経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

なんとか生きてるけど、まぁ死にたい

希死念慮との付き合いは相当長い。
今年四十になる。
十にも満たない頃から、些細なことでふと恥ずかしさを強く感じると、自分に対して独り言で「殺すぞ」と呪詛を吐くクセがあった。

両親共に教職員で共稼ぎだった。
ふりかえってみれば、トータルで「厳格な家庭」といえる気もするが、実際は様々な環境要因が絡んでいたと思う。

細かいことは気にしないが、許せないところに引っ掛かると強く叱る父。
叱り方は父よりゆるいが、細かいことまであれこれきっちりしめてくる母。
ここまでだと、バランスのよい印象だが、そんなに単純なものでもなかった。

未就学の頃は、普段家にいない父母ではなく、同居していた母方の祖母に面倒をみてもらう時間が多かった。
祖母はシツケをするタイプだった。
祖母の意にそぐわないことがあると、睨む。
言動が改まらなければ、ときに箒で叩く。
祖母の理想と、それにそぐわないわたしの現実、そのギャップは日常的に「許されない」ことだった。

また、わたしは三兄弟の三男であったために、自分が家族でもっとも「足りない」自覚があった。歳の近い次兄が当たり前にできることをわたしだけできないと、とても悔しかった。
歳の離れた長兄は親と対等に会話しているように見え、眩しかった。
長兄への憧れと、次兄から得る恥辱の気持ち、今思えば理想と現実のギャップを二人の兄との触れ合いから頻繁に得ていた。

祖母のシツケにより
「理想と現実のギャップは許されない」と認識し、
兄たちとの触れ合いから
「理想と現実のギャップを多岐にわたって実感する」日々、
細かいことを気にする母からの言葉は「たくさんの細かな理想」を示し、父から得る希な強い叱責は「絶対に許されない規範」を示す。

幼くして「こうあらねばならない」に雁字搦めになっていたのだろう。
長くなってしまったが、十にも満たない頃から持っていた『些細なことで恥ずかしさを強く感じて、自分に対して独り言で「殺すぞ」と呪詛を吐くクセ』は、そうして培われてしまったのだと思う。

端的にいえば「あるべきようにあれないならば、死んだ方がマシ」とい感覚が、小学生の頃には染み付いていた、ということだ。
あまりにもクセが強い、偏った思考であることは、理性では理解できる。でも感覚的に、わたしは未だにそういう感性から自由になれないでいる。
(社会で働いていると、定期的に、その意識を追認してくれるかのような「指導」を立場が上の人間からさも当たり前のようにうけることになるので、溜め息しかでない。)

たくさんの「こうあるべき」理想を強めに意識していたことは、たぶん、わたしの成長によい影響をたくさん与えてくれていたと思う。
小学校から大学に至るまで、おおよそ、指導者からよい評価を得ていたし、同級生からも一目おかれるようなことが多かった。

反面、ずっとずっと、自分のことを「死んだ方がマシな存在」と自己評価しがちだった。
それどころか、成長する過程でそれを確信してしまうような出来事もあった。

母方の祖母のシツケに対し、両親はかなり早い時期に苦言を呈していた。
祖母はそれが気に喰わず、両親と対立を深めて、度々家に怒号が響いた。
日常的に祖母は父へ嫌がらせをしたり、悪口を我々子供に吹き込んだりした。
父は祖母から距離をとって無視をきめこんだ。
母は祖母の有り様にも、父の態度にも嘆いて、時折泣いたり怒ったりした。
そして、小学校も中ほどの頃、くたびれ果てて啜り泣く母に寄り添い慰めていたわたしは、母が高い金切り声で「こんなの私の欲しかった家庭じゃない!」と叫ぶのを聴いた。
それは複数の親戚が度々言っていた「男ばっかり三人で残念だったね。ひとりくらい女の子でもよかったのに」という軽口と、わたしの中でなんとなく繋がってしまった。

“”この僕でなければ、別の子であったなら、母にこんなことを言わせずにすんでいたのではないか?””

