経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

生きづらいだけ?

理由も分からないまま無視をされたり、居心地悪い教室でひとりで過ごしたりした最悪の中学生、高校生時代を終えて地元から逃げるように引っ越して遠方の大学に入学しました。
コロナ禍での入学。もともと友人はいなかったけど、最悪の学生生活を頭の中から消したくて同級生とは完全に縁を切ったので、登校禁止の1、2年生の間は本当のひとりぼっちになりました。
死にそうだと本気で思いました。ひとりでずっと考え込んで、親にも相談できず、将来が真っ暗で、生きてる自分が想像できなくて、週に一度程度の対面授業というほんの少しの人との関わりの度に自己嫌悪と被害妄想で疑心暗鬼になり、いつのまにか完全な人間不信になっていました。
このままだと本気で死ぬと思い、怖くなって大学の学生相談室に電話しました。
メンタルのことなんてとても言えなくて、相談内容の例に書いてあった課題の量が悩みとか適当なことを言ってとにかく誰かと話したい気持ちでなんでもない事のように話そうとしたら、ありがたいことに電話で対応してくれたカウンセラーさんが異変に気付いて事前予約制にも関わらずそのまま話を聞いてくれて、週に一度、カウンセリングの予定を無理やり取り付けてくれました。
お陰でカウンセリングという名目でならなんとか相談ができるようになり、自分もこのままの自分を変えたくて、しんどくなってカウンセリングが途絶えた時期やカウンセラーさんの交代などもありつつ3年間、週に一度のカウンセリングを続けました。

振り返ればあの頃の自分は本当に限界に近かったと思います。他人の言動や些細な仕草全てが自分への攻撃に感じていたし、頭の中でずっと喧嘩する声が聞こえていたし、周りの人にジロジロ見られてる感覚もあった。罪悪感のせいで食事が限られた品の少量しか摂れず、不安が強くてなんとか授業に出る以外の外出はできず、必要に迫られて外に出る時は着替える時間も含めて分単位でカウンセラーさんとスケジュールを一緒に考えてもらい、それをなぞらないと出かけられない、自分の脳が信用出来なくて日付や時計も読めない。左腕は何度も深く切ったせいで皮膚が固くなりほとんど血が出なくなりました。

過ぎてみればあの状況でよく単位も落とさずできたと思います。最後の1年は精神状態も比較的改善し、カウンセリングに行かずに国試勉強もして合格できました。

無事就職もし、今も仕事には行けています。中高での経緯もありもともと精神分野には興味があったので、精神科単科の病院で働いています。
そこに来る人を見ると自分よりもっとしんどい人もたくさん居ます。自分と同い年、なんならもっと若い高校生くらいの子も入院してきます。
家庭環境や学校での生活、特性による生きづらさ、色んなものに苦しみながら入院してくる人たちです。

でも、そういう人たちを見て羨ましいと思ってしまいます。もともと、他人と比較してしまう癖はあると自覚しています。
他人は他人、自分は自分だと強く線引きすることは私みたいな他人軸で人目を気にするタイプには必要なことです。

ただ、相談できる親、友人、恋人がいることや、自分を大切に思って力になろうと手を差し伸べてくれる人が常に周りにいる。
それだけで羨ましく思ってしまいます。
その人の本当の辛さなんて分からないのに。
私は結局大学でも本心から話せる友人は作れなかったので、卒業してから連絡を取り合う友人もいないし、家族には相談できない。
ただしんどくて大学時代にお世話になったカウンセラーさんのもとで月に1回のカウンセリングを再開し、そこで月に一回だけ、なんとか相談ができる程度。

日頃の仕事の愚痴とか、疲れたっていう些細な一言すら誰にも言えない。
社会に出て改めて自覚した自分の苦手なことや仕事の出来なさ、人との関わりで感じるしんどさに圧倒されました。

こんなに生きづらいんだ、社会って。
今まで不登校にもならず単位も落とさずに頑張ってきたけどそれは結局、学校という閉鎖空間だったからなんとかやれていただけだったんだ。
絶望です。社交的じゃないし、覚えも悪いし、もともと苦手なことの方が多いとは思ってました。だけどそれでもショックでした。
え、私、こんな苦手なことや苦痛なことしかない世界でこれからも生きてくの?って、衝撃というより、じわじわと時間差で効いてくる毒のような絶望でした。

電話での言葉遣いやその場での柔軟な対応。単純な記憶力や頭の回転の早さ、処理能力。患者やその家族への対応、職場での自然な会話や振る舞い、人付き合い。全部苦手です。仕事内容も何回も教えてもらったことを不安になって必要以上に何回も確認するし、それでも細かなミスを繰り返します。
配属されてもう1年経つのに、ずっと緊張したままで、会話の輪にも馴染めず無愛想で可愛げのない、仕事もできない社会人です。

