経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

私は小5の時に同級生をいじめた罪人です。

タイトルにあるとおり、私は小学5年生の時に同級生をいじめた罪人です。その時から現在までのことをお話ししようと思います。

私は小学5年生になってすぐ、Aちゃんという子から嫌がらせを受けるようになりました。Aちゃんは、小学3年生の時に仲良くなった子で、また、推測ですが、彼女は発達障害グレーゾーンだったと思います。5年生の最初、私はずっとAちゃんと2人で過ごしていて、なぜか私は、Aちゃんに、叩かれたりAちゃん以外の子と仲良くするのを制限されたりしました。母が、自身が通っている心療内科の先生に私とAちゃんのことを相談したら、Aちゃんとはもう仲良くしない方がいいと言われたそうです。私自身も、もうAちゃんとは仲良くしたくないと思っていたので、他の友達を作りたいと思っていました。
そんな時、体育の授業で鉄棒をやりました。私は鉄棒が得意でしたが、Mちゃんという子は苦手でした。私のところにMちゃんがやってきて、彼女はコツを教えてほしいと私に頼みました。私は了承し、休み時間にはMちゃんと一緒に鉄棒をするようになりました。
Aちゃんは、私以外に友達がいなかったので、私にいつも付きまとっていました。鉄棒をMちゃんとやっているときも同様で、結果的に私とMちゃんとAちゃんの3人で遊ぶようになりました。3人でいる時は、Aちゃんは私に嫌がらせしないので、さきほどもうAちゃんとは仲良くしたくないと思っていたと言いましたが、やっぱりAちゃんも一緒に遊ぶことができて嬉しいと思っていました。3人で遊ぶのは本当に楽しかったのです。
それからしばらくして、Kちゃんという子が私たちのグループに入りたがるようになりました。Mちゃんは、それを嫌がりました。しかし、KちゃんはMちゃんや私を執拗に追いかけ、一緒に遊ぼうと迫りました。そんなKちゃんを、Mちゃんは「うざい」と言いました。
Mちゃんは、自分にとってうざい子からいつも逃げていました。彼女はよく、私に、うざいと思っている子の悪口を言っていました。つまり、Mちゃんは、Kちゃんから逃げました。
私はMちゃんに同調しました。私もKちゃんを避けました。Aちゃんは私に付きまとっているので、彼女は私に同調し、Kちゃんを避けました。3人で、Kちゃんをことごとく仲間外れにしたのです。
実は、私とKちゃんは、子ども会で仲良くしていました。私はKちゃんのことをうざいとは思っていませんでした。でも、もし私がそれをMちゃんに言えば、私までMちゃんから嫌われてしまうと思いました。そうすれば、私はMちゃんと一緒にはいられなくなります。きっとAちゃんとふたりきりになる、つまり、また苦しい思いをすることになります。いや、もしかしたらそれだけでは済まないかもしれません、Mちゃんが態度を急に変え、私をいじめてくるかもしれません。つまり、私は、自分の利益のことしか考えずに、自分の態度を決めていたのです。私はKちゃんを犠牲にすることで、自分の居場所を守ろうとしたのです。
ある冬の日の朝、教室に到着すると、黒板に大きく「1,2時間目は自習」と書いてありました。なぜだろうと思っていたら、担任のN先生が私のところにやってきて、ちょっと一緒に来てください、と言いました。私は先生に従ってついていくと、相談室に連れていかれました。そして、1時間目を丸ごと使って、私は、N先生と、教務主任のT先生から聴取を受けました。内容は全く覚えていません。私は聴取が終わると、相談室の向かいにある特活室に容れられました。ひとりで過ごすには広すぎて心細く、また、暖房はなかったため、とても寒かったです。私と入れ替わりに、Kちゃんが相談室に入っていきました。2時間目の最初から4時間目の途中まで、彼女は部屋から出てきませんでした。私はその間、ずっと特活室にいました。休み時間にトイレに行く以外は、特活室を出てはいけないとN先生に言われたからです。
4時間目の途中で、私とKちゃんは解放されました。そして、私たちと入れ替わりに、MちゃんとAちゃんが教室から姿を消しました。相談室に連れていかれました。
そのあと、5時間目が始まる頃、もう一度私とKちゃんは相談室に連れていかれました。4人そろって、また、N先生、T先生、学年主任のZ先生、O先生の4人が一堂に会し、いじめの話をしました。どんな話をしたのかは覚えていません。でも、あの部屋で話したことの中で1つだけ、覚えている話があります。
Z先生が、いじめ加害者である私たち3人に、その場にたまたまあったボールを指さして、「このボールを壁に投げつけたらどうなると思う?」と問いかけました。私は、「跳ね返る」と答えました。Z先生は、ボールを壁に投げつけたら跳ね返るのと同じように、Kちゃんに対してやったいじめは必ず自分たちに返ってくると言いました。
まさにその通りでした。私たち3人は、N先生やZ先生に無視されるようになりました。通知表の成績が、テストの成績は以前と変わっていないのに、ガタ落ちしました。きっとN先生がわざとやったのだと思います。
相談室に呼び出された日から1週間と1日後、私はMちゃんに絶交を告げられました。Mちゃんが言うには、親から、私と仲良くするのを禁止されたらしいのです。私は涙が止まらなくなりました。それを見たN先生から私は呼び出され、放課後に話をしました。その話が終わるのを、なんとKちゃんが待っていてくれました。一緒に帰るから、という理由で。もしかしたら、Kちゃんは、私たちにいじめられてもなお、私のことを友達だと思ってくれていたのかもしれません。
小学生の頃の話は、これで以上です。
加害者の3人は、地元の中学に進学しました。被害者のKちゃんは、県外の私立中学に進学しました。中学以降は、私たち3人が話すことはありませんでした。完全に決別しました。
でも、私の中には、自分は最低最悪なことをしたのだという気持ちが残りました。現在まで、呼び出された日のことを、自分が犯した罪を、思い出さなかった日はありません。
私は、中1の時、とある医療ドラマを観て、医師になりたいという明確な目標を持ちました。
また、主演の俳優のYさんの大ファンになりました。Yさんから、私はたくさん希望や勇気をいただきました。中学生だった3年間だけ、たった3年でしたが、私は幸せでした。私は胸いっぱいの希望と勇気をもって、高校受験に挑みました。
私は、文字通り「死ぬ気で」勉強を頑張りました。その結果、私は県内で最も偏差値の高い高校に入ることができました。しかし、高校2年生になった年の春、私は衝撃的なニュースを見て、再び暗闇に迷い込むことになりました。
当時中学2年生の女の子・Sちゃんが、凄惨ないじめによるPTSDに罹り、自殺してしまったというニュースです。詳しくネットで調べ、私は、Sちゃんはいじめというものに殺されたのだ、いじめ加害者は殺人者だ、という感想を抱きました。
気付いてください、この感情は特大ブーメランですよね。
私はKちゃんをいじめました。Kちゃんは、自殺はしていないので、自分は殺人未遂という罪を犯したのだと思いました。それから、小学生のあの頃のことで頭がいっぱいになりました。毎日毎日、自分が犯した罪について考え込んでいました。自分は最低最悪な人間で、この世に生きている価値はないと思いました。死にたいと思いました。今も死にたいと思っています。だから、「死にトリ」に書き込みをしようと思いました。
思い返せば、Z先生が言っていましたよね。いじめは必ず返ってくると。私は、いじめの後悔をし、苦しい思いをし続けることが、自分に課された罰なのだと思っています。

