経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

いじめは呪い

私は小学2年生〜5年生まで、クラスの男子 Mにいじめられていました。でも、とてつもなく酷いいじめ、という訳では無かったので、「それが原因で自殺してしまう子が受けたようないじめよりは軽いんだから、いちいち気にしちゃいけない!我慢しよう」と自分に言い聞かせ、長い間耐えてきました。いじめの内容は、印象に残っているものだと、友達に私の悪口(詳しくは思い出せませんが、(私)ちゃんって○○らしいよ!笑みたいな感じ、全て嘘です)を言っていたり、私と私の友達の前に来て急に「好きな女子ランキング」を発表しだし、1位と最下位は最後に発表!と言い、最後に残ったのはクラスで1番かわいくて優しいSちゃんと私でした。言わずもがなです。そのあとどうなったのかはもう覚えていません。
ある日、学校で人気のない廊下を歩いている時、5〜10m?ほど後ろにMがいて、明らかに私についてきている感じでした。落し物をしたふりをして戻ってもついてくるし、顔が、目が、とても怖くて、怖くて、怖くてたまらなくなって、急いで女子トイレに逃げました。すると、Mは、声量は覚えていませんが私に向かって「嘘つき!!!」と言いました。私はMに嘘をついた覚えがないので、恐らく「トイレに用がないのに自分から逃げるためにトイレに行った」ことに対して嘘つき、と言ったのかなと思っています。流石に恐ろしくなって、すぐに先生にこのことを相談したら、「気のせいでしょ!笑」と言われました。もうダメだ、と思いました。ずーーっと我慢するしかないんだ。私の親は、Mの親と仲が良かったので、Mにいじめられていると言ったら私の親とMの親の仲が悪くなるかもしれない、私のせいで友達と喧嘩になったり仲が悪くなったりしたら、親は少しでも私のことを嫌だな、と思うかもしれない、と思い、親にも相談できませんでした。友達にも、この子はいじめられてる、可哀想な子、という扱いをされるかもしれないのが嫌で、言えませんでした。
授業中でした。班になって授業を聞いていました。その時の班は、私とKくんとMでした。Mは、ついに私の目の前で私の悪口を言いました。遠回しに、ではなくかなり直球に。私は、「そうだ、怒ろう!」と思いました。とにかく怒ろう!授業中だけど、大きい声で怒ろう!声を出しました。「あのさ」Mがこちらを見ました。怖くなりました。怒れませんでした。代わりに、今までに出したことないくらい大きな声で泣きました。先生やクラスの皆は驚いて、すぐ駆け寄ってきて、大丈夫?どうしたの?って、心配してくれました。同じ班なだけで何もしてないKくんも、「俺、何かしちゃった?ごめんね」と言って謝りました。でも、Mは、「俺は何もしてないよ」と言いました。そのあと、相談室みたいなところへ行って、たくさん話しました。私はずっと泣いていました。そこからはあまり覚えていませんが、帰りの会で先生が「友達への嫌がらせは絶対にしてはいけません」みたいなことを話していたのは覚えています。この日から、いじめは無くなりました。

その日からしばらく経った頃です。先生に呼び出されました。先生は言いました。「Mさんが、「(私)さんに避けられていて悲しい」って相談に来たよ。」意味がわかりませんでした。自分から避けられるようなことをしておいて、なんでそんなことが言えるんだろう。私のことが嫌いなら避けられて嬉しいはずだし、仲良くなりたかったならあんなにたくさん悪口を言って回ったり嫌がらせをする必要があったの?「仲良くしよう」って、そう一言言えば良かったんじゃないの?
あなたのことを許してあげない、私が悪いの?毎日毎日毎日毎日地獄から抜け出すことだけ考えて、復讐することだけ考えて、この世から消えることだけ考えた3年間分の気持ちが、あなたには理解できるの?「自分がいじめた相手に避けられてて辛いです!」なんて、言ってておかしいと思わないの?