中学生の頃、母がわたしを連れて水子供養で有名なお寺に詣り、わたしに告げた「お前の前にひとり流れてしまってやりきれなかった。だから、大変だったけど、頑張ってお前を生んだ」という言葉は、母からしたら誇らしいものだったのかもしれない。
しかしそれは “”ここにいるのがわたしでなければ、母はもっと幸せだったかもしれない”” どころか “”本来生まれてくるはずだった兄か姉のかわりに生を受けた、手違いの産物”” という意識をわたしに与えてしまった。

母に流産という不幸が訪れなければ、わたしは生まれてこなかった。
残念なことに、ここに生きているわたしは、まごうことなく、母の悲しい記憶と経験の証明である。
「人間は生きているだけで尊い」という理屈に対し、わたしは自分を例外として処理する理路を身に付けてしまった。

「理想を果たせないのは、人間ならば当たり前だ。当たり前の不完全な人間、それでも、人間は生きているだけで尊い」
みたいな考え方は、理解できるし、支持もする。
なんなら、人に対して真摯に語ることもできる。
ひとをそう言って励ましたこともある。
でも、自分の胸には、どつしてもしみてこない。
根付かない。

わたしは結局、実家を出て、別の土地でくらしている。
母の求める理想の家庭を親孝行として作り上げることはできなかったし、無理をして作りたいとも思えない。
祖母も、父も、もう鬼籍に入ってしまった。
唯一、母も含めた元保護者三人に今、胸を張れることがあるとすれば、わたしは今、それなりに円満に、別の土地で自分の家庭を営んでいる、ということだ。

ただ、それでも、わたしはずっと、希死念慮と一緒に生きている。
疲れがたまってくると、「死にたい」と口の奥で小さく言葉を紡がずにはいられない。
妻や子供たちの前では控えている。
ひとりになると、とりつかれたよう「死にたい死にたい死にたい死にたい」と声にならない程度の掠れた音を口の中で遊ばせている。

今の状況は、二十歳頃に失恋から鬱を患ったり、社会復帰してからも長時間労働に悩まされたり、労働と家庭、育児の兼ね合いで心身を壊しかけたり、そういったこともあってのことではあるのだが、もう3千字近いし、ここまででも自分の死にたさの根っこを追うことくらいはできた気がする。

「こうあるべき」という感覚は、社会と切っても切り離せないものだろう。
こんなに毎日「死にたい」と口の中で唱えながら、住宅ローンや家計も気になり「仕事が……」といって有給もとらない生活を続けているわたしは、たぶん、身体や心を壊して正社員をリタイアするまでずっと、希死念慮と仲良く付き合うしかないのだろう。
半ば、諦めている。

なんとか生きてる。
なんなら、結婚して子供もいて、持ち家ももっている正社員だし、それなりに勝ち組と言える暮らしをしている自覚もある。
けれど今日もまぁ、死にたい気持ちは消えてくれない。

感想1

経験談を読み投稿者さんが子ども時代過ごした家庭環境では大人それぞれのやり方が優先され、それに翻弄されつつもその都度強い相手に合わせなければいけないということが多かったのだろうと思いました。父母と祖母の発するメッセージはどれもその人にとっては都合がいいものかもしれませんが、ある種の狭量な価値観の押し付けだと読んでいて感じました。
でもその環境で、大人同士にも強い対立構造があり、しかも三兄弟の三人目ということで、年齢も一番下であった投稿者さんにとっては、そのメッセージを自分の中に取り込んで、その環境で暮らすために適応するほか選択肢がなかったのかなと想像しています。「幼くして「こうあらねばならない」に雁字搦めになっていたのだろう。」という言葉はまさに自分自身がどうしたいか、どう感じているかを優先させることがままならない環境で生きてきた子どものサバイバルスキルの現れのように感じました。

