経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

私が弱いから、母が怒る

 私の母はお手本のような母です。朝私を起こし、手作り朝食を作り、私が食べている間に、私の身支度を整えてくれます。着ていく服、荷物、お弁当、全て母が用意してくれます。家を出る時は必ず送迎してくれます。趣味に理解もあり、同じアニメを見て楽しんだりもします。周りからも「いいお母さんだね」と言われます。自慢の母です。

 ただ、その自慢の母の子供でいるために、私は常に母の思うように動かねばなりません。母は感情の起伏が激しく、他人を気遣っているようでいて自己中心の世界にいるような人です。
 私は、物心着く前から塾に通わされ、小学校受験の際は、「こんなこともできないのか」と毎日殴られながら勉強していました。小学校受験に失敗し、中学校受験に切り替わった時も、塾のテストの点数で毎度母に詰められ、教科書をゴミ箱に捨てられたり、塾をやめちまえと言われたり、散々でした。その頃、私はいい点数を取らなければならないという思いからカンニングを始め、一度は成績があがりましたが、結局塾に気付かれ、再び点数は悪くなりました(私の実力が露見しただけです)。小学校5年生の時は私がイジメを受けているという話をでっち上げ、母に優しく接してもらおうとしたりしていました。何とかして母に許してほしかった覚えがあります。とにかく小学校高学年の時は、塾のある毎週末死にたくて仕方ありませんでした。中学受験に失敗したら、死のうと思っていましたが、何故か成功してしまいました。

 母はとにかくバカが嫌いです。高校生になると、「オシャレや男にかまけている女は、成績が落ちる」と繰り返し伝えてきたので、私はそういったものに興味を持たないよう、細心の注意を払いました。幸い、女子校に通っていたので、恋愛面は何の懸念もありませんでした。しかし、大学受験で、母も大満足の第1志望に合格すると、今度は「化粧ができない女はみっともない。彼氏の1人や2人早く作ったらどうだ」と言うようになりました。今まで外見や異性関係を意識して遠ざけていた私にとって、母の求める基準が変わったのは苦しかったです。母がバカを嫌っているのは変わりありません。だとすれば、外見や異性関係に注力すれば、バカになり、母に見捨てられるのではないか。私はかろうじて化粧に手を出したものの、異性関係は怖いままで、それは今でも変わりません。

 大学3年生の時、大学院に進学しようと思い、勉強を再び始めました。しかし、レベルの高い大学に通っていたので、周りもレベルが高く、劣等感で授業に出られない日が出てきました。私は、母の教育虐待にも似た教育投資により、今まで「賢いキャラ」として生きてきました。逆に言えば、それ以外で、人に認めてもらったことはなく、それが確立できない大学生活が酷く苦しかったのです。

 その頃、初めてカウンセリングに行きました。一人暮らしだったこともあり、母にバレないよう、母には架空の予定を伝え、その隙にカウンセリングに通いました。母に何も伝えずに行くと、母からの突然の電話に出ることができず、怒られてしまうので、その対策でした。カウンセリングは私に合っていて、母との距離感を上手く取れ始めていたように思います。母と毎日していたビデオ電話をやめたり、毎日大学に着ていく服を自分で選んだりできるようになりました。

 大学4年生の時も、母に「大学院のレベルを1つ下げたい」と相談できました。もちろん母は激怒。そこで私は説得するために、カウンセリングに通うほど追い詰められている話をしてしまいました。そうすれば、母も多少は考慮してくれると思ったのです。しかし、母は「あんたがすぐ弱音を吐く子に育ったのが情けない。メンタルを言い訳にするな」と怒りながら泣いていました。私は救いがないことに絶望すると共に、私は弱音を吐いてはいけないのだと確信しました。結局、大学院のレベルを下げることは出来ず、受験し、そしてまたもや何故か合格してしまいました。

