経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

周りに不幸を撒き散らす自分

29歳の自閉スペクトラム診断済みの女です。
子どもの頃から人と馴染めず、対人トラブルを頻繁に起こしていました。また不器用なことを周りからたびたび指摘されてきました。

小学3年の時担任教師から一年間イジメにあいました。イジメが辛くて学校に行きたくないと言ったところ、同居していた祖母から「お前みたいな子がいて恥ずかしい」、「お前のせいで(私の)母がかわいそうだ」と言われるました。
何日か不登校が続いた後、イジメをしている担任が家に私を連れにやってきました。家族は私を担任に引き渡しました。
それからは自分の身は自分で守らないとと思い、イジメられる要素をなくそうとしましたが、元々不器用で上手くいきませんでした。

4つ下の妹はとても優秀で、祖母にはたびたび妹と比べてできないことを非難されました。
妹さえいなければ攻撃されないと思い、妹をイジメたり、勉強の邪魔をしました。

母は家でたびたび会社の愚痴を言っており、そこから会社は怖いところというイメージが出来上がりました。

体育と情報以外は成績がそこそこ良かったので、母に迷惑をかけないために、一浪してしまいましたが国立大学になんとか入りました。
しかしストレスで不眠症になったのに加えて、聞き取りが苦手な特性のため大学の勉強について行くのがやっとで、バイトもサークル活動もできませんでした。
祖母の批判に耐えられず、祖母を殺しかけて別居することになりましたが、不眠症による日中の眠気が酷くて、配属された研究室でも迷惑ばかりかけてしまいました。
不眠症が治らない限り就職できないと言い訳し続け博士まで進学しました。しかし研究室の英語会議に全然ついて行けず、精神的に不安定になって研究員の方や後輩に迷惑をかけ続けました。

去年から新しい薬によって眠れるようになりました。
しかし自分は頭が悪く不器用でコミュ障で性格も悪いので会社に貢献できることが何もなく、イジメられたくない以外にやりたいこともないので、就職活動ができません。また嘘ついて会社に入っても恐ろしい会社でやっていけると思えません。
母は「家事をやってくれればいいよ」と言ってくれますが、みんなが働きながらできることしかできない自分に嫌悪感が募るばかりです。

アピールできるような人になろうと頑張ってみましたが続かず、そんな自分がますます嫌いになります。研究室の仕事も満足にこなせておらず、ミスしてばかりです。
また疲れやすく暑さ寒さですぐ体調崩すダメ人間なので、できる仕事がありません。
たびたび死にたいと言って母を困らせています。そんな自分がいやで仕方ありません。
死にたいけど自殺に失敗したら、母に介護や賠償などの迷惑がかかると思うとできません。
周囲に不幸を撒き散らすために産まれてきたとしか思えません。自分にうんざりして毎日死にたいけど死ねずに苦しいです。

感想1

投稿ありがとうございます。あなたの過ごしてきた環境には、外聞を重視する文化、人に迷惑をかけてはいけないという考えが結構強くあるのではないかと想像しました。その中で多数派と特性が違うあなたは、なんとか自分で問題を回避しようとしなければならず、そしてそれがうまくいかないことも多かったのだと考えると、とても大きな負荷だったと思います。それは優劣の話というより、違う文化になんのサポートもなく放り込まれて、周りと同じようにやれと言われているような状況ではないかと思いました。それはあなたのせいではなく、この社会自体の問題だと私は思います。
いじめや祖母からの非難、学校での苦手なこと、さまざまなストレスやプレッシャーの中で不安定になるのも無理はないと思いました。

