経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

社会不適合者の居場所

わたしは40代の男です。人とのコミュニケーションをとるのが苦手で、最低限の挨拶と用件があるとき以外は話をしません。仕事でわからない事などを聞くときくらいです。ひとり作業を黙々と集中するタイプです。私は清掃のデパートの清掃の仕事をしていますが、作業場が特殊で地下の空調設備など常に機械音がする所で設備の人が近くにいます。デパートの開店前は店内の清掃をしますが、あとはモップやクロス類の洗濯を地下でしています。窓なんて勿論無いので電気を消したら真っ暗です。そんな中で私が作業をしているのを知っていてワザと電気を消したり、物を乱暴に扱って大きな音を立てたりする設備の人に嫌がらせを受けています。他の清掃の人は女性しかおらず、みんな話が大好きな人ばかり。私みたいな気の利いた話も出来ない人間は敬遠されます。私はサボる事に興味が無いので身体を動かし整理整頓や汚れを落とすのが向いているので清掃の仕事を選びました。でもここには居場所はありません。朝目が覚めると後悔します。寝てるあいだに何らかの病気になって死ねば良いのに。またあの職場にいくのか。
私の生まれる前に他界した祖父の生まれ故郷が北海道の豊浦町で、その景色を見ながら死んでしまおうかと駅の窓口でチケットの手配をした事もありました。結局怖くて払い戻しをしました。でもまた同じ衝動に駆られそうです。真面目というものが褒め言葉では無いと知ったときから自分が嫌でした。人間でなく無機質なものに生まれたなら、どんな世の中に見えてたのか考えたりします。

感想1

経験談の投稿、ありがとうございます。
それほど長くない文章で、淡々と綴られている内容だったことから、あなたの思いや背景について想像を巡らせるのに少し時間がかかりました。
そして、自分なりに読み解こうとした結果、あなたは「自分の真面目さが報われる世界で生きたい」ということを伝えているように私には思えました。(全然違ったらすみません)

私は、「真面目」という言葉(個性)は、なんだか今の社会で不思議な扱われ方をしていると思っています。
学校では、真面目=良いこと、というのが前提になっています。でも、コミュニケーションにおいては、真面目=無個性、というような、あまり前向きとはいえないニュアンスで使われることがあります。
真面目というのは、「決められた(または自分で決めた)ことをきちんとやる」という個性で、その個性に絶対的な良い悪いはなく、状況次第で良い方に働いたり時に欠点になるものだと私は思っています。例えば、着実にやるべきことをやることが求められる世界では大きな力になりますし、逆に、柔軟さや面白さを求められる世界で活躍したい場合は、真面目さが自分の足を引っ張るかもしれません。
あなたの場合は、自分の真面目さが活きる環境を自分で選び、力を発揮しています。真面目の良し悪しは別として、「自分に合った場所で力を発揮している」ことは、一つの偉大な達成だと私は思います。少なくとも、安心してそこに所属し、働くことができてよいはずです。

(突然少しだけ自分語りをしますが)私は10年以上死にたい気持ちを抱えて生きていますし、死にたい気持ちについて、他の人が止めることのできないものだと思っています。
でも、誰もが自分の個性を発揮し、自分なりに居心地のいい場所で過ごせたらいいのに…とは、ずっと思っています。

感想2

書き込みありがとうございます。投稿読ませていただきました。体を動かし、整理整頓や、汚れを落とす清掃のお仕事、仕事の一番土台、仕事の基礎となる、核の部分だと感じます。どこか職人気質な印象も受け、誰に見られていなくとも丁寧にお仕事をされる姿が浮かんできました。

それでも、職場に居場所がないと感じている様子も感じています。嫌がらせは心に傷を作りますから、無機質になりきれないあなたの人間的な部分が、ジクジクと傷んで、あなたのパワーが出せない状態になっているようにも感じました。それに、その嫌がらせの愚痴や、助けを誰かに言えるわけでもなくお一人で抱えているのかな、とも。もし、無機質になれたらこんなことで悩むこともないのかな、と思うとアスファルトや石ころになりたい気持ちにもなります。

黙々と作業を行うことが得意な人は、昔に比べて評価されづらい世の中だと感じています。口だけ達者な人や、仕事ができなくてもコミュニケーションだけでうまくいく人もいて、世渡り上手というか、そういう人を私も羨ましく思う時も多々あります。

丁寧な仕事や、細部への配慮を誰にも気づかれないで行っている人がいるから、現場が成り立っているのにな。ずるくなれたらなあ、口が立ったらなあ、生まれついた性分みたいなものなのでしょうか。
嫌がらせは、なんとか解決したい問題だなと思うのと同時に、職場の雰囲気が、黙々と作業をすることだけでも、コミュニケーションとして成立して、あなたらしくそのまま認められるところであって欲しいなと思いました。

感想3

自分の適性や向き不向きも自身の中で正確に捉えて、日々やるべきことを黙々とこなしていることに勤勉実直な印象を受けたのとともに、何故かそれでは満たされない、生きづらいと感じさせられる投稿者さんの中で無意識に求めている何かがあるのかなと読ませて頂いて想像していました。

自分一人が手を止めずに黙々と作業をこなしている中で周囲から嫌がらせをされることはとてもストレスが溜まる事だと思います。
そしてそういった状況の中で、「気の利いた事を言えず敬遠される」と投稿者さんが感じるのは、コミュニケーションに苦手意識を持ちながらも他の人が話しているように自分も話せたら、もしかしたら今の環境や状況を違う風に捉えられるのかも(投稿者さんの中で業務をより円滑にこなせる、より職場での所属感を感じられるなど)という潜在的な意識が投稿者さんの中に垣間見えた気が私はしました。(見当違いでしたらすみません。。。)

また、「真面目である」ということは本来とてもいい評価的な性質であるにも関わらず、それが「その場にすぐわない」ものであったり、「さらにそれに加えて」とうものであったりすると、何だか一人だけとても割を食っているようなディスアドバンテージのようなものになってしまうような気が私はしています。
それに伴って、「投稿者さんの職場における真面目」が「やるべきことをしっかりやって」、その上「ある程度のコミュニケーションも含まれるという意」での「真面目」であるならば、それこそ黙々と集中してこなしている投稿者さんからすれば納得のいかないものであるでしょうし、ましてや嫌がらせを受ける謂れなどないと私なら思ってしまいます。

真面目に集中して黙々とこなすことは誰にでも出来ることではないと不真面目である私からすれば思ってしまいます。そしてその「誰にでも出来るわけではない」大人として、社会人として何ら間違っていない真面目が投稿者さんの職場で正当に評価されていってほしいと思いますし、またそうあるべき社会であってほしいと私は思っています。
投稿ありがとうございました。

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