 大学院に進学し、とりたかった資格をとった現在、研修生活を送っています。大学と大学院は一人暮らしでしたが、研修地が地元なのもあり、今は実家暮らしに戻りました。最初は何の問題もないと思っていたのですが、母は私に、母の思う社会人像を伝えてくるようになりました。「気遣いができていない」「身だしなみがなっていない」「お前のような人間は仕事が出来なくて見捨てられるんだ」「面倒な独り身おばさんまっしぐらだ」などと母の気分のままに色々と言ってきます。私が落ち込むと母はさらに怒ると知っているので、ヘラヘラと笑って過ごしています。母の小言が入らないように気を付けて、会話をしています。

 実家に戻ってきてから、自分にどんどん自信がなくなっています。ここまで色々と書きましたが、私自身、母のことは嫌いではなく、母が1番近くにいる存在なので、母に見捨てられたくないという思いが強いです。母の理想の娘となれば、母は私を見捨てることなく、母も私も毎日笑って暮らせるのです。そう思うと、幼少期に私を怒鳴り散らしていた母が想起され、勝手に落ち込んで勝手に泣いています。

 最近は私の仕事についても、口出しをしてきて、「今まで大量の金をつぎ込んだのに」「今のお前の仕事は悪だ」と不満を零しています。私は今の仕事を中学生の頃から夢見ており、母もそれを応援してくれているとばかり思っていたので、とても辛いです。

 私はいつになったら母を満足させられるいい子になれるんでしょう。どうやったら、母に見捨てられても構わないと、自立する覚悟をもてるのでしょう。なんにしろ、私が弱いからいけないのです。

感想1

昔からお母さんに認めてもらいたくて、お母さんの言うことを聞いてきた(というか聞かざるを得なかった)のかなと思いました。「認めてもらいたい」という気持ちももちろんあると思うのですが、暴力や暴言を幼い頃から浴びていたら、お母さんに抵抗するのも怖かったのかもと思いますし、昔からの習慣がずっと続いていくところもありそうだなと思いました。お母さんにいろいろ言われてもヘラヘラと笑っているのは、あなたなりに見つけた対処法なんだと思います。一方で、カウンセリングに通っていた時期に自分で服を選べるようになった時期は、あなたなりに習慣から脱した時期でもあったように見えました。
「教育虐待にも似た教育投資」と経験談の中で書かれていますが、私は「お母さんは殴ってるしひどいこと言ってるから、これは虐待なのでは…」と率直に感じました。小学生のときにあなたがカンニングをしたのも、そういったことをされて「こわい」「不安」といった気持ちを抱いていたからだと私は経験談から読み取りました。そういうときに周囲の大人は誰もあなたの状態に気づかなかったのだろうか、と感じ、なんだか私もふがいないような気持ちです。

お母さんはあなたの身の回りのことをいろいろしていて、あなたからしたら優しく見えるときもあるからこそ、あなたはお母さんに対して期待する節もあるのかなと、勝手ながら推測をしていました。私もあなたほど苛烈ではないですが、良い大学に行くことを親に勧められて(実質的には強制されて)いました。普段は優しくて話も聞いてくれるのですが、進路のことやメンタルのことになると途端にあまり優しくない対応をされていました。でも、普段は優しいし、自分はなぜか「家族」というものは特別なんだと信じていたので、なかなか自立できなかったです。

お母さんはあなたの気持ちとかをあまり考えておらず、あなたに対して価値観を押し付けることが多いように見えました。お母さんの真意は分かりませんが、お母さんなりに「自分の娘はこうであるべき!」というお母さんのマイルールがあるのでしょうか。そういうルール(?)ができた理由として「娘が幸せに生きるにはこのルートしかない!」とか「世間体が大事」とかいろんな可能性が考えられはします(あなたのお母さんの意図は分かりませんが…)。お母さんも心に余裕がないが故の行動かもしれませんが、だからといってあなたに暴力や暴言を浴びせていいわけではないと私は思います。

