経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

母親との関係

このような場を作ってくださりありがとうございます。

もう何年も何年も母親との関係が悩みです。
父が亡くなってから16年余計にひどくなったような気もします。
私は自己肯定感が低いと思っています。
我慢してから母に爆発してしまうこともたまにあります。それでまた後悔する繰り返しです。
母に言われて傷つき心から消えない言葉がいろいろ積み重っています。
「お父さんはおまえの性格に困っていた。嫌がっていた」
「親の方が上だ」
「50を過ぎた娘になんで褒めたり認めるようなことを言わなくてはいけないのかがわからない」
「まわりの人の方が優しくしてくれる」
などなど。いつも誰かがこう言っていたという事ばかりを言います。
私は母からの気持ちの言葉を聞きたいといってもだめです。
私ももう素直になれませんし、
いつも堂々巡りに言い争いになります。
その度、自分の存在価値がわからなくなります。情けないことに落ち込んでしまい死んでしまいたくなります。
逃げられないこの関係をどうすればよいのかわかりません。

感想1

傷つけられる言葉を向けられながらも、爆発した気持ちの後悔の浮上は、母親との関りをやめておらず、なんとかしたいと思うあなたの気持ちの表れのようにも感じました。難しいことを求めているのではなく、感謝や労い、思いやりのある言葉を向けて欲しいだけなのに死にたくなるほど落ち込んでしまう、あなたにとって母親はずっと大きな存在だったということも伝わってきました。

当然のように理解し合えるのが家族や母子という認識が当たり前のようにされていますが、この定説に傷ついている人たちは意外にとっても多いような気がします。逃げられない関係への何らかの取り組みは一度手を止め、もしかしたら傷ついた自分への手当てが必要なのではと率直に思いました。

厳しい言葉に囲まれる中で自己肯定や存在価値を感じることはできるでしょうか、押戸のドアを引き続けてもドアが壊れることはあっても開くことは無いような気がします。消耗戦を一旦休み、色んな角度から母親を見てみるのも押しどころが見つかるのかもしれません。私もまた父親との関係に苦しんできたこともあり、愛しくて憎い家族って本当にやっかいな存在と、あなたとおしゃべりしているような気持ちで投稿を読ませていただきました。ありがとうございました。

感想2

死にトリを見つけてくれてありがとうございます。
毎日を過ごす中で、常に母親さんとの関係に悩み、ほかの悩みと重なる時は更に苦しくなっていたんじゃないかと想像しました。また、私も母親との関係に思う事が多く、あなたの気持ちや状況に共感しながら読ませてもらいました。
我慢して爆発してしまうのも、文章から、「そうせざるを得ない環境でずっと生きてきたから」なのも大きいんじゃないかなと私は思いました。『言葉が積み重なっています』と書いてあったように、本当に何年も何年も、傷つくような言葉をかけられてきたことを感じています。書かれていた言葉はあくまでごく一部だとは思いますが、私には、悪意が込められている言葉のようにも感じたので、自己肯定感が低いと思うのも、これまでの経験がそうさせていて、あなたの心を抑圧してきたことを想像しました。母親さんの気持ちの言葉を聞きたい…と伝えたことは、あなたの最大限の素直な気持ちを込めた、母親さんへのメッセージだったんじゃないかなと思いました。関係性を良くしたい…もあるけど、ただ単純にその時その場でなんの変哲もない些細な会話を楽しみたい気持ちがあったのかなと感じました。でも、言い争いになることもとても疲れるし、ただでさえこれまで蓄積されてきた言葉のダメージで相当心も疲弊していると思ったので、そういったサイクルからもう解放されたい…正に"逃げられない関係"が伝わってきたように思いました。落ち込んでしまったり死にたくなることも、積み重ねによって起きている部分もあり、ある意味で自然な流れで、情けないことではないと、読みながら私はそう思いました。
ここでは死にたい気持ちや自分の心のうちを自由に書き込めるので、よかったらまたあなたのことを教えてください。

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