経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

半年間の記録

元ニート、昨年年末に姉と近所のスーパーに★就職★(バイト)。短期のつもりが長期もどう?とお声がけいただき、今では長期契約。
家から近く通いやすい、先輩をはじめいろんな部門の方たちが話しかけてくれて環境はいい方…だと思う。

経験談を投稿するのは二度目。なぜ二度目の投稿に踏み切ったか。就職してもうすぐ半年、たくさんのこころの変化が訪れた。それでもなんとか生きてきたが、まともな判断ができるうちに自分の現状を書き留めておこうと思い、二度目の経験談投稿を決意した。

前回の経験談では二人で一つの内容を書きました。今回はそれぞれ体験談を書いてみようとのことで、僕が感じたことを書かせていただきます。読みにくかったり誤字脱字があったらごめんなさい。少しでも不愉快に感じたら、即刻ページを移動することを全力でおすすめします。

仕事がいろんな意味でしんどい。
先輩にいろんな事を教えてもらっていると同時に、自分との実力の差を思い知らされて苦しい。同期や後輩がすごく成長してるし先輩たちとも仲良く会話ができていて羨ましい。馴染めているのが羨ましい。僕は馴染めない。話もできない。話しかけられても上手く話せない。やっぱり僕より可愛げがあって話しやすい人のほうが良いだろ?僕もそうだよ。
ついに職場に行きたくない病が発生。職場に行けば楽になって治る。それが酷く嫌いだ。周りはどうやって仕事しているのか聞きたい。
僕だって早く周りに追いつきたい。追いつかなきゃいけない。覚えるために仕事のやり方をまとめないといけないのにまとめられない。まとめたくない。
自分が情けなくて辛い。主婦の方は家庭のことをしながら、大学生さんは勉強しながら働いているというのに、僕はなにもできない。
朝の準備のために早めに職場に行く僕。感謝されたくて&自分がやらないとと思い頑張ったけど、先輩は申し訳なさそうだった。日本人特有の性格上申し訳なく思うのは仕方のないことだと思うが、役に立ちたくて、役に立とうとする自分を褒めてほしかったのに申し訳なく思われて悲しくなった。周りに期待しすぎてしまった僕が嫌いだ。
周りはたくさん努力したんだろうな。できるようになるまで頑張って、勉強して。理解できるまで質問して。比べて僕は学ばない理解ができない無能。わからないを言い訳に動かない。俺には無理だ。俺は何もかも中途半端なんだ。
部門のリーダーが頑張っている人は評価されるよ〜というお話をしてくれた。頑張ろうと思ったのと同時に、大きなプレッシャーとえげつない緊張感を勝手に感じてしまった。
先輩や同期のような店員がいい店員なんだ。俺はダメな店員なんだ。
仕事でミスしまくって先輩に嫌われたんじゃないか、呆れられたんじゃないかと震えている。自分のいない職場はさぞ楽で楽しいんだろうなぁ。出来ない奴に教える手間もないし、きっと周りも幸せさ。
なら俺は職場にいなくてもいいんじゃね?いらないか!だって職場にはプロの人がいるし、素人の俺がやるより先輩たちが接客したほうがお客様も気持ちいいと思うし!後輩たちの方がたくさん学んでなんでも出来るようになってすごいし!入社一年になる先輩は学ぶ姿勢があるって褒められていたから、あの人のほうがきっと会社の役に立つよ!だから俺は役に立たないからいらないんだ!いなくても成り立つよ!な!いなくても…いいんだよなぁ…?
…隣で姉が赤べこのように首振ってて笑った

年末からたくさんお世話になった先輩が5月下旬で退職された。その方は自分とほぼ一緒の時間帯で働いていて、たくさんの事を教えてくれたり優しく話しかけてくれたり、いろいろと支えてくれた先輩(おそらく開店当初から働いている人)。帰り際に僕に「頑張ってね」と言ってくれた。
 親にもそのことを話したら「ますます頼られるね」と言った。そのとき僕は、再び大きなプレッシャーとえげつない緊張感を勝手に感じてしまった。
頼れる方が辞めたら僕という無能だけが残ってしまう。残った周りに迷惑をかけてしまう。

