経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

生きてるのがしんどい

ここ最近気付いたのですが、自分は少し他の人とは異なる部分が多いみたいです。それなのに昔から世間で求められる普通を演じ続けてしまい、自分が分からなくなりました。

現在、社会人一年目ですが、高校生の頃に周りと馴染めずに不登校になり、2回も転校。その際に周りの大人から心もないことをたくさん言われ、一気に自分が嫌いになり、その頃から死にたい思いが強くなりました。
その後、なんとか大学に進み、卒業。就活中も何回も死にたいと思い活動し、必死になって就職しました。けれど、適応障害ですぐに辞めてしまい、今は自宅で療養中です。今でもずっと心の片隅で死にたいと思い続けてます。何をやっても上手くいかない、人には否定され、周りとも馴染めずに親にも迷惑をかけ、死にたいと思いながら毎日を生きて、、こんな無価値な自分が大嫌いです。なんで今も生き続けているのか分からないぐらい。今すぐにでも死にたいです。

周りの人は辛いのは今だけだから、皆そうだから、頑張って生きていればいい事もある、と言いますが私からすれば生き続けて同じことを繰り返して辛い人生をまだ生き続けろと言われているようで何も心に響きません。

世間の普通とは違う自分だから、周りに馴染めずに上手くいかないことだらけなのではと最近気づけたのですが、生きていくにはどこかで折り合いをつけていくしかないと親に言われ、絶望しかないです。これだけ頑張ってもまだ我慢して生きないといけないのか、、これがまだ何十年も続くなら無価値な自分が生きていく意味はなんなのか、、早く死んだ方が幸せなのではないか、、そんな考えがずっと頭をよぎっています。

何でもいいから生き続ける希望がほしい、生きててもいいんだっていう自信がほしい、無価値な自分に少しでもいいから価値がほしい、、それがあれば人生が変わるのかもしれないですよね、、。

感想1

投稿ありがとうございます。投稿者さんはこれまで「世間で求められる普通」以外の方法をあまり知らず、とにかく「普通」に合わせることを努力し、だけど難しくて苦しんできたのかなと思います。おそらく周囲の環境の中でも「普通に学校に行く」「普通に働く」みたいな「普通」以外の生活や過ごし方、人との関わり方…などのバリエーションを知る人があまりいなかったのかな、と想像しています。
私自身もそのような「普通」をなんとかこなそうと努力して、それでもうまくいかないし、すごく苦しくて死にたかった経験があるのですが、今は普通かどうかを気にする必要はないと思っています。
読んでいて、「生きていくにはどこかで折り合いをつけていくしかない」という言葉の前提について考えてみたいと思いました。
まず「自分は少し他の人とは異なる部分が多い」と書いてあることから、投稿者さんは社会における少数派の要素があるということなのかなと思っています。そして社会は多数派に優先的にアレンジされてきた歴史があり、逆に言うと少数派の要望や暮らしやすさは後手に回ってきた歴史があると思っています。それはつまり社会自体の構造的な問題であり、少数派の方が「折り合い」をつけなければいけないとしたら、それ自体に大きな問題があると私は思います。その意味で「生きていくにはどこかで折り合いをつけていくしかない」という言葉には少し反論したいような気持ちになってしまいました。周りと違うからといって、それは投稿者さんが悪いとかダメとかではないと私は思います。
また、投稿者さん個人や家族だけで状況を解決したり、問題をなくそうとしたりする必要もないと思います。適応障害ということで通院されているのであれば、障害者手帳などを申請することで役に立つことがあるかもしれませんし、他にもサポートの仕組みはないわけでもないと思います。(私は発達障害で自立支援医療、障害者手帳、障害年金などの制度を利用しています。以前は通院以外に訪問看護を利用していたこともあります)現状の制度や社会保障が十分ではないところも多々あるとは思うのですが、具体的な困りごとについてはサポートが用意されていることも少なくありません。
最後に、私の個人の考えですが、私はこの世界に生きている人はみな生きていていいと思っていますし、その人たちがみな生きていられる環境であるべきだとも思っています。また、価値という概念は人間の発明品に過ぎないもので、特に本質的なものではないと私は思っています。価値がある/ないという評価も時代や地域の文化によって簡単に変わるものでしかないので、重視する必要はないと思います。投稿者さんが自分にしっくりくる過ごし方、居心地のいいやり方でいられる時間が少しずつでも見つかることを祈っています。

感想2

経験談の投稿、ありがとうございます。
個人的に内容にまったく違和感がなく、ひたすら「わかるなあ」と思いながら読んでいました。

とくに共感ポイントが高いのは、「辛いのは今だけだから、皆そうだから、頑張って生きていればいい事もある」というのが響かない、という部分です。
その3つの言葉は、言われると「そういうのは要らないんで」と叫びたくなるような、ひどく口に合わないものを食べさせられたような気分になります。
わたしなりにそれらの言葉に反論させてもらうならば、「今だけかの保障はないし、そもそも辛いのが永遠に続くとわたしは感じるのだから、それがわたしの真実だし、そのことこそが問題なのです」「皆そうだから…?皆毎日死にたいと思っているの…?というか、人それぞれ考え方も感じ方も、これまでの人生も違うのだから、そもそも一緒でくくるのが変だし失礼じゃないでしょうか」「いい事あるっていっても、悪い事だってあるし、そもそも生きるために頑張らなきゃいけないのが変」といった感じです。(そもそも、を3回も使っていることに読み返して気づきました…)

自分の個性や感じ方はあまり変えることのできない部分だとわたしは思っていますし、尊重されるべきものだと思っています。少なくとも、自分側だけが折れて世間に合わせるのは不平等ですし、世間側ももうちょっと柔軟に歩み寄ってくれないと困りますよ…!というのがわたしの意見です。でも歩み寄りの姿勢があまり見られないので、わたしは普通から随分と離れた場所で生きて、同じような思いの人と社会を変えるための活動をしています。死にトリも、そういった姿勢で運営されているものです。
違和感や生きづらさにこそ、社会を変えるヒントが一番詰まっていると死にトリでは考えています。だから、そういう視点で見たときに(私はそういう視点でしか物事を見れなかったりします)、あなたの存在は全然無価値じゃないと心から思っていますし、あなたの「世間の普通とは異なる部分」についてもっと聞いてみたい気持ちです。

お返事1

お世話になっております。
先日は感想のコメントをありがとうございました。

感想のコメントを見ていると、私と同じように考えている方もいる、他の生き方も見つかるのかもしれないと心が少し落ち着き、安心しました。
ずっと誰にも言えない悩みだったので相談できて、良かったです。また、とても丁寧に感想を記入していただき、真剣に対応してくださったことが伝わってきました。

まだ気持ちは変わらないですが、少しだけこれから自分と向き合っていくにはどうすればよいのかが分かった気がします。

本当にありがとうございました。

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