経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

不器用な私がペンを持つ

私の20数年の歴史を振り返って思うことは私は不器用な人間だということだ。上手く喋ろうとしても上手く言葉がまとまらず、新しい場所が苦手で上手く呼吸が出来い。小学校という集団社会に入った時にそれを実感した。私は片親で小学校に入学する頃にこの地に引っ越してきた。ちょっかいを出されるとひんひん言うような気弱な子である。小学校2年せああ、言われたことをこなすことが出来ずに話し下手で孤立した。小学校3年生、人の話が勝手に耳に入ってきてしまって、嫌がられて暴言を吐かれて、好きでもない男とキスまでされた。あまりにもしんどくて心の相談ダイヤルに半狂乱で電話をかけてのが小学校4年生だったことを今でもはっきりと覚えている。修学旅行は仕方がないからという理由で合わさった班だった。その後、その班の男の子に暴言を吐かれる日々となった。多分先輩含めると両手の指の本数以上の人間に嘲笑されてり、暴言を吐かれたりしてきたと思う。いじめなのかは分からないが、行きしぶりをしたりトイレや図書館などに逃げることが常だった。私は容姿が綺麗な方でもないから好きになったとしても嫌がられるし、中学校ではネタ要員としていじられることが多かった。でも、それが悪意あっての行動なのか私には分からなかった。私は運動部に所属していたが部活動も先輩との関係性は悪かった。物覚えが悪く何度も説明してもらっても出来ないことで目をつけられていた。しっかりやりたいと思っていた先輩だったから気持ちはわかった。けど、私は劣等生だった。努力はした。一生懸命反復して頑張ったけど無理だった。優秀な後輩にレギュラーを取って代わられて、中学校3年間で結局試合に出たのは20試合ほどである。でも、コートの外でできることをした記憶があるし、それなりにしたって貰えた気がする。高校は人間がよくわかんなくなった。中学の友達とは別々になり話題が合わなくてだんだん顔を合わせなくなった。あの頃はSNSに入り浸って深夜まで起きていることが日常であり、SNSで好きな趣味の話をするのが私の楽しみだった。私をこの世に留めてくれたのはサブカルチャーだった。好きなアニメのことを考えたら耐えれられたし、同じジャンルの好きな人と話すのが楽しかった。中学生頃からネットで小説を書いてあげている。今もこうした表現活動はしており、面白い楽しいを発信している。高校時代は友人にも恵まれたがひょんな事から同性と関係性を持ったりした。共依存に近かったと思う。でもあの時が1番生きてる実感があった。あの時は予定変更が苦手で約束じゃないことが起きたらパニックを起こして気がついたら全く違う場所にいたこともあった。その時の記憶はぼんやりとしか残っていない。苦しかったのは確かだが。大学生になり、環境の変化で毎日気持ち悪くなってそれが半年近く続いた。幸いなことに友人には恵まれてそれなりに大学が楽しいと思うようにはなったが、朝の公共交通機関が遅れると怖くてすごく早く家を出ていた。これは後に免許を取りに行く時も同様であり、その時は通うのさえしんどいのをペットボトルのお茶を飲みながら耐えた。運転は今でも嫌である。アルバイトは出来ずじまい。新しい環境が苦手な上に接客が死ぬほど向いていないからだ。田舎ではバイト先が飲食系しかなくオマケに平日はよるまで帰れないのでなかなか受け入れ先がなかった。結局、平日は大学と家を行き来して、休日は平日の疲れでネガティブになることを繰り返していたし、長期休みは死にたくなったり行きたくなかったりをぼんやりと考えて家に引こもる日々を送っていた。私はこんななので実習先にもたくさん迷惑をかけた。苦しくても頑張ったのでなんとか卒業はできそうだがひとつ免許は諦めた。今もぼんやりと生きている。生きるのにはお金がいるが自分にそんな価値があるとは思えないのでお金が減っている話を聞く度に自己嫌悪に陥る。生きたくないが痛いのは嫌だ。くるしい。助けてよという思いを持ちながら今を生きている。毎日寝るのに苦しみ、なんとかなんとか生きている。心の支えは某YouTubeチャンネル。そこのキャラクターに元気をもらって走っている。私もこんな風に生きてみたいと思いながら自分を震え立たせてきた。彼らにはとても感謝している。正直、生きていきたいかと言われたら答えはNOであるが、借金を返すためにとりあえず生きねばならないとは思っている。命は軽くないんだ。けれど私自身の命は軽い。遺書を更新しなくちゃ。今度生きなくなくなったらどうしようかなと思いながら私は今日も私として生きている。自分の生きるその日まで。

感想1

「不器用」という言葉について考えながら読みました。読んでいて感じたのは、私もあなたのエピソードと同じではないけれど、やはりどこか「不器用」なのだろうということです。そう思う要素は、一つは集団に放り込まれた時に馴染めないことが多いこと、他の人が努力で解決していることを自分にはどう努力しても解決できないように思われること、などです。それは今では私の中であまり問題ではないのですが、とくに学生時代は強くそれを感じて自己嫌悪していました。(私の場合はその後ADHDと診断されたり、色々な人と関わったりする中で、自分が悪いというより、単にこの社会でマイノリティなんだな、と捉えるようになりました)

