経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

甘えてるかもしれないけど、

生きるが辛いがいつの間にか主軸になっていた。理由は日々のストレスを解消出来ず、
溜まっていった事だと思う。自分では上手く解消していたはずなのに心には虚しさが生まれてしまった。私の家族は至って普通の家族だと思う。至って普通を求める家族。虐待もいじめも受けてないけどしんどくなってしまった。私は小さな頃から物事を上手くできるような子ではなかった。どちらかと言うと不器用な方だった。だから両親はそんな私を見計らってせめて周りと同じように出来るようにしようと少し私に厳しくなっていた。と思う。幼少期の頃の記憶はほとんどなくどんどん記憶が抜け落ちてきていたが少しずつ思い出せるようになっていた。時々母は私を怒る時ヒステリックになる事があった。その事で私の中には見捨てられ不安が少し芽生えたような気がした。見捨てられないように必死で謝った。尻を叩かれる事もあった。辛かったけど自分が悪いと言い聞かせ耐えた。私は怒られる事を過度に怖がる事になった。いつも大体は怒られないように人の逆鱗に触れないようにずっと様子を伺ってた。他人が怒られるのも怖くて見るのも辛かった。小学生になってからは両親に怒られる事も減った。恐らく私は成績も良かったからだと思う。そして両親にも余裕があったからでもあると感じた。この頃は平和だった。そして妹も生まれた。しかし、コロナ禍に入り、大喧嘩を父と母がした。お互いがお互いを攻め合い、母は泣き出すという地獄のような光景だった。
それから両親は私に悪口を零すようになった。それも父は母の母は父の悪口を。正直聞くのも辛かった。たまに「𓏸𓏸もそう思うよね?」とも言われたわざわざ聞かないでくれでもそこでも私は逆鱗に触れないように共感した。その頃は学校でも無視されたりしてメンタルはボロボロだった生きていく事がひたすら地獄ででも助けても言えなくて苦い思いをした。学校でのストレスも限界を感じて1日休む事にした。母から承諾されて本当に良かったと思う。そこから1年も経たず起こった。母と妹が出かけ家に私と父しかいない時、当然メンタルはボロボロだった。父は父の部屋から出てきて1階に降りてった。その後は妹のおもちゃを蹴り始めた。ガシャンガシャンと聞こえた。元々父はイライラしてる時に妹のおもちゃを蹴る時があった。今回はそれだけではなくガシャンガシャンと大きくなって言った。その後父は「全員死ね」と何かを憎んだ口調で言い、部屋に戻って行った。怖くて身体が震えた。怖かった。その後に父にあっても例えにこにこしてたとしても怒ってるんじゃないかと思ってしまうようになった。似たような事は起こった。私が反論をしただけで「何様だよ」と逆ギレされた。もうよく分かんなくて頭がぐちゃぐちゃになった。
その後から希死念慮は酷くなった。友達にもこんな事がいえなくて辛くてどうしようなくてどうにか落ち着かせようと自分の頭を自分で殴った。辛かった。誰にもちゃんとした本音を言えず居場所がないと感じてしまったから。そこから私はゲームやネットに依存する事になった。人にも依存して人間関係もぐちゃぐちゃになった。生きてる心地がしなくて頭がふわふわした。只只無気力で何も出来なくなってった。苦しかった。動悸がした事もあった。過呼吸もあった。苦しかった。もう学校に行く事もしんどくなった。もう生きる気力が無くなっていた。当然両親は行かせようとした。その時父はこういった。「普通に学校行って普通にいい成績を取ってくれればそれでいい。」あぁ私はありのままじゃ認めて貰えないんだ。両親には信頼を無くしていたが更に信用しなくなった。確かに周りから見れば只只自堕落に過ごしてた人間に見えるだろう。でも私は俺はそういう事を言いたんじゃない。只只認めて欲しかった。その後メンタルクリニックに行き「鬱病」と診断された。今まで考えてた事は普通じゃないんだ。おかしいんだと私は安心してしまった。生きる事が辛い。でもそれは甘えに聞こえるかもしれない。もう色々疲れた。その後も父には色々言われるし、絶対自分が正しいと思ってるんだろうなと感じた。思えば父は頑なに謝らない人だった。謝罪より先に文句がでてくる。そんな両親に疲れた。学校も疲れた。
友人関係も疲れた。逃げたい。苦しい。でも生きていくしかないんだという絶望感。

感想1

投稿ありがとうございます。読んでいてもあなたが甘えているとは全く感じませんでしたし、そもそも、甘える…というか、自分ではどうしたらいいかわからないことをだれかに頼るのは当然の権利だとも感じました。ただ、あなたの生活上、それがなかなか許されない状況なのだと想像しました。

両親の不和があり、お互いのストレスの吐口にあなたがなってしまい、両方から悪口を聞かされてきたのだと思います。「逆鱗に触れないように共感した」と書いてあり、いつ「地獄のような光景」が始まるかわからない中、あなたは両親に合わせて自分の気持ちを押し殺さなければならなかったのだと思いました。
また学校もつらい状況ということで、家庭でも学校でも逃げ場がないような感覚があったのではないかと想像しています。家に他の人がいない時の父親さんの暴力と暴言のエピソードはとても恐ろしいもので、「怖くて身体が震えた。怖かった。その後に父にあっても例えにこにこしてたとしても怒ってるんじゃないかと思ってしまうようになった。」というのはもっともだと感じました。その怖い経験は、その瞬間だけのことではなくて、その後にも大きな影響を与えることだと思いましたし、また恐ろしく感じる経験そのものもその後にも何度もあったのだと思います。

