経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

性別とアイデンティティ

私は女性で女性の格好を好んでこの先していくと思うけど、これが自分のアイデンティティの主要な部分を占めるとは思わないです。
例えば日常での振る舞いとして女性的な立ち位置でいることにあまりこだわりがなくて、だからと言って男性的な立ち位置でいたいわけでもなくてもっと本質的なところの魂のままで自分らしくいることが個人的に一番フィットしているように思います。
なので性別を前提とした体で自分を括られると違和感を感じることもあります。
世間で言われる恋愛の概念もしっくり来ないです。お互いを一人の人間として尊重できて特別だけど素朴でフラットな関係性が合っているように感じます。
(人によるかもしれませんが異性の人はあまり信じてないので主に自分と同じ性別の同性の人とします)
恋愛関係でも友達関係でも無いですが、個人的にこの関係性が一番ロマンチックだと感じるし心が動かされます。
こんな考えの方っているんでしょうか?

感想1

「魂のままで自分らしくいる」という表現が、私がいつも思っていることを的確に突いていてとても気に入りました。私は身体は精神の器でしかないと思っていて、ロボットの操縦席に座っているような感覚で生きています。身体と精神との関係性は、まんまヱヴァンゲリヲンのようなものに感じます。身体という機体に、私の本体である精神がパイロットとしてエントリーし、身体感覚と魂がシンクロすることで外界の様子を五感を通して感知できるものとして理解しています。肉体=機体は既製品であり、それそのものは私の本質を反映するものではないと感じるのです。
人間の肉体は非常に大雑把に2種類に分類され、なぜかそれぞれに特定の性格や行動が紐づけられ、特定のふるまいを求められがちですが、私もこれには納得できません。性別は社会的な構築物であり、個人の存在に先立つものではないと考えます。私は「男」・「女」のどちらかではなく、あくまで「私」でしかないと思います。そしてあなたも、他の全ての人も、本質的には「その人」でしかないと思うのです。

恋愛についても同様に、私もよく理解していません。あなたの理想とする関係性は、いわゆるクィアプラトニック・リレーションシップの考え方に近いものだと思いました。良かったら調べてみてください。恋愛や性愛の感情抜きに、その人ととても仲良くしたい・特別な関係性になりたいという気持ちを表す「スクイッシュ」という言葉もあります。恋愛によらない自立した親密な関係性も私の理想とするところです。

性別や恋愛を当たり前のものとしている人が多すぎて、その中にいると自分の考え方に自信が無くなってしまうときが私にはあります。もしかしてあなたも不安になった瞬間があったのかなと思いながらこれを書いていました。窮屈な固定概念を壊して、全ての人がいつも自分らしく、自分の望むものを手にできるようにと願っています。

感想2

あなたと完全に一緒ではないと思うけれど、共感がたくさんあり一文目からすごくわかる!と思いました。どんな格好をしても、どんな振る舞いをしても私は私なのに、「女性らしい」かどうかとか、「普通はどうこう」みたいな決めつけが世の中には多すぎると思います。恋愛についても、そもそも恋愛か友情かみたいな分類が雑すぎる…と思っていて、個別の関係性があるだけなのになぁと思うことが多いです。クワロマンティックは恋愛と友情を分けない人をいうようですが、自分にあてはまるとは思いつつも別にアイデンティティにはならず、私は私なだけだし…と思うのでした。
あなたが性別や恋愛の概念にしっくりこないのももっともだと思いますし、どちらかといえば、問題は世の中が男女二元論と恋愛伴侶規範に囚われすぎていることだと個人的には思います。私も生きているだけでそういう価値観をたくさん内面化してしまっているので、だからこそ、どんな価値観が蔓延っているのか言葉にするのは大事な気がしています。
そもそも、時代や国、文化によって、どんなありかたや人間関係が「当たり前」とされたかは色々でだし、何が当たり前だった時代にも、ジェンダーについても恋愛や人間関係についても、いろんな感じ方をして生きている人がいたとも思います。自分の感じ方を追求することは、自己一致して生きるのに大事なことのようにも思います。こんなふうに言葉にしていく人が増えたら、これから世の中の「当たり前」はきっとまた更新されていくんじゃないかと、願っています。

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