どうにかしたいと思ってカウンセリングで心理検査を受けました。自分で感じていた性格と検査結果はほとんど変わりませんでした。神経過敏な性格で自責的、対人不安が強く回避的な言動を取りやすく、自己肯定感が低い。
カウンセラーさんから見た印象とも大きく変わりなかったようで、生きづらさはあるね、と言われました。
でも、それが分かったところでなんなんでしょう。生きづらさは変わらない。変えたいと思っても、神経過敏な性格は脳の感じ方で、自分自身が持つ特性は変わらないし、意識したところで対人緊張は取れないし人との関わり方は変えられない。社交的になれ、前向きになれといわれても無理です。ただ変えなきゃ、と意識しても、ああやっぱりできなかったな、と自覚してしまうだけです。
もともと自覚していた自分の嫌なところを再確認してさらに自己嫌悪になる。検査を受ける前も後も変わりません。だって結果が出る前から分かっていたことです。
変わらないということに絶望するし、変えられないことも自己嫌悪です。自分がますます嫌いになります。でも、変えられない。そういう脳みそになっているからです。自覚はしてる。でも変えられない。どうしたらいいか分からない。

私は働いています。仕事ができるとは言えないけど毎日遅刻せず出勤しています。
もともと身体は丈夫なので体調不良も無いし、不眠になるとか、熱が出るとかも全くありません。
健康です。働けます。だから、問題はないんです。
それがしんどい。
医師の先生が言うには、精神疾患で例えば幻聴という症状があっても、日常生活が問題なく送れていれば、幻聴を消すこと自体は必要ないので治療の対象にならないのだそうです。
じゃあ、私の生きづらさはどうなんでしょう。
仕事は行けてます。身体は健康です。周りから見れば問題なく生活していると思います。

生きづらさがあっても、生きていける私は問題ないんでしょうか。
中高でどんなにしんどくてベッドで毎晩泣いてても、私は不登校にはなりませんでした。
頭がおかしくなったんだと本気で思ったくらい、日付も読めず外に行くにも分単位で予定を決めないと出られないような状態でも、私は単位は落とさなかったし国試も合格しました。
職場で自分のミスに内心パニックになってトイレに隠れて腕を殴って痣だらけにしても、私は平静を装ってデスクに戻って退勤まで職場にいることができます。帰って自己嫌悪と絶望感で泣いても、カミソリで腕を切っても、次の日には希死念慮を抱えながらも出勤しています。

職場の人は精神科病院に入院してくる患者さんの情報を見ながら言います。
「しんどさは誰にだってあるものだからねえ」
「みんなしんどさを抱えて生きてくものだよ」
「生きてくのってしんどいねぇ」
なんでそんな軽い口調で笑いながら言えるんだろう。本気で分からないです。
でもそう言われてしまうと、私のしんどさってなんなんでしょう。
みんなそうだよ、と言われてしまったら返す言葉もありません。日常生活が破綻しているかと言われれば身体は健康だし、表向き問題ありません。
自覚しているのに変えられないしんどさ。絶望的にまで思えるしんどさは、表向き問題がなければ存在しないものと同じなんでしょうか。
黙ってずっと抱えてくにはあまりにもしんどいとと思います。でも性格や脳の特性という変えようがない部分だとも思います。
変えようがない、変わらないしんどさをこのまま抱えて生きてくことに、毎日泣き出しそうな絶望を感じます。何年もカウンセリングに通って、検査も受けて、頑張った気でいます。実際1番酷かったなと思う時期からは抜けていると思います。ただ、根本的な性格の部分はずっと何も変わりません。
もう自分の力ではどうにもならないしできないと思います。改善が頭打ちのこのしんどさを据え置きで抱えていくことが辛い。
生きてくってしんどいです。職場の人みたいに笑い混じりでなんか言えません。でも笑ってる人たちの中の、不眠で悩んでいる人は心配される側です。
私は心配する側。だってどんなにしんどくても表向き問題はないからです。

こういうことをずっと考え込んでしまいます。もう言葉が出てきません。ただ、しんどいなあと力が抜けそうな、泣きそうな気持ちになります。

感想1

賢いあなたの胸の内を覗かせていただいたような気持ちでいます。これだけのことを日々頭の中で考え巡らせ続けながら、常に緊張状態で心も身体も休まる暇がないのではないだろうかとそう感じます。「ただしんどいと力が抜けそうな、言葉が出てこないまでずっと考え込んできた」というあなたの言葉の重さがこれまでのあなたの人生を物語っているようにも思いました。

中高の出来事、無視されたり居心地悪い教室はさらりと書かれていましたが当時は色々な感情になっただろうなと思います。人に対する不信感が募るには十分な経験だと思ったりもします。人への怖さが強まったタイミングでのコロナ禍。コロナになる前は、もしかしたら心機一転、人と仲良く楽しい大学生活を志していたのかもしれません。遠方の大学でどれだけ、どれだけ心細かっただろうと感じます。

親にも相談できず、極限な状態の中で単位も落とさず、不登校にもならずに学生生活を乗り切り国試を合格したあなたの力を感じながら、カウンセラーさんとの出会いが、あなたのいのちを綱一本で繋いでくれたような、そのくらいギリギリを渡ってきたのではないでしょうか。

