私は、地方の田舎の旧家(名前ばかりで財産なし)男が跡継ぎ、女は学歴不要、嫁に行くのが幸せと言う祖父母同居、父は養子と言う家で育ちました。
地元で結婚して、不妊治療を経て一人息子をもうけました。両家にとっても唯一の孫です。義父母との関係もよく幸せでしたが、子どもが15歳の時、夫が心筋梗塞で亡くなりました。死後、私を裏切っていた事柄も出てきて、本当に信頼してきただけに複雑な気持ちをずっと持っています。
しかし、義父母の応援もあり、子どもは都会の大学に進学し、将来のためにどうしても学びたい学問があると言うので、希望する海外の大学院にも進みました。
昨年は、実母(幼少期は母の意向に逆らえば暴力を振るわれてました。)
弟(弟には跡継ぎだからと甘かったのですが、スポーツ特待生入学の練習に耐えられず登校拒否。家庭内暴力、40年間無職)
義父母(穏やかな方たちで婚家には恵まれました)残っていた身内を一気に亡くしました。実家の解体、墓じまいと続きますが辛いです。
子どもは給料が安いと言う理由で、大学院で目的だった道をあっさり辞め、学んだのと全く関係ない都内の会社に2年前に就職しました。それでも転勤の無い本社の専門部署(本人の希望通り)で期待され育てて貰っているのに、遠距離で知り合った彼女の地元に、結婚、転職して住むと言っています。
私なりに頑張ってきましたが、子どもの結婚の件が決定打となりました。子どもの人生ではありますが、何のために無理をして海外大学院まで行かせたのか。留学経験を活かす就職でもなく、両家の祖父母をがっかりさせたのに‥さらに他から見たら恵まれた会社をあっさりと‥勿論、子どもには言いませんが‥。
私は、大学に行きたくても女には必要ないと言う時代と家の考え、経済的にも困難(弟の大学費用に備えて私には回せない)、都会に出たかったのに、祖父母の看病もあり色々と諦めました。そんな私から見て、望んだ通りに進学が出来て、私がしたかった都内での生活、それらを当然の事として享受して、あっさり捨てる子どもに腹がたちます。(子どもと私は別物と重々承知してますが‥)
仕事も年々、量のみが増えてストレスで限界と思う気持ちと、辞めても独り家にいるのに耐えれるだろうかと言うせめぎ合いです。旅行し、習い事しても、ジムに通っても、こんなこと何になるんだろうと思い、本音で気軽に話せる人もなく、孤独は満たされないです。
アメリカのようなシニアタウンがあればいいのですが、日本は、元気なうちに入りたい施設は、とんでもない金額ですし、虚しさかかえて生きるなら、安楽死したいです。親を振り切って思い通りの人生を歩まなかった、それが一番悔しいです。
経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
思い通りの人生を生きればよかった
感想2
あなたの人生を少し覗かせてもらいました。夫への複雑な気持ち、実家へは色々と思うところがあったのではないかと想像します。義父母とは良い関係を築けていたことは良かったと感じました。特に昨年は怒涛の年だったと思います。まず、あなたをねぎらいたい気持ちになりました。
自分が選びさえできなかったことを選べたうえ、それを諦める人を目の当たりにしたとき、他人と自分の間に境界線を引くべきと思っていても、つい腹が立ってしまうのは無理もないことと感じました。
この時代になっても未だに「女に学は必要ない」「女は早く結婚するべき」などという言説をたまに見聞きするので、昔のその圧力の強さといったら、私の想像に余りあることと思います。書かれていること以外にも、あなたは日々たくさんのことを我慢して生きてきたのではないかと思うし、当時を考えると、あなた一人で親をはじめとする周囲を振り切ることはとても難しかったのではないかと感じます。社会的な抑圧を受けるなか、自分の望む選択を諦めねばならなかったこと、しっかり受け止めたいです。
