経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

自分が嫌になる

産まれてきて26年になるが、本当に辛い思い出の方が多いと思う。
ADHDと診断されたのが半年前、それまで健常者として生きてきた。
自分の中では頑張ってきた。ただ、忘れ物が多かったり、後回しにする癖があると言うくらいと思ってた。でも、それは小学生の頃から「変な子」としてみられてたんだなと今になって思う。
”発達障害””ADHD”などの単語が知れ渡ってきたのも最近。
いじめにも耐えてきた。親からも「普通になりなさい」と言われてきた。会社にいる時も同僚から冷たい目線で見られたりもした。
中二のとき、担任の先生から「アスペルガー症候群かもしれない」と言われた時、親がボロクソに先生を怒っていた。でも、その判断は今では正しかったんだなと今では思う。
「異端は悪」という風潮、考え方が親には染み付いていた。脳の検査をしても異常なし。当時はなんの診断も出なかった。でも、自分の中では「おかしいんだろうな」という感覚はあった。
小さい頃に親が離婚をし、私が「新しいお父さんが欲しい」と言ったら新しいお父さんとして来た人の姓になった。前のお父さんの記憶は、母に「アメリカ出張に行く」と嘘をついていたという出来事が鮮明に覚えている。
小学3年生に上がった頃、当時前のお父さんと住んでいた記憶のあるアパートに行ってみた。その際、あるはずのない名前がそこにはあった。今の父の名前だ。そこで気づいた。
「再婚したんだ。同じ人と。」道理で初めて会った時見覚えがあったと思った。
そこから父に怒られても、褒められても、喜ばれても、あまり心に響かなかった。
母とどんな会話をしたのか分からない。「これから変わる」という話をしたのか分からないが、私にはなんの説明もないのだ。前のお父さんとは別人、「おじさん」としか言わない。
嘘をつかれてるとしか思えなかった。妹が産まれ、そこからは妹優先の生活が始まった。父は釣りの趣味からテニスに変わり、妹のテニスに熱を上げていた。食卓の話題もテニス。一方私の話題は早く終了し、またテニス。○○さんの親がうざったいだの、□□さんが強いだの、高校もテニスの強豪校に行き、私で育児を失敗したので、妹で取り返すかのような感じがしてたまらなかった。色々あった。もういいかな。いなくなっても誰も困らないと思う。手のかかる奴がいなくなった程度だろう。痛くない、苦しくない死に方があれば教えて欲しいな。時系列、駄文で申し訳ない。自分の中から出てきた順なので悪しからず。

感想1

投稿ありがとうございます。家族のエピソードを読んで、なんだかかなり奇妙な状況だと思いました。そこにどういう背景があるのか私にはわかりませんが、あなたが信用できないと感じたとしてもおかしくないと思います。また妹との優先度の違いが如実に現れていたら、私がその立場にいたとしても「たまらなかった」と感じると思いました。
「「異端は悪」という風潮、考え方が親には染み付いていた」と書いてあり、あなたもそのメッセージを受け取り続けてきたのだと思います。「普通」に合わせなければいけない中、自分自身は難しさや違和感も感じていたのかなと思うと、それぞれ折り合いがつくわけでもなくて大変だっただろうと思います。ADHDと診断されて納得する反面、良かったと思うより、突きつけられたような気持ちもあったのかな?と想像しました。(違ったらすみません)
私も成人してからADHDと診断されたのですが、診断に至るまでも、診断を受けてからも自己嫌悪や希死念慮などの中で紆余曲折がありました。今はADHDがだめだとは全く思わなくて、むしろ認知が少数派だというだけのことなのに、この社会ではかなり損をしているなぁ、と思うのですが、診断前後は自分が悪いと思って、負い目を感じることもすごく多かったです。思い出して、つい自分語りをしてしまいました…。
書いてくださったのは主に子ども時代のことですが、あなたはいまどんな生活をしているのかなと気になりました。「本当に辛い思い出の方が多い」と書いてあるので、なにかを無理に教えてくれと言うつもりはないのですが、あなたが積み重ねてきた人生や考えてきたことをもっと聞いてみたいと思いました。

感想2

最後の一文が私としてはとても気に入りました。「自分の中から出てきた順なので悪しからず。」まさにあなたの中から素直に出てきた気持ちなのだろうと感じましたし、それがそのまま書いていることが嬉しくなりました。改めて、私は人が何を言っているかよりも、その人からそのまま出てきた言葉に心惹かれることを再確認しました。
それはさておき、「異端は悪」の価値観とともに生きてきた道を思い描き、ここには書いていないたくさんの苦労や違和感があったのではないかと想像しています。異端を排除する価値観そのものも、生きづらさを抱えた子どもにとってとてもしんどいことだと思いますが、そもそも、「悪」を一方的に決められてしまうこと自体が苦しいと思いました。それだけではなく、お父さんとの関わりや妹のテニスの件もすべてに共通しているのはあなたの気持ちや感じていることが尊重されずに、ないもののように扱われたことだと私は思いました。本当は、あなたなりに感じていたことや頑張ってきたことがあるのに、それを受け止められるより前に「こうすべき」「これはだめ」と決めつけられてしまうことが苦しさの根源のような気がしています。
私はADHDもアスペルガーも、その他のある種の診断名は本人が理解できない苦しみや周囲からの誤解を解くため、つまり本人の役に立つために必要であればうまく活用するものであるべきだと思っています。現実としては周囲が障がいや病気というラベリングに使うことも多く、違和感があります。本当は、あなたがいう通り「忘れ物が多かったり、後回しにする癖がある」ぐらいの理解で十分で、そういったところもあなたの一部として自然に理解される世の中の方が私は生きやすいと思います。世の中があまりにも、忘れ物はいけない、物事を後回しにしてはいけないという価値観を持つために、あなたの一部の特徴があたかも大きな課題のように評価するのですから、本当におかしなことだと思ってしまいます。
少し長くなってしまいましたが、世の中は誰が決めたか分からない善悪で課題が決められてしまい、ずいぶんと窮屈で多くの人たちを生きづらくしていると感じてしまったので、その気持ちを書きました。
また、あなたの自分から出てくるものがあれば書いて送ってください。待っています。

一覧へ戻る