経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

笑って生きてたいだけ

小学校4年生の時、いじめにあいました。
それ以来、私にとって学校は怖い場所になりました。
それでもその気持ちを見て見ぬふりをして、どうにかやり過ごしていたのですが…限界が来たのだと思います。

中3の夏から起立性調節障害で月一で通っている小児科から、高一の冬頃、大きな病院の精神科を勧められました。
その頃、父親の厳しい態度に疲弊していた私はボロボロで、息苦しさや心臓の痛みなど、原因不明の症状が体に出ていたためです。
その頃は不安神経症の可能性があると診断されました。

今は、高校2年生。
小児科の月一の通院と、精神科での投薬治療と2週間に一度のカウンセリングを続けています。
時々、学校のカウンセリングにも行っていました。

高校2年生が始まってからは週に一度は休んでしまったとしても、残りは頑張って行けていました。

父親とは和解し、むしろたくさん心配してくれているくらいで、ありがたいです。
小さな頃から支えてくれた母からの理解も、学校の先生の理解も、学校のカウンセラーさんや精神科の先生の相談も、友達からの心配も…
私はこんなに周りに恵まれているのに、生きたいのに、死にたいと思ってしまうのです。自分が思っているのとは反対に意思が動いてしまう。
自分の意思とは反対に自分を傷つけるような行動をとることもありました。
それでも、周りの人達と「約束」しました。
「絶対に死んではいけない。」
その「絶対」の約束が私の命を繋ぎ止めてくれているのです。

しかし、夏休み明けからは学校に行けていないのです。
夏休みから課題も出来てないんです。今までは完璧で、成績もいいほうだったのに、課題は何一つ終わらず、部活にも行けない夏休みとなりました。
成績も、どんどん下がっていきます。

学校に行こうとすると、声が出なくなるんです。
手が震えて、吐き気や動悸がするんです。
先生方の話を聞くのが、授業を受けるのが大好きなのに、行けないんです。
電車や、通学路で、みんなに見られて悪口を言われている気がするんです。
絶対にそんなことないのに。

転校も視野に入れています。色々調べて、色んな人に相談に乗ってもらっているんです。
それでも何がしたいのかと言われれば、「死にたい」。
支えてくれている人達に申し訳がないです。

好きな歌から引用しますが、
『どれだけ明日を蔑ろにすれば前を向けますか』
『死にたい訳じゃなくて笑って生きてたいだけ』
本当にその通りなんです。

私は、生きるために、転校すべきなのでしょうか、
それとも、今の学校で乗り越えていくべきなのでしょうか…
今は、生きるのに精一杯です。誰かに助けて欲しいんです。でも、具体的に何をして欲しいのと聞かれると…なにも、ないんです。

薬で眠い毎日、終わらない課題、行けない学校、
励ましてくれる両親…。全てが上手くいかない私。

小学校4年生の時のいじめを機に、当時助けてくれた担任の先生に憧れて、地元の教育大学を目指しています。…いや、いました。今の自分のことで精一杯な私にとって、将来のことなんて考えられないのです。
私のような子供たちに寄り添いたい、そんな思いと裏腹に悪くなる体調と不安定な心。
もう、全てに疲れてしまいました。

中学校の災害の授業で来た、特別講師の人の言葉が頭に残っています。
「あなたが生きている今日は、誰かが生きたかった明日なんです」
初めて聞いた時は、希望を感じました。自分が教師になった時、災害を知らない子に、心が辛くて苦しんでいる子に、伝えてあげたいと思いました。
しかし今では、災害で亡くなった方にも申し訳ない気持ちでいっぱいです。

私はこれからどうなってしまうのでしょうか…。
死ぬとか生きるとか考えずに、笑って生きれる日がまた来るのでしょうか…。

感想1

 体調が決して良いとは言えず、過去の出来事(いじめ)によって学校に恐怖感があるのに、学校に行こうとしていらっしゃること(行っていたこと)に対して、とてもしんどかったのではないかな…と私は思いました。同時に、授業を受けるのが大好きなのに、行けないことは、本当に辛いだろうなと思いました。将来のことを考える余裕がないのも、疲れを感じているのも、むしろ自然な状態のように私は感じます。
 特別講師の人の言葉に対して、私は「確かにな」という気持ちと「今私が感じている苦しさと、そのことは関係あるのか?」という気持ちの2つが浮かびました。その言葉が重く心にのしかかり、「死にたい」と思う気持ちに罪悪感をもたらせているのであれば、私は心配でした。私は、「死にたい」と思う日があっても良いんじゃないかな、と思っています。どこかあなたの中で「周囲に恵まれているのだから、死にたいと思うのはおかしい。」「死にたいと思ってはいけない。」、そんな考えがあったりするのかもしれない…だからこそ、「死にたい」と思うときに、罪悪感のようなものがあるのかな?と、私は推測しました。(私の考えなので、違っていたらすみません。)現在通院中とのことで、その過程で「死にたい」と思わない日を作らない方が難しいように感じました。これは、「死にたい」と思うことは自然なんじゃないか、そこまで申し訳ないと思わないでほしい…そんな思いから伝えました。
 ただ、周囲の人に「死にたい」を伝えることは中々ハードルが高いかもしれません。そんな時は、またここ(死にトリ)に来てください。待っていますね。