「私はいつになったら母を満足させられるいい子になれるんでしょう。どうやったら、母に見捨てられても構わないと、自立する覚悟をもてるのでしょう」という部分は私としては経験談の中で特に重要な部分かなと勝手ながら思いました。お母さんに認めてもらえない苦しさがありつつも、でもお母さんから精神的に離れることの苦しさを感じているところは、あなたが今抱えている一番の葛藤なんだろうなと思います。
自立する覚悟って難しいですよね。自立って聞くとすごいことに感じるし、今までと違うやり方をするにはエネルギーが要りそうです。
でも、あなたはカウンセリングに行ってから生活の中で得ることができた自分で選択した、決定したという感触に対して、おそらく悪い気はしていないんじゃないかなと思います。覚悟は決まらないけど、「本当はこうしたい」という気持ちもあるかもしれません。
また、覚悟と聞くと大層なものに思えるかもしれませんが、少し行動を起こすうちに、だんだん覚悟ができていく、或いは覚悟をしたという気持ちすらないままに生きていく場合もありそうです。

感想2

読んでいて、率直にいうとなかなか強烈な母親さんのもとであなたは生きてきたんだな……と個人的には感じました。だれしも、個人的にさまざまな価値観を持っていて、たくさんの人やものや、法律や文化などの中で形成されるものだと思います。ただあなたの生活は大部分が母親さんの価値観が占めているのでは?と思うほど、精神的にも行動の上でも支配されている状況のように感じました。でもその一方で、ところどころにあなた自身の感性も見え隠れする、そのバランスというか、両方ある感じが印象に残りました。

「私が弱いから、母が怒る」という論理は母親さんの認識ですが、あなたはそれを「疑ってはならない」と強く思わされ続けてきたのだろうなと思います。人間はたとえ家族であっても、自分以外の他者をコントロールする権利はないし、生活を一方的に管理することは普通に人権侵害だと思います。もしかしたら、あなたの母親さんには、人権が大切という感覚があまりないのかな……と心配な気持ちにもなりました。日本はまだまだ人権という考え方の浸透していない国だとも思うので、世代的にも無理のないことだったりするのかもですが……。
あなたの書いてくれた「お手本のよう」な母親像を読んでいて、じゃあ私にとってはどんな「親」が理想と映るだろう……と考えていたのですが、どちらかといえば、子どもの感覚や気持ちを大事にして、先回りして支配したりすることなく、意思を育てるような生活ができるということかなぁと思いました。そもそも子どもを親だけで育てなくてよい環境というのも、本当は必要なのかもしれないと個人的には思っています。だけど、現代日本の子育て環境はとても孤立していて、親自身も多様な価値観に触れる機会のないまま生きてきた人もかなり多いように思います。
そう思って読んでいて気になったのは、本当に「母」と「私」以外の登場人物がほとんど出てこないことです。シングル家庭だったりするのかなとも想像しましたが(違っていたらすみません)、それにしても、大学生になって通ったカウンセラーさん以外には大人がほとんど出てこなくて、不思議なかんじがしました。親戚や、近所の関わりや、他の家庭の養育者などとの身近な関わりもない中で、母親さんと二人きりという状況が続いてきたのかなとも考えています。もしそうだったら、母親さんにとっても、生活の中で子育ての比重がとても高い中、あなたに過剰なモチベーションを向けることになり、自分の感情をもあなたにケアさせることになってきたのかなぁと想像しました。

幼少期からあなたは暴言や暴力の中ですごく追い詰められてきたと言っていいと思います。その中でカンニングやいじめのでっち上げなどは、幼いあなたにできた、ぎりぎりの生存スキルのように思いました。
また、一人暮らしの時にカウンセリングに行ったことも行動力を発揮した場面のように思いました。あなたはそうやって自分なりに考えて行動する力があるのに、母親さんはなぜそんなにコントロールしたくてしかたなくなってしまうのだろう……と改めて謎が深まるような気持ちにもなります。でも少なくともそれは、あなたが弱いからとかではなく、母親さんの中の問題なのだろうなと思っています。「他人を気遣っているようでいて自己中心の世界にいる」というのは真っ当な批評だと感じました。

