経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

躁鬱の自分について

私は今年で23歳の女です。
かれこれ6年も躁鬱と付き合っています。気分の上下が激しい病気です。躁が気分が上がっている状態で、鬱が下がっている状態です。
つらいです。年々酷くなっていく一方で、意味があるのかないのか分からない薬は増え続け、躁になる度暴れ散らかし人に迷惑をかけて、鬱になってそれを思い出し死にたくなってまた人に迷惑をかけます。調子がいいとか普通とか思った時は大体躁で、普通の時がありません。0か100なので、本当の私はどこにいるのだろう?以前のようには戻れないのだろうか?自我はどこに?と最近よく考えます。
有難いことに周りには恵まれ、躁鬱の私を皆受け入れて優しく接してくれているのですが、それが辛いです。なぜ自分へのマイナス要素が大きいのに優しくしてくれるのか?いつか離れてしまうのでは?というのを考えてしまい怖いです。
よく友人に「起こるかわからない未来を考えるのではなく今を見ていた方がいい」と諭されますが、元々のネガティブ思考や病気が重なって先のことをどうしても見がちです。
自分のことが嫌いなので、他人に評価を任せ切りになったり、愛情が堪らなく欲しかったり認めてほしかったりと、自己承認欲求が強いです。
最近では、彼氏を作りましたが向こうがキツすぎて3週間で別れ、また彼氏を作りましたが、好みでは無い上に完全に躁の時に付き合ったので、鬱の時に友達に戻るという、向こうの好意を無碍にしてしまいました。
その事を反省し次からは無いようにしたいと思いましたが、正直このようなことを繰り返すなら死にたいです。躁鬱が治る兆しがなくもっと酷くなるようならいっその事死んでしまいたい。もう誰にも迷惑かけたくないと思います。
こんな私が友達、家族にも恵まれている事実が怖いのです。
私は幸せになってはいけない気がします。
漠然と若くして死ぬだろうなという自覚はあるので多分そのうち死ぬとは思いますが。
早めに楽になりたいです。

感想1

経験談の投稿、ありがとうございます。
6年間、コントロールできない自分に振り回され、いろんな葛藤や自己嫌悪の中で生きてきたことを想像すると、その6年間の重みは計り知れないものに感じました。
ただ、自分の気持ちや状態を率直に言葉にし、ここに伝えてくれたことに、あなたの力を感じています。(自分が「やってしまった…」と後悔していることを書くのは、なかなか難しいことだと個人的には思っています)

読みながら私が考えていたのは、あなたのつらさの一番のポイントは何なのだろう…?ということです。
周りに迷惑をかけたくない、愛情がほしい、認めてほしい、このようなことを繰り返したくない…勿論すべてが本当のつらさだと思います。解放されて楽になりたいというのも、共感できます。少しだけ自分語りをすると、私も躁鬱です(幸いここ数年落ち着いていますが)。もし治る兆しがないと感じたとしたら、いっそのこと死んでしまいたいと思うのはとてもよくわかります。
でも、なんというのか…「私はこういう人間なんだ」という確信がもてない状態、自分なりの軸が見えない状態なのが、あなたのつらさの大きなポイントのではないか…?と、私は思ったりしました。(全然違ったらすみません)
自分なりの判断軸があれば、何が迷惑でどこまでなら対等に頼っているラインなのかが定められたり、自分で多少自分を認められる部分が出てきたり、今の状況がすぐには変わらなくても、少しは楽になれそうなのかな…?と。ただ、簡単に軸をつくれたら苦労しないよね…とも思うので…。あなたの文章から自分と向き合う誠実な人柄を感じ、どうしても励ましたい気持ちになるのですが、そんな簡単じゃないよなとぐるぐるしています。

感想2

私自身も躁鬱の気があるのでとても近い感覚を覚えながら文章を読ませて頂きました。
何がきっかけで躁鬱を患うことに至ったのかということも気になりましたが、躁鬱を患って長らく時間が経つ中で、症状の悪化を感じながら自身のコントロールも難しく、「躁である自分」、「鬱である自分」や0か100など常に両極端の自分が内在する状態があって「フラットな自分」、「デフォルトな自分」が掴めない、分からないことにしんどさや生きづらさがあるのかなと想像していました。
絶えず変化する躁鬱の気持ちの波に抗うことはとてもエネルギーを割かれることだと思いますし自分自身の行動に振り回されることも多いのかなと思いますが、そんな状況の中でも「周りには恵まれている」とあるのは、投稿者さん自身が躁鬱による気持ちの波の変化に日々苦しんでいる中でもその辛さから逃げずに向き合い、投稿者さんの人柄や人間性が周囲の方に伝わっているのと同時に投稿者さんの人徳に他ならないことだと私には思えます。
また、愛情を欲したり承認欲求が強いことは悪いことだとは私は思いません。躁鬱によって相手を振り回してしてしまい、無碍にしてしまった相手の好意や気持ちはたしかにあるのかもしれませんが、それに対して投稿者さんが内省し、自戒していることは症状の波に左右されながらも自分自身を省みることを決しておざなりにしない実直さのようなものを私は感じました。
コントロールできない気持ちの波や本当の自分がわからない状況で「恵まれているからこそ辛く感じてしまう」という投稿者さんの抱えている「死にたい気持ち」を私は否定も肯定もすることは出来ませんが、それでも今よりほんの少しでも症状の波に左右されることが減って投稿者さんの生きづらさが軽くなることを私は願っていますし、一緒に考えることも出来たらと思います。
投稿ありがとうございました。

一覧へ戻る