれていたことも印象的でした。経験談を読む限り、具体的にどういった場面で差異を感じるのかあまり読み取れませんでしたが、幼い頃から自らの差異を認識し、それを悪いものとして捉える場面が多かったのかなと思いました。それはもしかしたら周囲からの反応も影響していたのかなとも勝手ながら想像していました。そもそも違う感覚や考えを尊重できる社会であれば、あなたもここまで生きづらくなかったのかなとも感じました。あなたの経験談の中で家族以外の存在があまり登場していなかったのですが、家族以外のコミュニティで何かあなたにとって良い影響のある場所はなかったのだろうかと、もどかしい気持ちになりました。だからこそ、飼っていた犬があなたにとって唯一無二の存在であったということは経験談を読んでいてすごく頷けました。
経験談全体として、「信頼し合える間柄の存在がほしいが、コミュニケーションの困難さ、独特さにより自分にはその相手が見つかるわけもなく、なぜ生きているんだろうと思ってしまう」という心の叫びを感じ取りました。「メンタルだって、かつてあんなに強かった(少なくとも色恋沙汰以外ならほぼ無敵だった)頃の面影はなく」という文がありましたが、恋愛関係になると大きく心が揺れるというのは、恋愛と信頼を深く結びつけて考えているということなのだろうか、と思っていました(ちがったらごめんなさい)。
生きる理由ってなんでしょうね。私も分かりません。あなたの場合はきっと信頼し合える人がいることが生きる理由になり得るのかもしれませんが、現状その相手がいないし、その相手ができるわけもないように感じるというギャップが苦しいのだろうな、と思いました。
私もつらチェックを受けたことあって、昔は私も特にカテゴリー4の点数が低かったのですが、似た境遇の相手を見つけるのってなんだか難しいですよね。今までの人生で似た境遇の人や理解ある相手を見たことがないなら、なおさら「一体どこにいるんだ…」と思えてしまいます。もちろん、カウンセリングなどを頼るという可能性もありますが、そういうとき、私は本を読んでいたなぁと自分の過去を振り返って思うところでした。