経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

俺は死んでやっと鬱だったと証明されると思う

傍から見れば悪い人生では無いと思う。
昔からちょこっと勉強ができた。
授業はいつも寝てたけど、大体一夜漬けで乗り切ってきた。大学受験は、勉強すればするほど点数が伸びた。地元の国立大学には正直余裕で受かった。
学生時代は友達も多かったし、楽しかった。
でもずっと憂鬱だった、薄らと。
中学生の時、部活に自分の存在は必要無いという強烈なアイデアが浮かんでしまい、試合中に泣いた。試合は勝っていたので誰も俺が泣く理由を知らなかった。これが始まりだったと思う。
大学生になって、人間関係でつまづいた。強烈な鬱と自殺願望が浮かんできた。やりたいこと全部やって死んでやろうって思ってた。でも世間はコロナになって、やりたいこととか言ってられなくなって死ななかった。
大学で研究室に入ったとき、またつまづいた。人間関係もだけど、研究が楽しくなかった。段々と行かなくなった。引きこもって、昼に起き、夜明け前に寝る日々だった。毎日泣いてたし、自分の臭いで不快になるまでは風呂も入れなかった。
病院で診断されてないから病気かは知らないけど、人生で最も辛かった1年だと思う。
無理矢理卒業して、ニートして、フリーターして、正社員になった。少しずつ、心は回復してった。

元気な低所得が完成した

は?
ちょっと待ってよ
いや、結構良い人生送ってきたんだけど、着地点これ?

ぞっとした。将来性の無さに。会社を辞める事を決めた。そして、進学した。

そして現在、学生として就職活動中である。これがまあ辛い。昔の研究室いた時を10とすると、今6,7くらい。でも休めないし、あの頃には戻りたくない。走り続けるしかない。周りが内定あっても研究進んでなくて詰められても憂鬱で頭回らなくても苦しくて涙が出ても俺はカスみたいな人生を送らないために走り続けなければならない。

ここで問題なのは、そもそも授業中に寝るような人間であること。偶然勉強ができたから、今まで怠惰でもなんとかなってた。でも今は違う。無能が高望みしてるだけ。それで病んでる。
救いよう無いと思う。身の丈を知れって。
でも無理だ 下の暮らしを許容出来ない。
もう死ぬしかない

ちょうど今ここです。
「良い人生」じゃない人生に興味はないです。でも無能で怠惰です。
無能間引きシステムくれよ。摘果みたいに。

能力も低く、志も低く、努力もせずに1人前に病んで死にたいと宣う。

たぶん
傍から見れば滑稽な人生だと思う。

幸せに行きたいだけなんだけどね

感想1

心配になるほど、ご自身を責めて責めて責めまくっているあなた。両肩に乗った、気だるさが大きくなったり小さくなったり。冬場の風呂キャンは一週間は余裕だけれど、夏場はあっという間に頭皮から脂っぽいニオイがしてくる。私にも身に覚えのある不快さを思い出し、昔バイトしたトマトの摘果作業は無能間引きシステムだった?と、グルグルとあなたから繰り出された言葉に翻弄されました。期末テストの度に何十回も単語を書いて、いざ試験になるとスペルが出てこないそんな時間を繰り返してきた私には、勉強すればするほど点数が伸びたあなたが羨ましいと口をついて出そうになる。けれどもあなたは、勉強だけじゃない何かに苦しめられてきたのだろうと経験談を読み返しては想像します。義務教育ではほとんどの場合、与えられた問題を正しく解けば良い点数が採れ頭が良いと評価されますが、いつの頃からか与えられる問題を解くのではなく、問題を自分で見つけてより良く解決しなさいという社会からの圧が出現してくる。就職活動ともなると明確な回答を出すことと同じくらいに、相手や状況に合わせた言動や行動が評価される。人間の数だけ答えが何通りもあるような気さえしてきて、やってもやっても正解には辿り着けず、あなたが書いているように走り続けなければならないのかと自分の体力気力が心配になるのは当然のことのように思います。世の中の全部を解明して生きるのは途方もないですが、自分の体の中のことは明らかにしやすいようにも思います。鬱々としているそれは何か、病院に行ってみるのも一つかもしれません。投稿いただき、ありがとうございました。

感想2

憂鬱さが常に付き纏いながらも、あなたの中で、「一部ある程度の納得感」のある人生を送ってきた箇所があることを想像しました。でもその憂鬱感は消えないどころか、書かれていたように薄らと、でも確実に、時間をかけてあなたのことを蝕んでいったんじゃないかと感じています。それが中学生の部活中に、自分でもわからないくらいの何らかのきっかけで発現し、尚且つ、あなたの中に何か確信を感じるような違和感や、苦しみが始まったことを私なりに考えています。中学から大学まで、書かれていなかった期間のことを勝手に気になりつつも、「人間関係でつまづいた」とハッキリ断言できるような、そんなことが、大学生の時点で起きたことを想像します。きっとそれはとてもショックでダメージの大きい出来事であることを考えながら、なんだかあなたの経験を今こうして感想を書きながら、一緒に追体験しているような感覚にもなり始めました。コロナ禍でなければ、あなたは何をやってみたかったのでしょうか…。聞いてみたくなった私がいます。
苦しみながらもなんとか少しずつ回復してはいる…と実感しつつ、ふと「あれ?」と一瞬時間が止まったような感覚になった・自分の中にあった、”気付きたくないなにか”に気付いてしまった…。「待て」と言わざるを得ない、そんな感覚があなたを覆ったのではないかと思いました。また、あなたには、「納得のできない自分の姿」が明確にあることも感じた気がしています。そしてそれは、もしかしたら、この社会にある(と私は思っている)暗黙の能力関係のようなものの影響であったり、過去の自分が経験してきた「うまくいってたこと」の感覚が、密接に関係しているんじゃないだろうかとも考えました。自分に対し、”許せない”と感じる判断基準も、もしかしたらあなたの中には様々な面であり、そういったところから来る苦しさを抱えていることも思いました。社会的な立ち位置(立場)・他者から見られた時の自分・証明したい(してやりたい?)何か・許せないもの…そういったものに、雁字搦めにされてしまっているようなあなたの様子も浮かんできた気がしています。最後にあった、「幸せにいきたいだけ」という部分に、あなたの本心が詰まっていると私は感じました。死にたい気持ちと幸せに生きていきたい気持ちと共に、「自分の人生に対して、諦めたい気持ちと諦めたくない気持ち」もまた近い感覚であるんじゃないかと、読みながら私は感じました。経験談の投稿ありがとうございます。書き出したい時はまた、いつでもここを利用してもらえたらと思います。

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