他人の言動や些細な仕草全てが自分への攻撃に感じたり、周りの人にジロジロ見られてる感覚を私も経験したことがあります。そんなことはないと自分に言い聞かせてみても、どうしても怖いから、苦しかったです。外へ出掛けることが怖くなり、人に会わないから更に人が怖くなるというループがあったりもするかと思います。そこから、あなたはどんなふうに抜け出したのかもっと詳しく聞いてみたくなりました。

綱一本ギリギリを渡ってきた中で、社会の過酷さを目の当たりにして絶望をするあなたの気持ちもとてもよくわかるような気がします。ちょうど少年漫画のような、強敵をやっとの思いで倒したのにさらに強い強敵が現れるみたいな・・。

きっと社会に出てから日々に追われて、書ききれないほどの自己嫌悪と、それに勝る気遣いと努力をされてきたのではないかな、と思います。人に弱さを見せられず、自分に対して厳しいあなたが擦り減ってしまうのも無理のないように思いました。

問題がないように一見見えても、これだけ悩まれて苦しんでいるのですから、とてもそのままにしておこうという風には私はなりませんでした。少しでもあなたが軽やかに生きていける方法や、あなたにとっての癒しや安全がどんなものなのかを一緒に考えたいと思っています。

自分の言葉で本音を語ること、もし少しでも経験談を通していつもよりもそれができて、あなたの力になったのだとしたら、また些細なことでも、これまで誰にも話せなかった気持ちを投稿してほしいです。いつでもお待ちしています。

感想2

あなたがきっとずっとたくさん我慢してきたのだろうということをまず読んで思いました。世の中には、我慢する理由はたくさん見つかるのに、我慢しないでいい理由がうまく見つからないことが少なくないと思います。人目を気にしながら生きてきていればなおのこと「我慢しない」を練習する機会が得られない悪循環もあるように感じます。
その中でカウンセリングに連絡できたことはとても大きなことだったと思うし、カウンセラーさんとの対話の中でなんらか通う理由も持てたから、通い続けられたのかなと想像しました。
「日頃の仕事の愚痴とか、疲れたっていう些細な一言すら誰にも言えない。」というのはとても苦しいことだと思います。ただ私も以前は自分の苦しさなんか大したことはないんだからだれかに言ってはいけないと思っていたので、あなたの気持ちも知っている部分がある気持ちにもなりながら読んでいました。

それから、学校を休まなかったことや遅刻せず出勤できていることが、あなたのつらさのバロメーターと必ずしも直結するわけでもないのではないかと思いました。私は衝動性の強いADHDで毎日同じことをするのがいちばん苦痛なタイプで、遅刻ばかりしてきた人生なのですが、それでも休んではいけないと一歩一歩泣きながら会社に行って、なんでもないふりをしていた時代もありました。また私の周りでは、むしろペースが乱れることや決めたことができないことのほうがストレスというタイプもけっこういます。あなたが規範に対して真面目に取り組む人だというのももちろんですが、読んでいると、他者や不安など、さまざまな刺激に乱されやすいからこそ、慣れた習慣までもを変えることのしんどさもあるのかなと想像しました。(違っていたらすみません。)

仕事でもたくさんのつらい人を見ている中で、自分のつらさを証明しなければ伝わらないような、認められないような感覚もあるのだろうか…と考えています。精神的なつらさには視覚化できるようなバイオメーターはないと思うので、なかなか伝わらないことが多いと思います。(それだけに精神医学の歴史は偏見を繰り返してきてもいて、近年改善されてきてはいるとはいえ、いまだに軽んじられる苦しさはたくさんあることを感じます。)

心配する側・される側という二項対立には個人的に疑問を感じました。医療や福祉などの現場では、そういう構造ができてしまいがちなのだということは私自身も感じます。ただ、私たちはまず人であり、お互い様の前提の上で、相互的なものだと了解し続けなければ、自分自身を閉じ込めてしまうし、大きな溝になっていくばかりのようにも思います。仕事をしているときの私たちにも心はありますし、その心は体とつながり、そしてその上で患者とされる人や、利用する人たちと関わっていると思います。ただ、もしかしたらあなたは、職場では職場のモードを作ることでなんとか乗り切っているのだとしたら、素の自分というか、苦しさも感じている自分を切り離さないことにはサバイブできない状況もあるのかなと想像しました。職務としてやらねばならないことがある中で、そのあたりを調節することもまたむずかしいのかもしれません。
無理に仕事に行かなくてもいいと思うけれど、休んだり辞めたりするのもまた怖い気持ちもあるのかなと想像しました。

そうだとしたら、やはりまずは職場とは関係のない場所で、思う存分苦しさやつらさ、希死念慮などを書いたり、口に出したりするのもいいのかなとも思いました。死にトリは仕事で関わる人の中にも、希死念慮を抱えてきた人が私含めけっこういますし、その意味できれいにサポートする側・される側のように分けにくい場所なのも特徴かなと私は思っています。とりコミュでは日々の気持ちをすこしずつ書いていくこともできます。あなたのもし役に立ちそうならこれからもサイトやアプリを使ってもらえたらうれしいです。あなたの苦しい思いやこれまで感じてきたことを言葉にして送ってくれてありがとうございました。

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