今も、この3年間のことを思い出すと泣いてしまいます。この文章を書いている今も、涙が止まりません。無理に思い出して書かなくてもいいかもしれませんが、何回も思い出していれば、そのうち気にならなくなるかも、と思い、ネットの友達にこのことを話してみたり、相談サイトに書き込んだりしています。でも、辛くなって、悲しくなって、死にたくなります。いじめは、呪いです。ずっと、ずっとずっと頭の中にいて、きっと一生この呪いと生きていくんだろうな、と思うと、早く消えたいです。
気持ちがグチャグチャなまま書いたので長いしあまりまとまってないし、読みづらくてごめんなさい。

感想1

「いじめは呪い」というタイトルに興味を惹かれ読ませてもらいました。投稿者さんが経験した3年間はここでは表現しきれないくらい投稿者さんにとっては耐え難いものだったと感じますし、誰にも相談することができない中で耐え抜く毎日は孤独感も強くあったことと想像します。そしてこの経験が今も影響していて、思い出すたびに当時のことは鮮明によみがえるでしょうし苦しさからは抜けせず、それこそ「呪い」として投稿者さんに刻まれているのだと思います。
Mさんからされてきたこと、「投稿者さんに避けられて悲しい」と言ってきたこと、しかもMさんは先生に相談し、それを先生も投稿者さんのときは「気のせいでしょ!笑」という対応だったのにMさんの時は真剣に受け止めたであろうこと全てを考えると、私も許すことはできないと思います。そして許すも許さないもそこは投稿者さんが決めていいことだと思いますよ。
3年間受けてきた出来事も当時感じていた感情も消えることはなくてもその事実を一人で抱え込み我慢をする必要はないですし、「無理に思い出して書かなくてもいいかもしれませんが」とありましたが、この経験談や相談サイト等に言葉で表現するということは投稿者さんなりの「呪い」との向き合い方であって、時間はどうしてもかかってしまうかもしれませんが今抱えている感情を上手くコントロールできるようになる力が投稿者さんにはあるのではないかなと私は感じました。
気持ちがグチャグチャでまとまっていなくても、まずはこうして吐き出すこと自体が大切なのだと思います。私はここに書かれているありのまま素直な投稿者さんの思いをそのまま受け止めたいと思いました。もし、また気持ちを吐き出したり整理したくなった時はいつでも死にトリを活用してほしいです。お待ちしていますね。経験談の投稿ありがとうございました。

感想2

経験談の投稿、ありがとうございます。
つらい経験を思い出したり、言葉にするのはつらい作業ですが、大切な作業だと私は思っています。
3年間誰にも言えずに耐えて、その後にも「避けられていて悲しいと言ってた」という意味のわからないことを聞かされて、3年間+その出来事分我慢してきたわけです。私は、人間が健康に生きるためには、つらかったことやもやもやしたことを吐き出す必要があると思っています。3年分我慢したのなら、3年分気持ちを吐き出して、3年分受け止めてもらって、安心しながら泣いて、怒る権利があると私は思います。
そこまでケアしてもらうことは現実問題難しい部分がありますし、3年分吐き出したら全て解消!とはならない部分もあると思いますが(あなたが言うように「一生の呪い」かもしれません)、少なくとも、その権利があなたにあって、本来はその権利が守られるべきだと私は全世界に向かって言いたいです。

経験談に書かれているいじめのエピソード全てに、もしその場所に自分がいたら、「あのさ」とMさんを睨んで、自分が何をしているのか、どう間違ったことをしているのか、大人として伝えなくてはと思いました。(ただ、私は考えをまとめたり行動するのに時間がかかるタイプなので、その場にいたらそれを完璧にできるかと言われると自信はありません…)
自分を傷つけてきた人を、許す必要はないし、許す義理もないと私は思います。もし許すことで自分が楽になるなら、許すのも一つの手だと思いますが、あくまでそれは「それであなたが楽になるなら」です。
許せないことは何も悪いことではないし、自然なことだし、ましてや「許してあげて」と周りが強制することでもありません。謝ったら許してもらえる、許してあげるべき、みたいな風潮は私はキライです。もし私がMさんに「避けられていて悲しい」なんて相談されたら、そこは「何都合のいいこと言ってるの」と言える自信はあります。

とまあ、ここで私がいくら怒ってみても、その地獄の3年間があったこと、そこであなたが孤独に我慢するしかなかったことは、変わらないのですけどね…。そう思うと、早いうちに周りが気づいて対応することの大切さを感じます。
私にも、あなたよりはずいぶん軽いものにはなりますが、ずっと頭のどこかに残っていて、一生付きまとうだろう呪いはあります。そして今のところ向き合う力がなくて、気持ちと記憶に蓋をしています。でも、時間と人との優しい関わりが積み重なれば、呪いが消えることはなくても、呪いのサイズが少し小さくなったり、距離が遠くなったり、誤魔化すのが上手になることができるとは、経験的に伝えておきます。(それが救いかと言われると、救いにしてはあまりにささやかで、しかも運任せな部分もあるので、なんともいえませんが…一応参考までに)
よろしければまた、死にトリをいつでも利用してくださいね。

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