ただ、そういうふうに身につけた適応手段はその環境を離れた後でも自分にとってはある意味で一番馴染みのある認識、感覚、選択になってしまうところがあるのかなと思います。「あまりにもクセが強い、偏った思考であることは、理性では理解できる。でも感覚的に、わたしは未だにそういう感性から自由になれないでいる。」という文章から、投稿者さんが自分の思考を見直そうと意識してきたのかなという印象を受けました。「指導者からよい評価を得ていたし、同級生からも一目おかれるようなことが多かった。」と書いてあり、投稿者さんはどの環境でも周り(とくに評価を行う人や、強い立場の人など)の眼差しや意図を注意深くみて、感じ取って自分の行動を意識してきたのかなと想像しています。

その次に続く、「反面、ずっとずっと、自分のことを「死んだ方がマシな存在」と自己評価しがちだった。」という部分、そして「””この僕でなければ、別の子であったなら、母にこんなことを言わせずにすんでいたのではないか?””」と感じたというエピソードを読んで感じたのは、これまで投稿者さんにとって、投稿者さんの存在というのは「周りにとって(雑な表現かもしれませんが…)都合のいいこと、周りから見て必要であること」などが優先され、投稿者自身がどう感じるか、なにがいやか、なにを大切にしたいか…ということを無視されてきたし、自分でも無視せざるをえなかったのだろうということです。
人はみなさまざまな感覚や認識、そして表現を持っていると私は思います。それはもちろん投稿者さんもそうですし、投稿者さんは幼い時からそれを持っていたと思います。でもそれを表現させてもらえる機会や感覚自体に気づいたり、好き嫌いを表明して受け入れられたり…という機会がたくさんなければ、それを自分で気づくことすら難しくなってしまうことが少なくありません。そうすると、きっと「自分は○○だから」という根拠に基づいて考えることは難しいし、より、周りに合わせる変幻自在な自分でいなければいけない気持ちになってしまいそうだと思います。
個人的な話ですが、私もよく「死にたい」と思いながら生きてきました。それは「逃げ出したい」とか「つらすぎる」とかいろんな意味があり、いろんなイメージの中にある感覚なのですが、幼い頃から私の中での様々なつらい感覚をうまく理解できず、耐え難い感覚に対処することもできず、その中で「死ぬしかない」というような認識に結びつけてきた、という側面があると思っています。(それで全部説明し切ることもできないのですが)

私は家庭を持つとか、たくさん働く、家を持つみたいなことばかりを社会が「いいこと」「正しいこと」だと言っているのだとすれば、社会自体が狭量で人から多くのものを奪っていると思います。またそのメッセージに合わせる必要も全くないと思っています。もちろん、家庭を持つこと、たくさん働くことなどもたくさんある選択肢の一つで、それを選びたい人が選べることは素晴らしいことだとも思うのですが…。
(社会はそれぞれの人のためにあるものなので、それに人が合わせて心身を消耗させるのは全くもって本末転倒で問題のある状態だと思います)
投稿者さんにとって例えば「結婚して子供もいて、持ち家ももっている正社員」であることは安心材料みたいな面もあるのかなぁと想像しました。
また、そのことを考えながら後半部分を読んでいて、「唯一、母も含めた元保護者三人に今、胸を張れることがあるとすれば、わたしは今、それなりに円満に、別の土地で自分の家庭を営んでいる、ということだ。」と書いてあるのを読んで、投稿者さんは「元保護者三人」に評価されたいという思いがずっと胸にあったのかなとも考えてみました。
個人的には投稿者さんが誰かからどう見られるか、どのように評価されるかされないかだけでなく、投稿者さんにとって落ち着くとか、楽なやり方、わくわくする時間などを探っていって欲しいな…と勝手に思ってしまいましたが、そんなことを言われても…って感じだよなぁとも思っています。それに人はどんなふうに生きてもいいと思うので、わくわくしなくてもいいし、楽なやり方を選ばなくてもいいとも思います。そして死にたいと思うことも別に何の問題でもないと思います。この社会では大変なことがたくさんあるので、死にたいと思う人はたくさんいて、それは社会の問題です。ただ、投稿者さんが生きる上で死にたいという思いすら思うこと、表現することを躊躇ってしまうときには、また死にトリにきてください。
投稿ありがとうございました。