私自身も発達障害の診断を受けていて、周りと同じようにできず死にたいと思って生きてきたので、なんだか人ごととは思えず、色々と書いてしまいました。
「疲れやすく暑さ寒さですぐ体調崩す」ことはダメだとは思いませんでした。もちろんタフな人であれば楽だろうなぁと私も思うのですが、そうじゃないことがダメだとか悪いとは思いません(私もすごく体調を崩します)。
聞き取りが苦手な特性があると書かれていましたが、それも多数派とは違う、認識の仕方をしている、というだけなのではないかとも思います。たとえば、私はコウモリやイルカのように超音波によってコミュニケーションを取ることができませんが、それができないことが問題になることがないのは、人間という集団の中では、基本的にみなそれができないからだと思います(変な例えですみません)。ただ、会話や文字、表記などのさまざまな方法も含め、多数派がやりやすいように進められてきた人間社会の歴史の中で、多数派以外の特性は考慮されてこなかったということがあるのではないかと思います。読んでいて、自閉スペクトラム症の当事者であり研究者の綾屋紗月さんという方がされている当事者研究のことを思い出しました。綾屋さん自身の見え方、聞こえ方なども含めた当事者研究のことは本や講演を記録した動画になっていたりするので(動画には字幕付きのものもありました)、あなたと似ているかはわからないですが、よかったら調べてみてください。
多数派と特性が違う場合、他の人のやり方が役に立たない、参考にならないことが多いので、きっとこれまでも苦労してきたことだと思います。あなたにとってやりやすい方法、楽にできるやり方が少しずつ見つかるといいなと思います。

感想2

タイトルが周りに不幸を撒き散らす自分となっていますが、読んであなたのことを不幸を撒き散らす存在だとは全く思いませんでした。むしろ、周囲から理解をされず、不当な扱いを受けて、不幸や不名誉なレッテルを押し付けられたと感じて、それをとても悔しく理不尽だと思いました。
私たちは一人ひとり、違った人間です。できることもあれば、できないこともあるし(圧倒的にできないことの方が多いと思っています)、得意なこと苦手なこともそれぞれ違いますが、それを補い合って生きています。ところが、残念ながら、今の社会はどちらかというと個性を認め合うより、よくわからない「正しい人」という枠があり、その枠にハマること、近づくこと、適応することが求められています。そして、その枠にハマらないと否定され、本来の姿を認められ、その人らしさを尊重される機会が奪われてしまいます。あなたは自分を否定した祖母を殺しかけたとありましたが、自分の存在をここまで否定した(言い換えるとあなたの尊厳を殺してきたようなものだと私は感じました)相手に対して、怒りを抱いたあなたの感性と気持ちを支持します。とはいっても、殺しかけるという暴力的な行動は支持できないのですが、理不尽な相手に怒りを持つことは私はとても大切だと思っているので、お伝えしました。
あなたは、いわゆる一般的な正しい人の枠にはハマることは難しいのでしょうが、おそらくあなたなりの力や持ち味があると感じました。先ほどお伝えしたような理不尽なことへの怒りを感じられることや、それに加えて最後の方に書かれていた母への気遣い、何とか自分の力を発揮したいという気持ちなどどれも真摯に生きていこうとする姿勢であり、誠実な人柄が文章からも伝わってきました。これまで、環境に恵まれなかったのだろうと私は思います。診断も受けたとのことですから、特性を理解してくれる人や機関もあると思います。これまで自分を正しく理解し、自分に合った学び方をするチャンスがなかったのですから、まだまだ伸びしろが多くあるものと勝手ながら想像していました。できるところから無理をせずにあなたの持っている力を発揮できることを願っています。もしも、発揮できるところが見つからないし、身近に一緒に考える人がいないということなら、またいつでも死にトリにあなたの思いを伝えてください。

お返事1

丁寧な感想いただきありがとうございます。
返信が遅くなってしまいごめんなさい。

ただ出席していればよかった学校と違って、働くためにはある程度のパフォーマンスを発揮しないといけません。
最近学校に行ってもほとんど何もできないことが多くなってしまい、今日も大したことないのに、行くことが無駄に思えて休んでしまいました。
こんな私が社会でやっていけるところが全く想像できません。
一番辛いのは自分でもどこまでが病気で、どこまでがただのわがままかわからないことです。
だからもうこんな苦しい思いをするのを終わらせたくて、死んでしまいたいとたびたび考えてしまいます。

最後にご感想いただいたことにもう一度お礼を申し上げます。

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