経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

2つの覚悟…

音楽により影響を受けて来た私の人生で幾つもの極面をスルーして来れました。
それでも極限状態の時には好きな音楽も全く耳に入らず自死をしました。
結果的に未遂となり、ひとつの大きな経験と向き合いながら日々を送っています。
現実逃避の役割も果たす音楽は今も聴いています

3、4年前に日本人グループの曲が耳に残りましたしりました。
その一節が今の自分の心に強く印象付きました。
その一節を紹介したいと思います。

“時はどうやらきた
これまでにも相当あがいた
逃げ出した恥部すら自分の一部
丸ごと受け止め 自分を生きる
するな環境や他人のせい
結局 自分が何残せる?
努力は必ず報われるのか
本気じゃないならすぐバレるのさ

不安に思う どこまでいける?
安心しろ もう ここまで来てる
本気になれなかった不幸せ
それを今分かるならぶちかませ
打ち鳴らせ その心の鐘
今のツラこそお前そのものだぜ
二度ない機会を 無にするな
決して後ろは 振り向くな

よお覚悟はいいか? 
来たその道を信じればいいさ
よお覚悟はいいか? 
お前らしくやり切ればいいさ
よお覚悟はいいか? 
持てる全てを出したらいいさ
よお覚悟はいいか? 
お前がいいなら それでいいさ”
(ケツメイシ「覚悟はいいか」から引用)

覚悟をする事はとてもエネルギーを消耗します。この詞には2つのメッセージ性を私は感じます。
辛く苦悩する日々で2つの自身の「覚悟」を試されている様に思え「覚悟」をするという事を改めて考えさせられました。

感想1

 経験談の投稿、ありがとうございました。あなたがどんな気持ちでこの曲を聴いたのか、想像をしたくて。そして興味が湧いたので、調べて私も聴いてみました。
 あなたが感じた2つの「覚悟」について、私は考えてみました。私の想像ですが、2つの覚悟とは「これまでを受けとめる覚悟」と「これからを生きる(受けとめる)覚悟」のことかな、と思いました。幾つもの局面をスルーして…というあなたの文章と、「逃げ出した恥部すら自分の一部」という歌詞が、私の中でリンクしました。
 また、この歌に私は自分の弱さ、甘さ、実は内に秘めていた強さなど全部ひっくるめて、(いい意味で)見抜かれているような印象を持ちました。なんだか、背中を押してもらえるような感じもしました。
 覚悟という言葉の意味を調べてみましたが、意味の一つに危険なこと、不利なこと、困難なことを予想して、それを受けとめる心構えをすることを指すようです。この経験談から、一度自死を選択しようとしたけれど、これから「覚悟」して生きていくことを改めて選択し直したあなたの決意表明のような感じも私はしました。
 もしよかったら、あなたがこの歌からどんなことを感じ取り、考えたのかお聞きしてみたいです。またお待ちしていますね。

感想2

投稿ありがとうございます。
あなたのそれとは少し違うかもしれませんが、私も音楽に影響を受けてきた部分のある人間だと思っているため、感想を書きたくなり、今感想を書かせていただいています。

あなたが書くように「極限状態の時には好きな音楽も全く耳に入ら」ないということもあるのですが、それでも様々な場面で私は音楽に支えられてきたような気がします。「今の自分の心に強く印象付きました」と書かれていますが、自分の「今」の「心」や「環境」に沿ってくれるような音楽というのはいつでもきっと、どこかにあるのかなと私は感じており、この社会に無数に音楽があるということは、それほど人は音楽を求め、支えられてきている(人は弱さを孕んだ生き物であるということかなとも思う)ということなのかなと思っています。同時に、それほど人の「心」や「環境」は多様であるということかと思いつつ、全然知らない人の音楽なのに共鳴することがあるということ、無数にある音楽の中でその音楽と出会い引っかかるということの妙を興味深く思っています。あなたは引用された音楽から「2つの覚悟」を試されていると感じたようですね。それはあなたの「心」や「環境」となんらかの共鳴をしたということなのかなと私は思いました。そのことについて、あなたの「2つの覚悟」について、もう少しお聞きしてみたい気がしています。よかったらまた書きに来てください。

お返事1

■『感想1』について·■
この度は私の体験談に感想を書いて頂きありがとうございます。
率直に言いますと…同感です。
この「覚悟はいいか」という曲の詞はノートに実際に書き「耳」と「書」と「目」とで捉える事で更にメッセージ性が増して伝わった楽曲のひとつです。

私の思う「2つの覚悟」とは過去に何度も経験をして後々にシワ寄せがやって来る事を分かった上での「覚悟」をした逃げた選択と…
そしてもう1つは、過去に繰り返し経験をした事で
冷静に且つ理性を持った選択をする「覚悟」です。
もう1つの究極の意味合いとして「生と死」です。
私もこの曲を耳にしてスタッフさんと同様に色々な意味で見抜かれている気がしました。

この楽曲を制作し自ら歌っているメンバー達の古い曲らを聴いていると、やはり「人の弱さ」といった
人それぞれではあるけど誰しもが身に覚えがあって
それでもまた繰り返してしまう…
けれどそんな「人の弱さ」を否定せず、あれこれを
どうするかを決断し良い悪いの経過も結果も結局は己が決めた事なのだからちゃんと受け止める事と、
そしてまた来る明日からを自分らしく生きよう…と

私はそんな風に良い意味でこれまでの自分は許して
少なからず前向きな気持ちで、「覚悟」をするべき時が訪れたらその状況下でのベストな選択して行ければと今も尚この曲を聴いています。

■『感想2』について■
この度は私の体験談に感想を書いて頂きありがとうございます。
おそらくですがスタッフさんは長く音楽と共に日々を送ってこられ、独自の拘りある音楽への感受性をお持ちなのではないのでしょうか。
(違っていたらすみません)

私も幼少期から本当に様々な音楽に影響を受けて来て今もそしてこれからも、まだ出会わぬ新たな音楽を求めて聴き続けると思います。
今回の私の体験談を読んで下さる方々へどんな風に気持ちを伝えればよいか…
そんな中で「2つの覚悟」という自身の心境と人が決意をする意思の「覚悟」を題材にした曲とが重なりました。
そして過去にしてきた覚悟、現在や将来の自分がする適切な覚悟といった正に「今」「心」「環境」といった様々な要因が重なり合う状況下でもしなければならない「覚悟」があると感じました。
過去に誤った決断や覚悟をした事が適切では無かったと思う事は幾つか頭に浮かびます。
それらを経験値と捉えるか過ぎた失敗と捉えるかで
また選択や覚悟をする上で重要となると思います。

この曲の中で「するな環境や他人のせい」とあります。この表現はある種極端な表現でもあると思いますが「結局自分が何を残せる」とも詩っています。

できれば環境や周りの影響を受けずに物事の選択をする事は理想的ですが、恐らくそれは不可能に近いと思います。
私の経験談で書きました通りかつて自死という選択をしました。それは究極の2択なわけですが今思い返すとその時に自死をする事に対し覚悟をもってした事なのかを思うと理性を保った適切な判断では無いといえる事は間違いはないです。
ただ、生か死かを自身で選び実行してしまう時には
「覚悟」と、それ以外に意識的には出す事が無理で最も強烈なエネルギーが自分をそうさせた気がします。
そして究極の「2つの覚悟」のうちの誤った覚悟をした場合、それは結果的に誰にも何にも良い事など何ひとつも生まないという事だけは確信しました。

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