経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

普通でいたいだけ

私は"普通"に固執している。

幼少期は普通だったと思う。
両親は共働きだったが祖父母がいてくれたから寂しくなかったし、家族仲も悪くない。
習い事に通えるほどお金に余裕はなかったけど不自由はなく、学校には友達もいたし仲良しグループにも所属していた。

中学に上がって体調や精神がすぐれない日が続き不登校になり自傷行為をするようになり、通信制高校に進学してすぐに1番信頼していた(依存していた)親友に縁を切られた。
その出来事をきっかけに、普通のレールから完全に外れた。
家族には学校に通いながらアルバイトを掛け持ちして社会復帰したように見せかけて、裏では大学生に貢いだり、初対面の男に体を許したりもした。
とにかくありとあらゆる方法で自分を傷付けたかった。
健康な私には死ぬ勇気がなかったから、傷付き切れば死ねると思った。
あわよくば誰か殺してくれるかもとも思っていた。
依存先を求めていた、お金を渡す体を許す代わりに愛されたかったのもあると思うが。

そして高3で妊娠し19歳で出産、子どもは育てられないので養子縁組をした。
高校の卒業式にも出られず、受験した大学も辞退した。

産後は妊娠前から付き合っていた彼氏と同棲したくて上京した。
でも付き合って4年、上京して半年で別れを告げられた。
Ⅰ型躁鬱病の私と一緒に生活するのはきっと大変だったんだろうと思う。
寂しさを埋めるために振り回したかと思えば違う依存先を探そうとしていたのだから嫌になるに決まってる。

地元の同級生達は大学3年で就活を控えている。
先日『敷かれたレールから外れた自由な生き方が格好良いね、羨ましい』と言われた。
こんな生き方のどこが良いんだ。
全日制の高校に通って親の金で大学進学、ちょっとした資格を取って新卒で就職。
私にとってこれ以上理想の人生なんてない。
こっちは妊娠中に使い切ってしまった、行ってもいない大学のために借りた学生ローンの返済に追われているのに。
躁状態のときにパチンコで散財した結果借金に追われているのに。
鬱状態でも体に鞭を打って働き、働くことで気力を使い切っているから休日は寝たきりなのに。
夢も目標も趣味もなく借金に生かされている人生だよ、なんて言ったらどんな顔をするんだろう。
困らせてしまうに決まってるから、何も言わないでおいた。
他人の芝は青く見えるとはいえ、私の芝を羨む人はいないだろう。

感想1

経験談の投稿、ありがとうございます。
他人の事情を何も想像せずに「あなたは~~だね」(『敷かれたレールから外れた自由な生き方が格好良いね、羨ましい』)と評することの罪深さを改めて感じながら、感想を書き始めています。

あなたが固執している”普通”にどのような意味や願いが込められているのか、私は考えを巡らせています。というのも、私の周りにも”普通”に固執している人が何人かいるのですが、その”普通”が何を意味しているのか掘り下げてみると、それぞれに切実な気持ちがあったからです。
経験談には、「全日制の高校に通って親の金で大学進学、ちょっとした資格を取って新卒で就職」が「私にとってこれ以上理想の人生なんてない」と書かれていました。確かに、全日制高校に通う・借金せず大学進学・新卒で就職という要素は、今の社会でいわゆる”普通”のイメージだと私も思います。
ただ、そこであなたが本質的に求めているものは、金銭面で追いつめられることもない自由と気楽さ(程よいモラトリアム期間)、レールから外れている「不安」のない人生という、一言でいうなら「守られた青年期を送りたかった(送りたい)」ということなのかなと私は思いました。
そして、その願いに私は全面的に共感しますし、誰もが守られた青年期を送れる社会になるべきだと強く思っています。

もう一つ、私が考えを巡らせているのは、中学に上がって体調や精神がすぐれない日が続くところから、自分を激しく傷つけるまで至っていった要因は、一体何なのだろう…?ということです。
これは経験談に書いていない部分なので想像になってしまうのですが、もしかしたら、自分の精神的な不安や人生の選択について、安心して相談できる大人があなたの周りに(十分には)いなかったのかもしれないと私は思いました。
依存というのは、「人を信頼できない」から起こることだと言われています。それらの点を考えると、中学からこれまでずっと、孤独に自分なりにあがき続けて、疲れきった今のあなたがいるようなイメージが湧きました。
そして、そんなあなたに対して、「普通でいたいだけ」という願いを一緒に考えて、サポートしてくれる大人がいてほしいのに…と、歯がゆい気持ちになります。

もしもっと自分について語りたいこと、吐き出したことがあれば、いつでも死にトリを利用してください。

感想2

投稿者さんにとって「普通」というものがどんな意味を持っているのだろう、と考えながら読みました。読んでいて、投稿者さんの人生の中で「普通」に合致している経験と「普通」から外れてしまったと感じる経験があり、「普通のレールから完全に外れた」という感覚が積み重なる中で「普通」に対する思いが強くなっていったのかな?と想像しました。あるいは、幼少期から「普通」に対する特別な思いがあったのでしょうか。
「全日制の高校に通って親の金で大学進学、ちょっとした資格を取って新卒で就職。」であれば必ずしも問題ないとも思えないですが、少なくとも、投稿者さんが望んで得られなかったもの、ということで重要な要素なのかなと思いました。
死にトリで経験談を読ませてもらっていると、人が考える「普通」にもかなり幅があるなぁと感じることが多いです。それは、その人それぞれのありたい姿、あるいは「こうであれば困らないはずなのに」という理想のイメージなのかなと思います。投稿者さんにとっては、それが「全日制の高校に通って…」という部分に現れているのかなと思いました。また、もしかすると投稿者さんの中には、この言葉としては表現されていないけれど、持っている願いや理想は他にもあるのかもしれない、とも想像しました。
文章を読んでいて、投稿者さんは、その時々の自分が知っている方法を使って、自分の願いを少しでもかなえよう、満たそうとしていたのだろうと感じました。自傷行為や依存なども、サバイバルスキルと呼べるようなもので、その時々の投稿者さんが心を落ち着けたり、苦しみを遠ざけたりするために必要なものだったのかなと思います。でも、そのやり方だけだと苦しくなってしまうことも少なくなくて難しいなぁと思いました。
個人的にはこの社会において、お金というものの存在が大きすぎ、しかも不均衡すぎることに大きな問題があると感じています。またその問題がさも個人の問題かのように取り扱われることに最大の問題があると私は思います。投稿者さんが困って、お金に追われている状態であることを本来社会がサポートし解決しなければいけないのに、それがされない状況であることに悔しいと感じます。(勝手な感情移入をしてすみません…。)投稿ありがとうございました。

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