「バカが嫌い」の話を読み、人を上下で判断する価値観を持っていると、自分も周りも苦しくなってしまうことを感じていました。「学歴」や「世間」みたいなものへの思いが強いのかなとも思うのですが、知識や知恵、経験や能力はとても多様で、学歴や世間体に反映されるようなものはごく僅かだと個人的には思います。あなたは母の価値観を内面に強く埋め込まれつつも、その理論にどこか限界を感じて、疑いを向ける感覚もあるから、この経験談が生まれてきたのではないかと私は感じました。私はそういうふうに「何かおかしい」と気づく力も、大事な知力の一つであるような気がしています。
「母の理想の娘」は色々な要素や条件の切り貼りみたいで、多分存在ができないものだろうと思いました。それはあなただからではなく、あなた自身も書かれているように、母親さんの理想自体に矛盾が多いと思うからです。理想というよりも逆に許せないことが多いのかな?とも思ったので、母親さん自身が色々なものを比較してしまいやすい性質で満たされない中で、そのうまくいかなさを娘のあなたにぶつけて吸収してもらってきたという感じなのかなとも思います。だから、理想の娘プランは、母親さんが変わらない限り実現不可能なように思いました。(母親さんがもっと自分にも人にも許せることが増えたら、状況は変わったりするのかな?とも思うのですが、それは母親さんの問題で、娘といえど別の人間であるあなたの担当すべき問題でもないなぁとも思ったりしています。)

そんなことを考えつつ、一人暮らしでカウンセリングを受けながら少しずつ距離を模索していた部分を読むと、勝手な意見ですが、実家から逃げて安全に自分なりの生活をできる場所で暮らしてほしい……と言いたい気持ちになってしまいます。
ただ、子どもという、親の関心が自分の生存に直結する時期から、母親さんの感情と価値観に振りまわされてきたと考えると、「母に見捨てられても構わない」という考えにぱっと切り替わらないのも自然なことのように思います。身近に過ごしてきた家族で、楽しい瞬間もあるし、大切にされていることを感じることもあるのだろうなと思いました。その記憶や感覚をすべて捨てる必要もないのだと思います。
「母が1番近くにいる存在」とありましたが、それ以外の人に愚痴を言ったり、一緒に過ごしたりという時間はあるのでしょうか。母とその他しかない環境だとしたら、あなたが趣味の話をしたり、悩みを話したり、打ち解けて過ごしたりできる仲間や友人などのいろんな距離感の人がぽつぽつ見つかるとよいのかな?とも思ったりしました。抱え込むのはしんどいので、できれば、ここに書いてあるようなことも含めてあなたが話せる相手がカウンセラーさん以外にもいたらいいなぁと思っています。その中で、あなたがあなたなりの生活スタイルを試して見つけていけたらいいのかなと祈る気持ちでいます。

お返事

実家に戻り、カウンセリングにも通えなくなった今、話を聞いて応答してくれる誰かがいたという事実が、とても救いになっています。また、私が母からされていることを辛いと思っていいのだと、自分を少し許せた気もします。

いただいた感想の中で、「母と私の2人以外、登場人物がほとんどいない」という点にはハッとさせられました。父は仕事でほとんど家におらず、親戚には母がいい顔をしたがるので、母の顔を立てたいと思い、相談していません。友人もいることにはいるのですが、悩んでいる自分を見せたくなくて、相談したことがありませんでした。
外の人間関係にも目を向けて、私の意思だけの選択ができるようになればいいなと、私も思っています。

今回は、本当にありがとうございました。
いただいた感想は、辛い時に何度も読み返させていただきます。

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