新しい場所や予定変更などが苦手ということで、変化が多い場所や相手、集団などでは苦労してきたのだろうと思いました。また暴言やいじりなどを受けてきて、ずっと嫌な、しんどい思いをしてきたのだろうと思います。「それが悪意あっての行動なのか私には分からなかった」と書いてあり、きっとあなたはなぜそう言われるのか、なにを思って相手はそれを言ってくるのか、たくさん考えたのだろうと思いました。

一方で、あなたには好きなことがあって、好きなことを共有できる相手とは楽しく話せるし、その他にも自分と合う人と関わることができるのだと思います。私もアニメや漫画やサブカルチャーが大好きで、中学生の頃からネットで小説を書いているので、共感しながら読みました。私にとってはそれが逃げ場でもあり、自分らしくいられるところでもありました。もしかするとあなたにとっても少し似たものだったのではないか…と想像しました。(違っていたらすみません)

小学4年生のときの出来事で「あまりにもしんどくて心の相談ダイヤルに半狂乱で電話をかけた」と書いてありました。あなたにはその時誰かに頼ろうとする力があったということだと思います。また、今はだれか周りに頼れる人がいたり、あるいは電話やSNSなどで相談機関に連絡したり…ということはあるのか気になりました。
考えるに、この世の中には、おそらくあなたが書いているような意味で「不器用」な人がかなりたくさんいます。でも、その人たちが優先されないこと、そのせいで困ったり苦しんだりすることがとても多いとも思います。それは、正しいとか優秀だとかいう話ではなく、単に様々な違いがあるということだと私は感じます。(そもそもその基準は優先されているものの中で作られた基準だと思います。)
だからこそ頼ったり、相談したりできる相手が必要なのではないかと思います。
今は電話以外にもLINEやメールなどを使った相談方法もあります。「上手く喋ろうとしても上手く言葉がまとまらず」と書いてあったので、今回送ってくださった経験談のように文章もいいのではないかと思いました。また、死にトリでも文章で書き込めるコンテンツはありますので、よかったらまた来て書き込んでもらえたらうれしいです。

感想2

経験談の投稿をありがとうございます。

あなたの20数年の歴史を興味深く読ませていただきました。
ここに書き記されているあなたの経験はどれも、そして、どの時期も、あなたが困難や困惑の中を「一生懸命」生きてきた証のように私には見えました。それをあなたは「不器用な私」と表現し「ペンを持」ってここに書きに来てくれたのだなと想像しながら読み、今感想を書いています。

あなたのこれまでの歴史の中で、小・中学生の頃は他者による暴力(キスをされるなど)や暴言があなたを深く傷つけただろうと想像しました。日本の学校というのは周囲と同じでないといけないといった窮屈な価値観が根付いてしまっている不思議な「集団社会」だと私は考えています。あなたが「(学校に)入った時に実感した」というのは、そうした価値観ゆえに“実感させられた”というのがおそらく正確なところなのかなと想像しましたが、いかがでしょうか。そうした空間にいるだけでも息が苦しくなるのに、度重なるいじめ(に私には見えます)に遭えば「逃げることが常」になるのは当然であり、それはあなたがあなたを守ろうとしたということなのだろうと私は思います。助けてくれる先生など、大人の存在がここに書かれていないのは現実にあなたが助けられなかったということか…と私は受け取ったので(違ったらすみません)そのことを大変歯がゆくも思っています。ちなみに、「いじめなのか」「悪意あっての行動なのか」「分からない」とあなたは書いていますが、あなたが「嫌だ」と思う(思った)のであれば、「嫌なこと」をされたということに変わりはないので、あなたの「嫌だ」という気持ちや傷のケアが大切にされてほしいなと私としては思いました。

高校・大学生の頃は、人間関係や環境の変化などであなたが苦しんできた様子が伝わってきました。ただ、「友人には恵まれた」と書かれていて、それはあなたの力でもあるのかなと想像しています。というのも、あなたは「半狂乱」とはいえ小学4年生の頃には相談ダイヤルに電話をするといった助けを求める動き(よく援助希求能力などと言うかと思います)を取っていて、中学生の頃には「それなりにしたって貰えた」とあるように、苦しい人間関係の中で生きていく術をあなたなりに見出し、何より「表現活動」をして生き延びてきたことが書かれているためです。これらはそんなに簡単なことではないと私は思います。あなたが(共依存関係の話などもありつつも)「友人に恵まれた」のはそうした力があってのことで、さらに言えば「この世に留めてくれたのはサブカルチャーだった」というのもまた、そこにつながる(見出す)力があなたにはあるということなのではないかと私は考えていました。今も「キャラクターに元気をもらって」生きているとのことで、あなたがどんなところを見て「震え立たせてきた」のか(「こんな風に生きてみたい」の「こんな風」はどんな風だろうか)と聞いてみたく思いつつ、それがどんな風であっても、「震え立」てなくても、あなたが「とりあえず」「私として」生きていけるような環境・社会であってほしいと私は思いました。
最後に私の話を少しさせていただくと、私も「生きていきたいかと言われたら答えはNO」なのですが、とあるキャラクター(というか漫画家)に元気をもらいながら今生きています。その人は(たとえば)とにかく朝が起きられない人なので、私も堂々と朝が起きられない(起きない)生活をしています。それを「ダメだな」などと言う人もいるのですが、誰が「ダメ」だと決めるのかというと「集団社会」なんだろうと思っているので、私は私(とちょびっとその漫画家)の物差しや気持ちを大事に、なんとか生きていこうと思っていました。あなたがこれからの歴史について「ペンを持」つことがあれば、ぜひ読みたいのでよかったらまた書きに来てください。

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