今、いじめをしている人がいたら、即座にやめるように、私は言いたいです。誰かを傷つけたら、必ず自分に返ってきます。相談室でZ先生が言っていたのは、こういうことなのだと思います。
でも、いじめの被害者の方にも、言いたいことがあります。こんなことを言ったら、批判を浴びるかもしれませんが。
いじめられる人には、いじめられる原因があります。
加害者を糾弾する前に、自分の行動を振り返ってみてください。
例えば私の場合、KちゃんはMちゃんや私を執拗に追いかけました。Mちゃんの性格や私がおかれた状況を理解していれば、きっと彼女はそんなことはしなかったのではないでしょうか。ヒトは、群れで行動する生き物です。群れを乱す存在は淘汰されます。
つまり何が言いたいのかというと、いじめというものは、喧嘩両成敗という言葉があるように、被害者も加害者も、どちらも悪いのです。みんな悪いのです。ただし、人間すべてが悪人だと言いたいのではありません。百パーセントの悪人もいないし、百パーセントの善人もいないということが言いたいのです。これを読んでいる苦しんでいるあなたは、確かに悪い面があるかもしれません。でも、必ず良いところがあります。
人生に絶望することがあっても、きっと、これを読んでいる方は救われます。いじめの被害にあっている方々は、いつか誰かが助けに来てくれます。Yさんが、私に希望と勇気を与えてくれたように。

