昔から、死にたいという思い「希死念慮」が消えません。いつからかわからない物心ついたときから、ずっと心の奥底にはありました。死にたい理由は人様々だと思いますが、私にはこれといった死にたいと思うようになった理由が見当たりません。周りの環境が悪いわけでも何か人間関係などのトラブルに巻き込まれたわけでもなく、ただただ普通に他人から見れば幸せといってもいいような恵まれた環境で今まで生きてきました。私自身も周囲の人や恵まれた環境に感謝していますし、楽しいと感じることもたくさんあります。なのに、いつも死にたいという思いがあります。自分が好きなことをしている時、「楽しい」という思いを持ちながらも、死にたいと考えてしまいます。
今までは、みんなも死にたいと思いながら毎日生きているんだと思っていました。ですが友達と話していて、それは間違いだと気づきました。自分以外の人は、毎日死にたいと思いながら生きていないのです。悩みはあったとしても、何の理由もなく死を考えることはないのです。私は、そのことについて羨ましいなと感じると同時に、自分はなんでこんなに理由もなく死にたいんだろうと思ってしまいました。
今が就職活動中で内定をもらえないから精神的にしんどくて、余計に色々考えてしまうのかもしれません。この先私は、死にたいと思いを抱えながら、夢も希望もないのに毎日生きていかないといけないのでしょうか。そしていつかこの希死念慮を消すことはできるのでしょうか。今はただただしんどいです。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
何の理由もないのに。
感想2
経験談の投稿ありがとうございます。何か決定的な出来事があったわけではないのに、気づけばずっと「死にたい」がそばにあるような感覚は、自分でも説明がつかないぶん、余計に苦しいものだよなと私も長いこと希死念慮を抱えて生きている身として感じることです。楽しいと感じている瞬間ですら、同時に死にたいと思ってしまうことも、楽しいことがあれば苦しさは薄れるはず、みたいにこの社会では思われがちですが、実際はそう単純なことではないと私は感じています。笑っている時や好きなことをしている時でも、ふと死を考えてしまうのは周りからは見えにくいので余計そういう風に思われるのかもしれませんが…。そんな中で、周囲の人たちが「毎日死にたいと思いながら生きているわけじゃない」と知った時、自分にとって当たり前だったものが、実は当たり前じゃなかったと気づく瞬間って、思ったより衝撃があったのではないかなと想像しています。“じゃあ自分はなんなのだろう”というようなどことなく自分だけ置いていかれているような感覚もあったりするのかなと。(違っていたらすみません)
読み進めながら、“こんなことで苦しいと思ってはいけないんじゃないか”という遠慮のようなものをあなたから私は感じました。環境に恵まれている、感謝もしている、だから苦しむ資格がないんじゃないかといったように…。けれど、人って環境が整っていれば絶対に苦しくならないわけでもないし、理由が綺麗に説明できる苦しさばかりでもないと私は思っています。就活のことも、かなり心を削っているのだろうと感じました。就職活動は、ただ仕事を探すということだけじゃなく、自分に価値があるかどうかを延々試され続けるような感覚になることもあるのかなと思いますし、元々心の奥にあったものが、より浮き上がってしまうのかなとも思うので、死を考えてしまうことは何もおかしなことではないと私は感じています。ただ、死にたい気持ちがあることと、本当に全部終わらせたい気持ちって、必ずしも同じではないこともある気がします。
うまく説明できない苦しさは、周りからも、自分自身からも見失われやすいですが、理由がはっきりしないからといって、苦しくないわけではないし、「こんなことで」と小さく扱わなくていいと思うということをお伝えしたいです。
なかなか気が休まらない毎日を送っているのかなと想像しますが、生活の中にほんの少しでもしんどさから距離を置ける時間をつくってほしいなと勝手ながら思いました。
感想1
私も希死念慮がずっとあって、それに明確な理由があるかというと、そうは思えないことがすくなくありません。 なので、そういう自分の経験を色々思い出しつつ、思ったことを書いてみます。 私もたしかに、「なぜ理由も見つからないのに私は死にたいのだろう」「この気持ち自体が嘘なのではないか」と何度も自問自答してきました。でも、感情のひとつひとつにそんなに明確に説明がつくわけでもないような気がします。理由ではなく意味を考えるといろいろ浮かびます。多いのは「耐えられないから逃げたい」みたいなことかなと思うことが多いけれど、他の人の話を聞いていると「自分はいてはいけない」という思いがあったり、「考えるのにも感じるのにも疲れた」だったりいろいろで、私の中にもいろんな「死にたい」があります。痛みとか、解決しない悩みとか、不快な感情を「死にたい」と解釈していることもあるなぁと思います。死にたい度合いもそのときどきで変わります。
就活の圧力って凄まじいので、内定をもらえない状況でつらくて死にたいのも、むりない感じもします。本当に本当にお疲れ様です。理由を考えるのもきっと大事だけど、つきつめてもわからないことも多いと感じます。問うならば、それがどんな気持ちなのか、言い換えるとどんな感覚かとか、そのときの体の感じはどうかとか(知らず知らず体が緊張していたりすることもありますし)、あなたのそのときの感覚に耳を澄ませてみてもいいのかもと思いました。
夢も希望も、あってもなくてもいいと思うけれど、あなたの生活の中に安心する瞬間はあったらいいのかなと想像しています。それも人それぞれの感覚があると思うのですが、あなたにとって穏やかに感じられる匂いや音、空間、手触り、過ごし方などがあれば聞いてみたいなと思いました。ちなみに私は、カーペットの上で、足の指をつかんで、ぐーっと開いたり伸ばしたりして緊張をほぐす時間が好きです。