経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

「死にたい」に理由はいるのか

「死にたい」「消えたい」その一心でこれを書いています。理解できないと思います

環境に恵まれてる癖に大したこともできない。
なんでここに生まれたのか、なんで私なのか、
「あの子はあんなに悩んでるから仕方ない、でも私はなにが悩みなの?」
自傷行為をするたびにこう思います
ですが自傷行為すら許されませんでした
「(私)が腕切ってるの知って悲しかった」「お母さんも昔してたからよく分かるけど…」
知ったような口で喋らないでほしい、全て気持ち悪い、自分を救う方法が何も見つからない自分にとってこれは見てきた中で一番、形に残る、大切な苦しみの証だから否定しないでほしい
まるで切る行為が最悪でやってはいけない、なんて思われるのが苦しい、これしか自分を救うことができない、本当に思っているかどうか分からない人の言葉よりも自分の心を軽くしてくれるから
現実から逃げたくてずっとスマホを見てしまう、何もないとスマホの世界と現実世界の違いと自分の劣等感に気づいてしまうから、
私は今自傷行為も希死念慮も減りました
でもある時突然小さな出来事で劣等感が生まれ思考の迷路に迷い込み二度と出られなくなる。出口のない箱の中に閉じ込められた気分でした。そうなると本当にもう死のうかなと考えることしかできません、画面の向こうにしか縋りつかない自分は哀れで滑稽でどうしようもなく価値もなにも見出せない自分で
本当は1人になりたくないのに1人を選ぶ自分を本当に殺したくなるし
誰かと比べるばかりで自分は変わろうとしない自分も嫌い
否定的な言葉を吐く親も嫌い
自分の存在が憎い
あの選択をした自分が憎い
私を産んだ親が憎い
私を見てくれない人が憎い
汚い自分が大嫌い
社会に適合できない自分が大嫌い
理解してくれない社会も
理解して欲しいのに何も言わない私が一番嫌いで憎くて気持ち悪くて殺したい
時折自分に対してビンタをする
そうでもしないと痛みを感じられないから
自傷行為を許してくれなくて、腕を隠すと毎回しつこく聞いてくる親も殺したい
うざいしつこい放っておいて
いつも何がそんなに辛いのと聞かれると分からないと答える、分からないならちゃんもしろと言われる。それはあまりにも理不尽だ
どんなことにも理由をつけないといけないことが
私はとにかく嫌だ
友達も学校も勉強も呼吸も朝起きることも全部
生まれてくるんじゃなかった
綺麗事を嫌うのに綺麗事に救われる自分が嫌で気持ち悪くて
相手の気持ちを考えられない自分が気持ち悪い
初対面の人と話をできない自分が気持ち悪い
死にたい死にたい死にたい
それしか考えられない
でもしばらく経つとケロッとした自分がいる
なぜだろうと思う
こういう波があるから人を振り回して頭を悩ませる
私はいつかまた腕を切る
いつか外に飛び出す
そしていつか死ぬ
死ぬのは誰でも当たり前、でも死に方はさまざま
私は1人で死にたい
結婚もせずにやりたいことだけやって
親不孝だと思われる
でもそれでいい
そんなことだけ考えて結局切ることも死ぬこともできない
そんな自分は本当にクズだと思う
言葉にしても先延ばしにしてやらずに後悔して人のせいにする
親の血を死ぬほど憎む
ヒステリックなところもぜんぶそっくりだから
怒られたくない
子供みたいなことしか考えられない
都合の悪いことには耳を塞いでいる
何にも理由をつけることができない
今を生きることが辛い
将来に不安しかない
自己中心的な自分が嫌
もう嫌だ

感想1

あなたが思考や感情の波に振り回されながら日々を過ごしていることが伝わってきました。あらかじめ「理解できないと思います」と前置きされていることから、身近な人には気持ちを分かってもらえないという強い思いがあって、それで恐る恐るここに書きだしにきてくれているのかなと想像しました。
自他への嫌悪感、憎しみ、苛立ちや悲しみ、孤独感、色んな感情があなたの心を締め付けている、そんな苦しみの渦中にあることを感じます。湧き出てくる気持ちや考えの根源が見えずに混乱していて、輪郭線の曖昧な苦しさに自傷やスマホの画面に逃げ込むことでなんとか対処しているように私からは見えました。あなたにとっては、それらが苦しさから自分を守る数少ない有効な手段であって、その苦しみの根本がどうにもならない状態なのに、自傷行為そのものを否定されてしまうのは辛いだろうと思います。