希死念慮があっても「友達にもこんな事がいえなくて」ということで、誰にも相談したり、助けを求めたりすることができない状況があるのだと思います。
最初の方に「普通を求める家族」だと書いてありました。また、後半では「普通に学校行って普通にいい成績を取ってくれればそれでいい。」という言葉に対して「あぁ私はありのままじゃ認めて貰えないんだ。」という気持ちが書いてありました。
「普通」というものが人の「ありのまま」を否定するものだと私も感じますし、あなたの感覚はすごく真っ当なものだと思います。今の世の中で言われる「普通」のハードルは多くの人を排除してしまうもので、個人的には変な価値観だと思いますが、なぜかまかり通っているようだと思います。

「その後メンタルクリニックに行き「鬱病」と診断された。今まで考えてた事は普通じゃないんだ。おかしいんだと私は安心してしまった。」と書いてあり、診断がないと、あなたの思っていることや感じて苦しんでいること自体が「大したことではない」と誰かに判断されてしまい、自分でもそう思わなければいけないと感じるような状況があったのかな、だからこそ診断に安心したのかもしれない、と想像しました。「疲れた」という感覚も、これだけたくさん苦労をしてきたら、当然感じるであろう感覚だと思いましたし、あなたが疲れた時に十分すぎるくらい休める環境があれば…と考えてしまいました。
投稿してからすこし経ちましたが、今はどんな生活をしているでしょうか。
家も学校も疲れて生きること自体もしんどく感じるときに、逃げ場になるものがゲームやネットだったのかなと思います。それは依存することが問題というより、その前にある環境の問題だと強く感じます。逃げたい時に一時的にでも退避できるところが増えていくといいのかもしれません。死にトリもインターネットのうちの一つの場所です。苦しいこと全部を忘れられるような場所ではないとは思いますが、頭がぐちゃぐちゃの時や、どうしていいかわからない時、あるいはその他のどんな時でも、またきてもらえたらと思います。

感想2

経験談の投稿をありがとうございます。

まず最初に伝えたくなったのは、あなたの今の状況はあなたが「自堕落」でも「甘え」ているわけでも一切なく、あなたが過酷な状況で生き延びようとしているということだと私には見えたということです。「周りから見れば」「そんな風に」見えてしまうとあなたは書いていますが(大変残念ながら)今のこの社会では確かにそういう部分があるかもしれない…と思いつつも、私には全くそんな風に見えていない、むしろあなたの必死に生きようとする姿とそれゆえに疲弊しきっている姿が見えました。そうした中で、ここに投稿してくれたことに感謝と敬意を表したく思います。

あなたは冒頭に「私の家族は至って普通の家族だと思う」と書き、「虐待もいじめも受けてない」とも書いていますが、正直に申し上げて、あなたの家族はいわゆる「普通」(=子どもは安心して生きる権利を持っており、保護者はその権利に対する責任を負っていて、その責任を果たそうとすることをここでは「普通」としています)の家族とは言い難く、虐待もいじめも受けてきた(いる)と言えるように私には思えました(現実に直面させてしまってショックを受けるなどしたら申し訳ありません)。学校でされた無視はあなたの「メンタルをボロボロ」にした(と読めました)という点でいじめであろうと思いますし、あなたを叩いたり、面前で大喧嘩をしたり、悪口を聞かせたり、自由に意見を言えないようにしたりすることは虐待(あなたの権利を乱用する行為)だと言えるように思います。両親のそうした言動が仮にあなたのためを思って、つまり「普通を求める家族」であり、あなたを「せめて周りと同じように出来るようにしようと」する動機からであったとしても、それらはあなたを傷つける行為であり、不適切と言わざるを得ないと私は思います。そう考えると、あなたが「怒られることを過度に怖がる」ことも、「怒られないように様子を伺う」ことも当然のことであり、それらはあなたが少しでも身の安全を確保しようとするがゆえの反応と言えるように思いますが、どうでしょうか。父と二人きりの時のエピソードも、あなたが「体が震える」ほど怖いと感じたのは当然の感覚であり、それ以来、「例えにこにこしてたとしても怒ってるんじゃないか」と思うのもまた、あなたが身の安全を確保するための当然の思考(反応)と私は思います。そうした恐怖の感覚は自分ひとりの力では手に負えないものとなり、どう扱ったらいいのかわからなくなるということもあれば、子どもは親に育ててもらわないと生きていけない(と思わされる)立場であることから、親に対する負の感情を持ってはいけないと思わされるということもあるのかと私は考えています。そうだとすると、あなたの経験や気持ちは簡単に誰かに言えるものではないと言え、そのことがあなたを深く絶望させ、「希死念慮」を抱かせたり、「助けてと言え」ずに自分一人でなんとかしなければならないと考え、「落ち着かせるために頭を殴る」行為を選択したり、「ゲームやネット依存」という道を選択したりしてきたのかななどと想像しています。

そうした過酷な環境にいても、あなたはあなたの感覚を今もきちんと持っているような気が私にはしました。それはたとえば「鬱病」と診断されて「今まで考えてた事は普通じゃない」「おかしい」と理解し「安心」したということや、父の「普通に学校行って普通にいい成績を取ってくれればそれでいい」という言葉に対して「私はありのままじゃ認めて貰えないんだ」と思い、「只只認めて欲しかった」という気持ちを表明していることなどからそう言えるように私には思いました。これらはあなたの力なのかと私には思えています。その力ゆえにたくさん考え(頭も体も)動かし続けて「疲れ」きってしまったのかとも想像したので、児童相談所などに相談しあなたの安全を確保してもらって休むなど、そういった選択肢もひとつなのかな…と私は思いました。あなたにはあなたの人生や生きる権利があって、あなたは何も悪くないと思うとこの感想の最後に書かせてもらいます。あなたが休める環境とつながれることを願っています。

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