経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

見えない傷

わたしがつらいと思うのは家族との高校の頃までの記憶がおぼろげでほとんどないことです。
20代の頃から10年間引きこもってましたが4年前に出てくることができました。
自然と人と話すことがあって遠足のお弁当の話や運動会の話、嫌いな先生の話…
「お母さんがお弁当作ってくれてたの?」と聞かれたときは焦りました。母と食事をした記憶がないことに改めて気づきました。
我が家はシングルだったのでとっさに「うん」と言って終わらせました。でも見せないようにしてたとこを見せた気持ちがして気持ち悪かったです。
母と同じくらいの人と作業をしてますが子供を育てた思い出を聞いてると殺意がわきます。
母が憎いでも母に感謝してるだから自分を傷つけてリセット。
全部思い出せたらちゃんと前を向けるのかよくわからなくて辛いです

感想1

高校の頃までの家族との記憶がおぼろげでほとんど覚えていないということが、タイトルにある「見えない傷」という言葉に繋がっていそうだなと想像しながら読んでいました。
恐らく記憶がほとんどないということは、あなたにとって家族との出来事は心地の良いものとしての認識ではなく、どちらかというと不安だったり怒りだったり嫌なものとしての認識が強いことで自己防衛が働いてしまっているのかなと感じました。私も学生時代など家族のことについて聞かれた時は、悪いことをしているわけではないのに隠したい思いや恥ずかしいという感情を抱いていたので、「見せないようにしてたとこを見せた気持ちがして気持ち悪かったです。」という言葉には感覚的に共感ができる部分だなと感じています。
読んでいて気になったのは、「母が憎いでも母に“感謝してる”」という部分です。本当に感謝をしている部分もあるのだろうとは思いつつ、その感謝は本当に心からの感謝なのでしょうかね・・・。何となく親は敬わなければならない、感謝しなければならないといった社会からのメッセージが自然と植え付けられていることからそう思うことに繋がっていたりしないだろうかと考えてしまいました。自分を傷つけてリセットしているということは自分の抱く感覚にどこか違和感があるからなのではないかなと私は感じ(全然違っていたらすみません)、もしそうだとするのなら、ここで表現してくれている“憎い”とか“殺意がわく”とかそういった自分の正直な気持ちにもっと目を向けてあげてほしいなと勝手ながら思ってしまいました。
また死にトリが必要に感じられたらいつでも参加してほしいなと思っています。経験談の投稿ありがとうございました。

感想2

見えないけれど、確かに傷があることに気付いて書いてくれたのだろうかと思いながら読みました。私には思い出さないようにしまっていたことが、少しずつ顔を出してきたように思えました。そして、今のあなたが思い出してもいいようなコンディションになあったからこそ、思い出そうとしているのか、あなたのコンディションに関係なく、蓋をしていた記憶が呼び戻されてきたのかと勝手ながら心配をしています。ただ、どちらにしても、経験談を書いているあなたの姿を想像し、あなたなりに備えている様子が伝わってきたので、あなたの今の力を信じたい気持ちになっています。ただ人の記憶は録画のように事実に忠実というわけでなく、その内容や状況によって形を変えたり、コントロールできない何かをもって出てくることもあります。一人で抱えられない時には死にトリを活用してもらっても構いませんので、またこうして伝えに来てください。また、死にトリに限らず、見えない傷について一緒に考えるつながりが持てることを願っています。

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