経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

診断されて入院してその後

2024年に「皆の体、1つの体」を
書いた者です。

あれからスクールカウンセリングを受け
カウンセラーの方からおすすめされた
精神科へ行き解離性障害と診断を
貰いました、そうして通っていく内に
どんどん心が疲れてしまい
学校でも家でも休めない楽しめない
そんな日々になっていき
「どこにも行きたくない」
そんなふうに思い詰めるようになり
自傷行為も止められなくなりました
そして精神科の看護カウンセリングを
受けていた時に
ポロッと「入院したい休みたい」と
口からこぼれていました
そしてしばらくの間入院したいと何度も
カウンセリングで話し
人格を抑えることに酷く疲弊し
休ませて欲しいと言い
ついには入院することになり
約1ヶ月間入院しました
入院自体はとても心地が良かったです
自傷行為もあまりせず
開放病棟への任意入院でしたので
スマホも使えすぐに友達もでき
ですが入院してから脱力する回数が
増えていき気絶してしまい
ベットから落ちたりするようになり
怪我もしました
元々脱力自体は入院前からありましたが
意識が飛ぶほどではありませんでした
主治医に相談しましたが
「脱力はそんな珍しいことじゃないから
気にしないでいいよ」と言われました
脱力の他にも不毛なことを考えてしまい
気分が落ち込んでしまったり
「不毛なことを考えるのは
意味のないことだから考えないで」と
言われたり言われてできたら
苦労しません
入院中でも人格交代は起き
記憶も飛び飛びで生活していました
(名前の確認が取れるだけで
30名前後いました)
そうして約1ヶ月間の入院をし
退院となり家に帰ってきましたが
すぐに自傷行為をしODをしたり
腕が傷だらけだったりです
自傷行為を止めたいこの頃です

感想1

ふたたび経験談を投稿してくれてありがとうございます。スクールカウンセリングや精神科などとつながれたことにまずはほっとした気持ちになりました。でも、それですぐに解決するほど簡単な話ではない中でまたあなたの感じていることを死にトリに書きにきてくれてうれしく思っています。
あなたが「入院したい休みたい」と感じてカウンセリングで伝えられたこと自体、実は画期的なことだったのではないかと思ったりもしました。あなたはこれまできっとたくさん我慢してきたのだと思います。その中で自分を労わる思いをサポートしてくれている人たちに伝えられたことは、なんだかとても大事なことのように感じたのでした。
そして実際に入院して、たいへんだった家庭環境からも頑張ってきた学校からもすこし離れて、すこしほっとしたところもあったのかなとも考えています。でもいままでの緊張がすこしほどけると、いままでは気づかずにいたことを感じるようになったりすることがある気がします。心地いい感覚自体、なんだかまだ慣れないこともあるかもしれませんし、危ない感じの場所よりも、病棟の方が注意や思考を自由なことに使えるから、余計に考えてしまうこともあるのかもしれない……とあなたの日々に想像をめぐらせていました。

私自身も自傷行為やODをしてきたのですが、最近の精神医学では、それらは自分の苦しさをやわらげたりする「自己治療」の一種なのだと言われるようになってきたようです。ある意味で自傷行為もODもセルフケアなのだと私は思います。もちろん、傷跡とか困ることもあるからなんとも言えないけれど、ほかにつらさを解決する方法がまだまだ不足しているときには、無理にやめようとしなくていいんじゃないかなぁと私は思います。解離や人格交代も、きっとあなたがあなたをどうにか守ってきたということなのだろうなと思いました。どうかこれからのあなたの生活に安全や安心の感覚を感じられる場所がふえていくことを願っています。

感想2

「2024年」という数字が目に入って、時間の流れとともに、あなた自身や取り巻く環境の変化を想像していました。全体を通して、あなたの「現在地」を知らせてくれたような感じがしました。
診断名を告げられたことを、あなたはどんな風に受け取っていたのかなと考えました。「やっぱりな」みたいな確信めいた感覚があったのか、あるいは「これからどうしよう」という困惑か、思考も感情も湧き起こらない無心の状態だったのか・・。
急な人格交代や記憶の空白があることと、日常生活を擦り合わせていくことは、なかなかに大変なことだと思います。カウンセリングは自分自身に向き合わなければならない瞬間もあったことを思うと、少し疲れてしまうときもあったのではないかなと想像しています。
入院したい、休みたいと打ち明けたことを「ポロッと」「口からこぼれていました」と書かれていましたが、心も身体も限界を迎えつつあった中で、ようやく現れたSOSのように私は感じました。
「休息入院」という言葉を聞いたことがあるかもしれませんが、日常生活を離れ、適切なケアを受ける時間は、必要なことだったように私は思いました。
入院中は「不毛なこと」を考えてしまって苦労していたとの部分には、悩むことが山のようにあった日常を離れ、わずかな平穏の隙間が生まれたからこその苦悩であるように感じました。
危険な状態が過ぎ去って、ようやく安心や安全を感じられるようになった頃に、それまで押さえ込んでいた傷つきや苦しさがさまざまな症状となって現れることがあります。意識が飛ぶほどの脱力も、もしかするとその一つなのかなと思いました。
自傷行為はなかなかコントロールが難しいことだと思いますが、どこからかやって来る心痛みを少しでも和らげるため、自分で自分を助けようとしていることでもあるように私は感じました。
自分に何が起こっているのか、どうしていいのか分からない不安の中を漂っているような心情を想像しています。またよかったらお話を聞かせてほしいなと思っています。

一覧へ戻る