感想2

理想と現実のギャップが死にたい気持ちのもとではないかということは、死にトリのコンテンツ「つらチェック」でも導かれた仮説でした。その仮説の一例が理路整然となおかつどこか物悲しく描かれる独特な雰囲気を感じながら読みました。非常にあなたという個性が出ている文章だと私は思いました。子どもの頃から、ある種冷めた目で大人の姿を俯瞰する視点は今もおそらく今の家庭や職場など、身近なシーンで自然と発揮されているように感じています。
子どもが大人になっていく過程で、どんな大人がどのように関わったかによって子どもの育ちに影響を与えることは発達の理論としては明らかですが、その影響は人によってそれぞれ異なるのだろうと思います。あなたは人一倍身近な人たちの心理的な動きを読み取ったり、受け取ったりするのが得意だったのだろう、言い換えると自分よりも周囲を優先することが得意だったのだろうと思いました。それは環境要素から後天的に身につけたサバイバルスキル的な要素も大きいかもしれませんが、私にはあなたにはそうした素質もあったことで、人知れずそうしたスキルをより強く身につけたように感じました(違っていたらすみません)。そのスキルは周囲からの好印象につながり、ますますあなたと周囲との心理的な距離を生み出しているように感じました。自己解決する力のある人ほど、私は孤立していくと感じています。そして、孤独や孤立すら飲み込んでいくようなイメージです。そのようなイメージをあなたの経験談から感じ取りました。
ただ、その孤独感を飲み込んだことによって、心の奥底には誰かにわかってほしい渇望感のようなものも同時に滞留しているのではないかと感じていました。こうして書いて死にトリに送ってくれたことはその滞留しているものが働いたのかもしれないと想像しています。
あなたの中に死にたい気持ちが存在の一部として形成していったプロセスはとてもわかりやすく、理論化されていたのですが、私はあなた自身はあまり理論的に説明していないことに興味を持ちました。それは「理想を果たせないのは、人間ならば当たり前だ。当たり前の不完全な人間、それでも、人間は生きているだけで尊い」みたいな考え方のことですーのくだりです。その考え方を自分以外の人には本心で真摯に語れるのに、自分の胸にはしみてこないというのは、私は先ほどお伝えしたあなたの中にある孤独と関係しているように思いました。物理的にはあなたとあなた以外の家族や職場など身近な人たちは同じ社会の中で生きているのかもしれませんが、心理的にはあなたとあなた以外の人は別の世界で生きているように感じるのです。だから、自分以外の人たちに適用できる原理原則が自分にはしっくりこないというのがあってもおかしくはないと思いました。あなたが周囲とつながりを持てなかった蓄積がその原理原則の分断に現れているように感じています。
そうした、心理的な分断は社会の中にある価値観の固定化や序列化の弊害のように感じています。本当はあなたのように慢性的に死にたいと思っている人もいますし、死にたい気持ちを抱く人も一人ひとり違います。あなたが周囲には真摯に語れるという、人間の不完全さへの許容や生きているだけで尊いという思いも、絶対的な真理ではなく、人によってそう思える時もあれば、そう思えない時もありますし、相手によっては逆のことを言いたい時もあるでしょう。それなのに、一人ひとりが感じることや気持ちを出し合わずに何となく正しいだろうと思われることを何となく優先するようになり、それがますます少数派の感覚や意見をないものにして、私たちが生きる社会全体を虚像のようにしてしまうのかもしれないと感じました。私には最後に書いてくれたマイホームや結婚や正社員の方が虚像のように思えました。私にはそれらは人々が作った象徴であって、それのことがすなわち人の幸せであるという実感がありません。あなたが子どもの頃に経験した風景があまりにも鮮やか過ぎて、その世界に置き去りにされた子どもの存在を見ているようでした。そして、あなたが今回書いて送ってくれた経験談はつながりを持とうとする表現だと勝手ながら思っています。
これからも、何かの役に立つのなら死にトリを活用してもらえたらと思います。

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