私は中学2年生の時に親が離婚しました。
その時はしたふたりの妹はまだ小さかったので親も介護の仕事で夜遅くまで仕事をしていました。
なのでご飯作りは私がしていました。
ですが大人になった時家にいたくなくてその当時遊んでいた仲間と遊んでいました。
帰りたくなくて家を出ようとするとカバンを引っ張られて胸元掴まれて馬乗りになり殴ってきました。
それを見た三女は止めに入り泣きそうになっていました。
年数がたち家を内緒で出て友達の家にお世話になりしばらくして仕事をするようになってからは野宿やネットカフェで過ごしていました。
それから今の彼氏に出会い幸せに暮らしていますが彼氏からはわがままだとか家事も中途半端とか帰れやでていけとかいってきます。
妹からはネットカフェ暮らししてた時に電話来て親と話してご覧と言われ電話して何度か帰ったけど帰らせてくれるかが不安で帰るのを辞めました。
今は親元から逃げ出せたので私としては親はいないものだと思って生きていこうと決めました。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
生きづらい
感想2
あなたの暮らしが少しずつ安定し、その中で幸せも生きづらさも感じることもあるのかなと思います。文章のほとんどはご家族のことでしたが、逃げ出せたというあなたの自信と親はいない者だと思って生きていこうというあなたの覚悟も伝わってくるようでした。彼から「かえれやでていけ」と言われると、あなたの家庭背景もあるからとても複雑な気持ちになるだろうなあと思います。
あなたが離れたのは、幼い妹の面倒を見ることやご飯作りかもしれません。それから、仲間と遊ぼうと家を出ようとすると暴力を振るわれたり、安心してあなたの辛い気持ちを話すことのできない環境からなのではないかなとわたしは思いました。何度か実家に帰った時も、不安があって帰ることを辞めたというところにも「親と話し合って解決することが難しい」ニュアンスがあなたの中にあるのでは無いかなと思いました。
彼との暮らしは幸せだと書かれた一方で、「わがままだとか家事も中途半端」と言われていることが気になりました。安心して対等に気持ちを話しあって、一緒に苦楽を乗り越えられる人だといいなあ。彼を頼りながらも、かえれやでてけと言われた時に、仲間や相談窓口など頼れるところをこれからもたくさん作っていってほしいです。
感想1
同じころに親の離婚を経験し、家族のために家事を引き受けていた私自身と重なり、糸がプツンと切れたようなそんな感覚を思い出しました。それまで過ごしてきた暮らしが変わり、新しい形態での家族生活が心と体を調整する間もなく始まっていく。思春期真っただ中の中学2年生のあなたは、どんな顔をして妹たちのご飯を作っていたのだろう。友達の事、学校の事、勉強の事、家族よりも優先したい事があっただろうし、悩んだり考えたりすることもたくさんあったはず。家庭の経済力が二人から一人になると、親自体も働くことが主となり、家庭の維持で精一杯になる。あなたが家を出ようとしたときに馬乗りになりながら、親の気持ちを話してくれたなら、あなたの思いやうっぷんを尋ねてくれていたならば、タラればを考えてしまう私がいました。今日の夜はどこで寝ようかを考える、毎日あなたの頭はフル回転していたと思います。自由なことも楽しいこともある一方で、見えない忙しさが常にあなたを覆っていて、それは不安と形を変える。親とのこと、彼氏からの言葉、これまでのめまぐるしい日々、誰かに頼ることなく自分で答えを考え走り続け疲労困憊で傷だらけのあなたを想像します。どうか養生してほしいと願うばかりです。投稿いただき、ありがとうございました。