感想2

苦しい胸中を書き綴ってくれた丁寧な気持ちが伝わってきました。そして、とても素直で周囲からのサポートやアドバイスも受け止める人柄なのだろうと感じています。ただ、そうした真面目さや素直さ、一生懸命さがひょっとしたらあなたを苦しめる要素にも少しなっているような気がして、気になったので、思ったことをお伝えします(真面目なことがよくないと言いたいわけではないですよ)。
私は「死にたい」という気持ちは全然悪いことではないし、むしろ「生きたい」と思うからこそ生じる自然な気持ちだと思っています。だから、「死にたい」という気持ちを特別によくないものだ、無くしてしまおうと思う必要はないのかなと思っています。でも、「死」という言葉が混ざっているからなのか、必要以上に周囲はよくないとか、そんなことは思わない方がいいと言われる傾向があります。
私はあなたが本当に感じている「死にたい」「つらい」「学校に行きたくない」というリアルな気持ちをそのまま受け止めて、頑張らなくてもいいと伝えたいです。でも、頑張らないことで苦しい気持ちがあるのなら、その苦しい気持ちと学校に行く苦しさを天秤にかけて、より苦しくない方を選択したらいいと思います。
あなたはすでに自分の心の声を受け止めていると感じたので、自分の心の声を大切にしてもらいたいと思いました。他の人たちはいろいろとアドバイスを伝えてくるかもしれませんし、本にもいろいろなことを書いているかもしれませんが、それは他の人が考えたことでヒントに過ぎないと思います。
一つだけあなたが教えてくれた他の人の意見でとても気になったことがあります。中学校に来た特別講師の言葉です。その人は「あなたが生きている今日は、誰かが生きたかった明日なんです」と思っているのかもしれませんが、それを子どもたちに押し付けるのはよくないと私は思いました。「私は、自分が生きている今日は、誰かが生きたかった明日だと思っています」と伝えるなら、子どもたちが自分でどう感じるかヒントになりますが、「あなたが生きてる今日」を勝手に決めてしまうのは何事だ?とちょっとモノ申したくなったので書きました(勝手に怒ってすみません。教えてくれたあなたに責任は何もないです)。
あなたの生きている今日はあなたのもので、どう感じるかも自由だし、死にたい今日でもいいと私は思いますし、それを受け止めたいです。
自分の気持ちやどうしたらよいかは簡単にわかることではないと思いますし、正解も迷いながら探し続けるしかないのかなと思いました。一人で迷い続けるのはしんどいと思うので、よかったらまた死にトリに来てください。待っています。

お返事1

こんにちは。お忙しい中、丁寧な返信ありがとうございます。
2つの感想、じっくり読ませていただきました。
そして、確かに、死にたいと思うことって自分の素直なSOSなのだから、悪いことではないよな、と心にストンっと落ちるように納得…というか、ほっとしました。スッキリしました。
それと同時に、死にたいとは生きることにしっかりと向き合っている証拠なのではと思いました。
小さい頃から真面目なのが当たり前で、
周りの人にもよく、良くも悪くも真面目すぎると言われてきました。笑
でも、周りの人の顔色をうかがって、真面目でいる、いい子でいることしか、どうすれば良いか分からないのです。
だからこそ、悪い事だと自分の気持ちに蓋をせずに、大切にしたいと思います。死にたい私でもいいのだと、自分に優しくしたいと思います。
それから、両親や担当医の先生と相談して、通信制の高校へ転校することに決め、それに向けて動き出しました。
学ぶことは好きだし、将来やりたいことがあるからです。
たくさんの人に寄り添える人になりたい、自分の好きなことをもっと深めてみたい。なので、カウンセラーや図書館司書を目指しているんです。
まだまだ、将来のことをはっきり考えるのは、精神的にも難しいですが、1歩ずつゆっくりでも前に進んでみようと思っています。
死にトリと出会えて良かったです。
またこれからもお世話になろうと思います。
本当に、ありがとうございました!

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