経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

生きている意味

 私は過干渉の母親に育てられました。
 父親は私が小さい頃に働かなくなり、母親は一人で私を育てました。その影響か、母親は私を過剰にかわいがるようになりました。私は私で優しい母親が大好きなので、共依存のような関係になりました。
 そのせいか、母親は私のプライベート全てに干渉してきます。学校であった事はもちろん、交友関係にも口を出してきます。最近はわざわざ私のためだけにお弁当を作り、お小遣いで友達と外食や道草をしないようにしてきます。
 実家暮らしとは言えもう成人済みの大学生ですし、社会性のためにはある程度の交友関係は必要なのですが、大事な所でいつも母親が壁となって一定以上誰かと仲良くなることができません。経済的にも苦しく、また両親ともそろそろ年齢的に心配であるため一人暮らしもできず、一人の自由な時間が得られません。
 一番仲の良い友人が病気にかかった時に、自由に使える時間・お金がない事の苦しみを痛感しました。
 お見舞いに行こうにも、お見舞いの冷えピタや軽食や飲み物すら買うお小遣い程度のお金もなく、そもそも友人の家に寄る時間もなく(帰りが遅いと母親が不機嫌になったり「生きる気力がなくなる」と訴えたりします)、ただただ友人に「何かあったらすぐ言って」とメッセージを送ることしかできませんでした。もしお願いされたとて何もできない無力な自分が悔しくて、虚しくて、たまりませんでした。
 誰の力にもなれずずっと母親のお人形になっている私に、生きている意味などあるのでしょうか。

感想1

投稿ありがとうございます。
過干渉ということについて色々思い浮べながら読ませてもらいました。
あなたの母親さんは、自分自身の人生というよりも、まるであなたの人生を生きているかのように、あなたの時間、お金、人間関係、感情、意思にも入り込んで制限したり、決めたり、拒否したりしている様子がよくわかりました。
そしてあなたがその状況をよく見ていて、”違和感”を強く感じていることはとても大切なことだと私は思います。

もしかしたら母親さんは「自分とこども」の2者関係の世界から広げられずに、どちらかという閉鎖的にあなたの面倒をみる(=支配する)ことで生きる意味を見出しているようです。寂しさや欲求を満たしていることも考えられます。
一方であなたは成長するにつれて「あれ?」という違和感をいくつも感じているのだと思います。ご存知の通り、あなたと母親さんは別の人格です。それぞれの時間、お金、人間関係、感情、意思をもっているはずで、そこには境界線を引く必要があると私はとても感じます。ただ、それは簡単なことではありません。あなたが離れようとすると感情的になったり、生きる気力がなくなったと言うでしょう。でもあなたがあなたの意思で行動し、行きたいところに行き、食べたいものを食べて、会いたいひとに会う…そんな日々を生きて行こうとした時には今のままではその自由が奪われている状態です。

家を出て母親さんと物理的に距離を置くことも必要かもしれません。そしてそんな時は、誰かの力を借りながらの方がいいと私は思います。死にトリでも一緒に考えることができるので、良かったらまたアクセスしてみてくださいね。

感想2

あなたのおかれている状況とそこで抱えている苦悩の様子が、とてもよくわかりました。
親を突き放すこともできず、でも、友人関係や自分の時間も大切だし、優先したい気持ちもある。でも、実際には親による干渉があなたの生活を制約してくる現実を受け入れながら、「本当はこうしたい」という自分の望みにも人知れず折り合いをつけなければならない…そては、行き場のないジレンマだろうと思いました。
「母親のお人形」と表現していましたが、あなたの経験談はお人形が書いたものではなく、一人の意思を持った人間が苦しむ姿のように感じています。おそらく、お人形になりきれないことからくる苦しみのように思います。だから、最後の「生きている意味などあるのでしょうか?」という問いには、お人形ではなく、生き方に苦しみ、それをこうして誰かに届けつながりを求めていることを感じることをもって、意味があるのではないかと思いました。(ただ、生きている意味がそもそもあるかというと、最初からあるのではなく、結果として生きてしまっているので、その意味は後付けで都合よくつければいいと思っている派です)
年老いていく母が干渉をやめてくれる可能性は極めて低いのかと思いました。でも、あなたがその母親との付き合い方を変えていくことはできるのではないかと感じました。私には急激に変わらなくても、こうして苦しみながらも友達を大切にする選択をしている姿を垣間見て、少しずつあなたはあなたなりの変化をしていき、少しずつ母との距離をとっていくようなイメージを持ちました。ただし、たった一人で抱えながらは難しいと思うので、こうして外に苦しみを発信していくことは必要かと思います。理解をしてくれる友達にいうのでもいいですし、匿名の相談でもいいと思います。あなたの苦悩に共感する人はいますし、そうした人たちと連帯することで、あなたは自分にとって必要な選択をしていくことだと思います。自分として望み通りの選択ができない時もあるでしょうし、これからもジレンマが続くとは思いますが、その時その時に考え抜いているプロセスはあなたの力になっていくと思います。これからも、死にトリが必要な時は遠慮なく来てください。

お返事1

 私のつたない文章にたくさんの言葉を返してくださり、本当に嬉しいです。今まで自分の相談に対してこんな風に丁寧に言葉をもらったことがなかったので、読んでいて自然と涙が溢れてしまいました。

 特に印象に残ったのは、生きていく意味を問うた文章に対する「生きている意味がそもそもあるかというと、最初からあるのではなく、結果として生きてしまっているので、その意味は後付けで都合よくつければいいと思っている派です」という言葉です。今急いで意味を探して生きなくても、とりあえず生きていればいいんですね。とても、救われました。

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