何故理由を探してしまうのでしょうね。理由があればその行為が正当化されるから?悪いことが起きたら、それが起こった理由・原因を取り除けば状況が改善されると安心するからなのでしょうか。
死んでしまいたいと思うほどの苦しみが発生する理由は、その実とても複雑だと思います。何か特定の理由が明確にあるということもあるだろうけれど、生きていく中で降り積もっていった大小様々な苦しみが複雑に絡まり合っていることが結構多いのかなと私は感じています。その苦しみの発生源を全て特定できるわけではないし、上手く言語化できるとは限らないと思います。
読んだ限り、あなたの日常の中には嫌いなことや嫌なことがたくさんあって、その中で生きていると落ち込んでしまっても無理はないと私は思いました。あなたを辛い気持ちにさせるものが何個もありすぎて、「何が辛いの」と聞かれたところで簡単には説明できない気がしました。

「死にたい」に理由は要らないと思うし、それよりまず大事なのは死にたい・苦しいと思う気持ちをただただ認めることではないだろうかと思うのです。それにどんな理由があろうが無かろうが、その気持ちがあることはしっかり受け止めたいです。あるものをないことにしてもやがて爆発してしまうかもしれないし、死にたい気持ちの原因探しをして早くその状態から抜け出すよう急かされても、中々心は休まらないですよね。まさに「放っておいて」という気持ちに私もなると思います。

振り回されてしまうのはしんどいけれど、人に感情の波があるのは自然なことだと思います。あなたができるだけ嫌な気持ちを覚えずに済んで、心が穏やかでいられる瞬間が多くあってほしいです。親孝行なんか考えずにやりたいことだけやって良いと思うし、嫌なことからは逃げて良いと私は思います。そうして、「死にたい」が薄まっている時間が長く続けばいいなという気持ちです。

感想2

「理解できないと思います」という言葉に、周囲から理解されないことの苦しさや、あなたがあなた自身に対してどうしてこうなのと自分を理解できないもどかしさみたいなものが含まれているのかなと想像しました。ここに綴られた言葉の一つ一つが周囲やあなた自身に向けられた、あなたの憎悪のように感じます。自傷行為や希死念慮は減りながらも、時折ふと訪れる苦しい日々をなんとか過ごしているのかなと思います。

死にたいことや消えたいこと、辛さに理由を探すのは、何事にも理由をつけないと理解が追いつかないからではないかなと私は思います。私自身もそうですが、わからないことは人を不安にさせたり強いストレスを感じさせるように思います。何か理由があれば、「ああそういうことならそうなるのもわかるかも」とわかったような気になって安心するのではないでしょうか。でも実際世の中なんでもかんでも理解できることは少ないように思います。「なんでこうなったのかわからない」としか思えないことも事実あるのではないでしょうか。だからこそ生きるのは苦しいのかもしれません(こう思うことも、そうだろうと理由をつけようとしている行為かもしれませんね)。

私は、人にはただ生きていることの苦しみがあると思っています。何か特に理由や出来事がなくても、生きている、ここに存在しているということに苦しみが付随しているように思うのです。それは自分自身ではどうにもしようがなくて、その苦しみの中でなんとか今この一瞬を生き延びるために自傷行為であったり、現実とは別の世界に没頭する時間が必要だったりするのかなと。その苦しみから真正面に立ち向かうことはなかなかできることではないからこそ、何か気をそらすものが誰にも必要なのだと思うのです。だからこそ音楽や文学が生まれたのではないかなと想像しています。その手段は人それぞれで、単純にその行為が良い悪いと分けられるものでもないなと思います。あなたにとってはその手段が自傷行為であったり、スマホだったりするのでしょうか。

腕の傷が1番形に残る苦しみの証というのにとても共感しました。今感じている苦しみの証、自分の中に渦巻いている色々な思いの表現の形、それが1番わかりやすく、目に入りやすく、自分でも理解しやすいのが体の傷だったなと思います。
あなたがここに綴られた言葉からはあなたの苦しみや、親や自分に対する思いが痛いほど表現されていました。自傷行為だけではなく、あなたには言葉で苦しみを表現する力もあるように感じます。勝手ながら経験談やとりコミュ、ぷらっとチャットなど他のコンテンツも苦しいときの表現方法の一つにできるのではないかなと思いました。
生きる上でどうしてもある波を乗りこなしながら、こういった場があなたの「死にたい」「消えたい」を表現できる場所になったらなと思います。

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