経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

生きるのってつらいね。

人間として生きていくのが嫌になってしまいました。

私はいわゆる「器用貧乏」なタイプだと自分で思っています。なんでも「覚えが早いね」「賢いね」と言われる程度にはできるのですが特に秀でた才能のようなものがなく、レベルが上がって難しくなってくると嫌になって辞めたくなります。
思えば小さいころから人見知りで飽き性でした。恥ずかしがり屋で注目されることが苦手、友達を作るのも苦手でした。小学2年生のころにいじめられた経験のせいか好きなものも遊びも周りに合わせてコロコロ変わり、目立たないように擬態して生きる毎日でした。それは大きくなってからも変わらず、大学ではとくに何を究めるでもなく、夢や好きなもののために勉強や研究に励む友人たちを横目に4年かけて大卒の資格を取ったようなものでした。

そんな感じで社会人になってしまったので、真面目なフリだけは上手な中身のない「真面目系くず」になりました。何かいい方法を思いついても周りに言わない(言えない)から勝手に変なことをする奴認定され、飽き性ゆえに集中力が散漫になりケアレスミスばかり。仕事も毎日同じことの繰り返しで時間を持て余していて、正直つまらないです。

上司や先輩に怒られるたび、なんで人って一人で生きられないんだろう、とつくづく思います。誰にもかかわらず、誰とも会わず、安心できる環境で一人きりでいたい。あわよくばしんどい時や疲れた時に好きなだけ休める生活がしたい。でも、仕事を辞めてニートになったらもう二度と社会のレールに戻れないとも思います。

自分に合った仕事、向いている仕事が分かりません。これから一生こんなもやもやを抱えて生きていかなければならないのでしょうか。

こんなことなら、たとえ寿命が短くてもひとりで生きて一人で死んでいくものに生まれたかった。「私にはこれがある」と思えるほどのモノが欲しかった。
人間としての生活を一秒でも早く終えてしまいたいです。

感想1

注目されることが苦手だと感じる気持ちなどから、あなたは日々周りに合わせて対処する必要があったのだろうと思いました。それはあなた自身が身につけた処世術ではないかと思います。ただ、継続を是とする社会的なメッセージの中で、「コロコロ変わる」ことや「飽き性」であることは悪いことだと感じているのかもしれないと想像しました。
私は個人的には必ずしも同じことを続ける必要はないと思いますし、世の中には同じことを繰り返す仕事ばかりでもないと思います。(私は仕事自体をかなり転々としてきて、今は日によって違うことをやっています)

「誰にもかかわらず、誰とも会わず、安心できる環境で一人きりでいたい。あわよくばしんどい時や疲れた時に好きなだけ休める生活がしたい。」という文章にはかなり共感する気持ちがあります。私の場合まったく誰とも会わないとそれはそれで疲れてしまうタイプなのですが、「社会的な自分」として誰かの前で気を張って過ごさなければいけない時間はとても苦手です。また「安心できる環境」にいたいという気持ちや「しんどい時や疲れた時に好きなだけ休める生活」を望む気持ちは、人としてとても当然のことだと思いますし、それは誰でも叶う環境でなければ本来おかしいとも思います。

自分に合った仕事はどうやって巡り会えばいいのでしょうね…。同じ業務内容と表現されることでも実際には職場によっていろいろ違うし、一緒に働く人によっても日々は大きく左右されます。私は前述のとおりかなり転々としてきた結果、以前よりはマッチ度の低い仕事を引き当てづらくなってきたと思います。それは、いろいろと失敗しながら自分の条件がわかってきたこと、前よりは探し方がわかってきたことがあると思っています。もやもやする気持ちがまったくなくなったわけではありませんが、比較すれば少なくなったようにも思います。
あなたが書いていた「社会のレール」というのは、たとえば毎日同じように定年まで働く、というようなことかなと想像しました。私の感覚では、実はそのレールの上からは見えないさまざまな道があると思います。働くこともすべてではないです。個人的には、「人間としての生活」と「社会のレール」に乗っていることは全然イコールではないと思っています。むしろ「人間としての生活」を「社会のレール」が阻んでいることもあるのかもしれない、と読んでいて感じました。

感想2

色々なことを卒なくこなせてしまうことで、自分が自分で感じている性格や能力と周囲が投稿者さんに感じているもの(期待であるとか評価など)との差によって苦しくなってしまうことが多いのかなと想像しながら読みました。
「人間として生きていくのが嫌になってしまいました。」という言葉が印象的で、この社会から感じるメッセージや風潮に合わせて生きていくことに疲れてしまい、この先も合わせながら生きていかなければならないことへの絶望感などが込められているようにも感じています。
飽き性であったり継続ができないことが、社会から受けるもの含めあまり良いイメージを持つことができないかもしれませんが、新しいことへの経験に対する価値が高かったり、変化に対する抵抗が少なく視野を広げやすいという側面もあるのではないかなと私は思いました。
なかなか自分に合っていたり向いている仕事を見つけるのは難しいことだなと感じますが、一つのところで必ずしも働き続けなければならないわけではないですし、次を考えてみてもいいのではないかなと思いつつ、仕事を辞めたらもう戻れないかもともあったので、それだけ今ギリギリの状態(一度崩れると気力を保たせることができないのかなと想像しています)で日々過ごしているのかなとも感じます。そう簡単なことじゃないのは承知ですが、仕事と仕事以外の時間とで切り替えて、一人心休まる時間を何とか確保できるといいのにな・・・と勝手ながら思ってしまいました。
また、投稿者さんの考える「社会のレール」というものがどういうものか聞いてみたい気持ちになりましたし、ひとりで生きて一人で死んでいくということについて、私も「安心できる環境で一人きりでいたい」と思う一人としてもう少し深めてみたいなと感じました。経験談の投稿ありがとうございました。

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