感想1

いじめについて体験したこと、考えたことを自分なりに考えて書いてくれた真剣な様子が伝わってきました。読んで、私としては共感、賛同するところと、違う意見のところがありましたので、私なりに感じたこと、考えたことをお伝えします。
まず、いじめは、人間が成長する上で、誰でも経験する可能性のある身近なことだと思います。つまり人間関係の練習中によく起こりうることだと思っていました。あなたの経験談を読んで、よりそう思いました。小5というと、年齢的にちょうどギャングエイジと言って、徒党を組んで社会性を身につけていく年頃です。あなたも、学校という集団でいろいろな人たちと関わり、近づきたいと思ったり、嫌だと思ったり、関係性に迷ったり、試行錯誤をしたり、まさに集団におけるふるまい方を練習していたように感じました。その中で、特定の人を仲間外れにしたことは、あなた自身が一番悔やんている通り、いい選択ではなかったと思います。でも、私は誰でもいつも正しい選択ができるわけではないと思いますし、ましてや小5という年齢を考えると間違ってしまうことは当たり前のことだろうと思います。だから、間違ったと気づいたときに何を学ぶか、その後にどう生かすかというのがとても大切だと思います。そういう意味では、あなたの経験談からとても反省し、後悔し、そこから学んで次に生かそうとしている姿勢を強く感じ、高校生だろう(文中から推測しました)あなたがとても真面目に人間関係について考えていることを推測しています。
それに対して、とても残念に思ったのが小学校の先生たちの対応でした。特にあなた自身は教訓になっているようですが、Z先生の対応は私としては賛同できません。なぜなら、いじめは自分に戻ってくるからしてはいけないのではなく、誰も他の誰かを故意に傷つけたり、排除したり、暴力をふるったりなど、権利を侵害してはいけないからだと思うからです。小5のあなたにとって一人ぼっちで寒い部屋で待たされて、大人に取り囲まれて怖い思いをして言われた言葉は重くのしかかっているのだろうと思いますが、私はまだ小学生のあなたに大人が脅しのような対応をしたことを残念に思います。そんな怖い思いをさせなくても、あなたは自分のやってしまったことを悔いていましたし、それを反省することができたと思います。人間関係の練習のチャンスで、大人が一方的に怖い思いをさせて押し付けるのではなく、一緒に考えてなぜいじめが悪いのか一緒に考えることができなかったことはとても残念です。
そして、あなたがいじめられる原因について批判を承知で本音を書いてくれました。率直に書いてくれてありがとうございます。おかげで意見交換する機会になってありがたいです。いじめられる側にも原因があるという議論はたびたびあります。私はいじめられる側にいじめられる要因やきっかけは確かにあると思います。何事にも因果がありますので、何かしらの要因があることは事実だと思います。しかし、だからと言ってそれは「いじめてもいい」「いじめられてもいい」ということではないと私は思います。何か改善してほしいことや困ることがあるのなら、いじめではなく「伝える」「お願いする」「話し合う」「誰かに相談する」などという行動が必要だと私は思います。そうした行動がまだ上手くできないから子どものうちは未熟な故にいじめという行動を選択することがあります。あなたがいじめられる側にも原因があると思ってしまうのは、おそらくまだ成長途中の子ども時代にいじめる経験をしてしまったときに、大人がちゃんと向き合ってくれずに、力で解決をした影響があるのではないかと感じています。とても残念なことに大人の世界にもいじめがたくさんあります。そういう意味では大人が率先して人間関係の未熟さに目を向けて、自ら子どもたちの見本となる行動ができるようになる必要があるのだろうと思います。私たち大人がちゃんと見本を示せない現実があることを、申し訳なく思います。
私の意見を書かせてもらいましたが、あなたはそれを見てどう思いますか?ぜひ、意見を聞きたいと思います。

感想2

 経験談の投稿、ありがとうございました。全て読ませて頂いて、私なりに色々と考えてみました。その私の考えを、書かせて頂きますね。
 私は、いじめの問題は、白黒つけられるものではない気がしました。(加害者が100%悪いといったように。)そして同時にグレーな問題なんじゃないかと思っています。あなたが仰るように、被害者に何か原因があり、いじめに発展するケースもあれば、特に原因もなく理不尽にいじめを受けてしまった被害者もいると私は思っています。つまりあなたの「いじめられる人には、いじめられる原因がある」という考えは、当てはまる場合と、当てはまらない場合があるのではないかと私は思っていて、これも「グレー」なんだなと感想を書きながら感じました。
 そして今から書くことは、いじめを肯定しているわけでは全くありません。あなたの当時の出来事に関して、親や先生といった周囲に相談する、伝え方を工夫してKちゃん本人に伝えるといった、「仲間外れにする」以外の手段を取ることが出来た可能性はあるなと私は率直に思いました。しかし、それを当時の発達段階で判断することが出来たかというとすごく難しいものだとも思うのです。また、親や先生に相談できるような関係性、状況じゃない場合もあると思います。そしてその時のあなたの置かれていた状況を考えると、どうすればいいか分からなかったのではないのかなと思いました。(3人の中で、かなり難しい立ち位置にあなたはいたように私は感じました。)そして仲間外れにしたことは、あなた一人の責任ではなく、Mちゃん、Aちゃんにもそれぞれ責任があると私は思います。

 今後は、あなたが仰ってくれていたように自分の行動を振り返ったり、または自分が加害してしまう可能性を考えていく必要があると、あなたの経験談を読んで思わされました。人と関わっていく上で、どちらもすごく大事なことだと私は考えています。色々大事なことを考える機会を設けてくださり、ありがとうございました。

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