経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

虐めなんて大嫌い。

私は、小学1年生のときクラスのカースト一位グループに目をつけられ、その日から虐めが始まりました。
次の日から、悪口を言われたり、自分のものが取られたりしました。
作ったものがぐしゃぐしゃで帰ってきたり、ブス、カス、消えろ、気持ち悪いとずっと言われました。
机の中をひっくり返されたり、自分の絵を馬鹿にされたり、泣かされたりしました。他の友達もどんどん離れていきました。
自分の絵を破られた時もあります。いらない、と言って捨てたり、返却する人も。
謝っても謝っても終わらない、地獄の連鎖でした。
ある日、書写の時間に自分の筆を洗うペットボトルがなくなっていました。他の人に聞いても、出てこず、全員に聞いても笑われるだけでした。
最後に、カースト一位グループに聞くと、笑われた後、悪口をまた言われ、そのまま帰って行きました。
小学3年生とき、クラス替えがあり、私は他のグループにも虐められるようになりました。
水をかけられたり、足をわざと引っ掛けたりしてきたことも。
自分が漫画を描いてたときも下手くそだとバカにしたり。
消しゴムを折られたり、噛まれたり、とにかく酷かったです。
親友がいたからなんとかなりましたが、それでも苦しかったです。
小学4年生のとき、虐めが消えるきっかけがバスケでした。バスケにいじめっ子がいて、そのまま仲良くなり、少しずつ消えていきました。
先生に言っても、誰も聞いてくれなかったし虐めが終わったのが遅すぎる。
とにかく辛かった。自分は我慢する癖があるから、人に言えなかったけど、今虐められてる人はすぐに相談してほしいです。
ほんと、虐めなんて、大嫌いだ。

感想1

いじめの様子がすごく鮮明に思い浮かんできました。あまりに理不尽で、まさしく地獄の連鎖で、「どうしてそこまで酷いことができるんだろう」と、不思議に思うくらいでした。そしてそんな中で、相手に謝り続けて、なくなったものを探すためいじめっ子にも話しかけ、また先生にも相談して…と、どうにか学校生活を送り続けよう、虐めを終わらせよう、と必死に戦っていた投稿者さんの姿や気持ちを想像すると、すごく悲しいし、大人がきちんと守れなかったことに憤りを感じました。
あと、虐めが消えたきっかけを読んで、「集団」の怖さも感じました。1人1人と関われば大丈夫な相手でも、学校という空間で、グループを作ったり、クラスという空間で上手くやらなきゃいけない、そんな「集団」だからこそ起きてしまうのが虐めなのかな、と改めて気づかされました。
投稿者さんが経験したことをたくさん伝えてくれて、そして「すぐに相談してほしい」と書いてくれたことが、私含めた誰かの今後の力になります。投稿ありがとうございました。最後に、私も、虐めなんて大っ嫌いです。

感想2

あなたが書いてくれた言葉を追いながら、多種多様ないじめの状況を想像しきれるものではないなりに想像しています。なんでそういうひどいことが起きてしまうのだろう、と思います。
人間は集団を作って生活する生き物で、集団になると便利なこともあるけれど、間違ったことが起きた時にそれを止めづらくなってしまうこともあるようです。学校では、いじめが起きづらい仕組みや、起きてもすぐに発見して解決できるような仕組みが必要だと思いますが、現状ではそういうことが全く間に合っていないのだと思います。
「先生に言っても、誰も聞いてくれなかった」と書いてあって、やりきれない気持ちになりました。学校教員も今かなり大変な環境の中でたくさんの仕事をしなければいけない状況にある、ということはよく言われているのですが、その皺寄せが子どもであるあなたに行ってしまってはいけなかったはずです。
「ほんと、虐めなんて、大嫌いだ。」という言葉に本当にそうだと思いました。あなたが「今虐められてる人はすぐに相談してほしいです」と書いてあるのを読んで、当時のあなたに「相談していい」ということを伝えられる人や実際に相談できる誰かがいたらよかったのに、とも思いました。また、それだけでなく、気づいて話を聞いてくれる人が子どもの周りにいなければいけないし、そもそも学校という場所が子どもにとってストレスのたまりやすい場所なら、それも変わっていかなければいけないと私は思います。あなたの経験を教えてくださってありがとうございました。

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