いったい、足元に絡みついている後悔はどうすればよいのかと思います。私もたくさん悔しく思っていることがあって、それらが私の足を引っ張っていることを感じています。選択せざるを得なかったことに対して「あのときはそうするしかなかったんだ」と思うようにしているのですが、それではやっぱり気持ちが収まらず、地団駄を踏みたくなることしょっちゅうです。しかも、後悔の存在を思い出すトリガーが周りにたくさん転がっているので、本当に困りものです。そんなに楽ではない現在と先行き不安の将来で手一杯なのだから、もう過去のことで変えられないお前たちに構っている暇はないのよ、と思うのですが……。
現在以降のことはとっても怖くて不安ですが、まだ後悔になるかどうかは分かりません。この事実一点だけで、今抱えている後悔たちをなだめつつ私は踏ん張っているような気がします。生きる上で後悔たちがあんまり存在感を発揮せず、大人しくしていてくれればいいなと願います。
感想1
自分の人生を振り返り、「思い通りの人生を生きればよかった」という後悔を抱いていることが、読んでいて伝わってきました。男性は後継ぎで女性は家にいるという考えのお家で過ごしたとのことで、女性という理由でしたいこともしにくかったり制限されていたりしたのかなと勝手ながら想像していました。そのような状況であなたは自分の気持ちを押し殺してきたのだろうな…と感じました。あなたやあなたの家族の中で、もしくは当時の社会の中で女性は進路などに関して我慢することが「当たり前」にもしなっていたとしたら、それを振り切って自分のしたいことをするのは、なかなかハードルが高かったのではないかなと思います。
昨年には身内を立て続けに亡くし、心も大きく揺れたのではないかなと感じます。実家を解体したり、墓じまいをしたりして、あなたの家や家族の思い出がある場所とお別れすることになっているのかなと思います。悲しさ、しんどさといった様々な感情が湧き出てきて、でもそれを誰かその思い出を知っている人と分かち合うことも、息子さんが都会にいるとなると、しにくいのではないかなと感じるところです。おひとりで辛さ、苦しさと闘っているのかなぁと思いました。
それに加え、息子さんの人生の選択が、あなたがあなた自身の人生を振り返るきっかけになったのかなと経験談から想像しました。あなたが「したい」と思っていたことを、息子さんは当たり前に享受しており、それを少なくともあなたから見たらあっさりと手放していることに、あなたが心の底で願っていたけれど諦めたはずの「したい」という気持ちを刺激したのかなと思います。今あなたは、身内を次々と亡くし、実家や家族の象徴となる場所とも別れを告げることになっていて、孤独感や辛さを抱えている上に、若い頃の自分が我慢して心の中に閉じ込めた気持ちが溢れ出てきて、しんどいのかなと思います。その気持ちはあなたが持ち続けていたであろう大切な気持ちだと私は感じますし、その気持ちを癒すことが今のあなたが対面している課題の1つなのかなと考えます(乗り越えなくてもいいし、するっとよけてもいいのかもしれません)。でもきっとしんどいことには変わりなくて、何をしても満たされない感覚があるのかなと思いました。
私も「もしこうしていたら」と違う進路選択をした自分を想像することがあります。そのときは「興味あるかも」と思っていたけれど、自分にその場所で自分を貫けるほどの覚悟も自信もなくて、やめました。結局その道に行っていたらどうなっていたかは分かりません。別の仕事をしていたり、別の人と結婚したりしていたかもしれません。自分が今辛ければ辛いほど、選ばなかった道を想起しては「あのときこうしていれば」と思ってしまいます。「今からでもできることはあるはず」と思いつつも、「あのときしかできなかったこともあるかもしれない」とも考えてしまいます。過去は変えられないとは言え、やはり考えてしまうこともあるかなと感じています。あなたもそういった状態なのだろうか…と思うところでした。また、大学の研究室で70代ぐらいの方を見たことがあるのですが、その方も何か思うことがあって大学院試験を受けたのかなぁ…いろんな人生があるのかもなぁ…と感じました。経験談の投稿、ありがとうございました。