もし仮に周りに「辞めたい」と言うと、親や先輩を悲しませてしまう、職場に迷惑がかかってしまう、そしてもし仮に仕事を辞めたらそのあと何をしたらいいのか分からない。次の就職先を見つけられる自信がない。行く宛がないからやめられない。
というか辞めるという選択肢がない。通いやすいし周りはすごいし良いところで働いているから、『天職』なんだ。
僕はどこかの団体?に所属することで安定したい奴なんだろうな。なら今僕は会社という団体に所属しているのにどうして苦しんでいるのだろう。

ところで、仕事=苦しいものとして認識されている世の中っておかしくない?5日の勤務の疲れが2日の休みで取れると思うなという投稿があって共感。でも僕短い時間帯でしか働いていないのに何を言っているんだ勤務時間短かったら休む時間いっぱいあるだろ甘ったれんなって話だよな。

ある目的のためにダイエットしていたけどダイエット終わった瞬間食欲大爆発。食欲が増しすぎている。ストレスのはけ口が食になっている。菓子パンとお菓子がやめられない。痩せたい。推しにこんな姿で会いたくない。痩せなきゃいけない。太っていたらだめ。痩せたいのに食べたい。食べたいのに食べたくない。何も気にせずご飯を食べている周りが羨ましい。
チョコは依存性があると聞いたことがある。事実だと思う。チョコを食べたらもっと欲しいと思った。だから痩せないんだよ

気持ちが落ち込んで泣くことが増えた。ふと悲しくなって涙が出てくる。泣くと腕と足に力が入らない。立ちたくない、動かしたくない。泣いて時間を無駄にしたくない。
気持ちの落差も激しくなった。ハイになったり落ち込んだりが頻繁に起こる。
気持ちと頭と表情が噛み合わない。しんどい気持ち✕脳内空っぽ✕笑顔で話すみたいな。
僕は考えを言葉に出すことが苦手だと最近気づいた。頭の中でまとめたことをいざ話そうとすると、話が飛び飛びになったりまとまらなかったり言いたいことを相手に伝えられなかったりする。言いたいことがうまく言葉にできない。話そうとすると頭が混乱する。頭が上手く回らない。
感動する歌や物語が前ほど感動しなくなった。感動する映画を見たり歌を聴くと(あ、感動するやつだ)と脳内が冷静になり、感動するシーンで笑ってしまう。
僕はやるまでが長い。やるまでぐずって、やってしまえばケロッとして。そんな僕が大嫌いだ。
やる気が出なくなった。後悔したくないから動きたいのに動きたくない。甘えだろうね。
僕は人よりも理解力と説明力がない。だから、周りに同じ説明をさせてしまうし、僕が伝えたかったこととは違う意図で伝わってしまう。けどいいんだ。僕の頭が良くないのが悪いから。
シフトの関係上公休は姉と別の日。仕事に行く姉を送りだした途端になにもできなくなる。やる気が出なくなる、そんな感覚。
体が重い。怒りっぽくなった。家事が出来なくなってきた。寝不足のせいだ。仕事行きたくない病だ。
睡眠不足なのに夜ふかしがやめられない。大好きな姉と過ごす夜の自由な時間が心地良い。でも仕事に支障出ちゃうから寝ないと。寝ると明日が来る。嫌だ。寝たい。寝たくない。
音楽は僕の癒やしだ。いつでも聴いていられる。辛い現実から切り離してくれる。ずっと聴いていたい。音に籠もっていたい。
妄想の世界に浸っている時間が圧倒的に増えた。幼い頃から妄想ばかりしていたけど、最近はずっと妄想ばかり。未だに厨二病を患っている。
もう心理的にどろどろに溶かされたい。天使の羽でも生やして千切られたい。柔らかく暖かいところに沈んでいたい。息を飲むほどきれいな海とか。

久々につらチェックやってみたら、category2と4が強かった(ニート時代は2が一番だった)。変わるもんなんだな

最近自分の行動のせいで親を不機嫌にさせてしまったと後悔している。親は過去の経験から滅多に怒ることは無いが、機嫌が悪い?嫌なことがあった?ときは雰囲気や喋り方が違うように感じる。ごめんなさい。もっと良い子になるから。家事もちゃんとやるから。だから。
親のことは大好きだ。大好きだからこそ、親に対してストレスを抱いてしまう自分が嫌い。
祖母からはよくあんたを見ているとイライラすると言われていた。それも笑いながら言っていることが多い。言われるたびに悔しくて辛くて。もっと役に立つから、もっと頑張るから
実家に生活費を入れないとなのに扶養内だから給料少ない、手元に残るのは僅か、抜けたいけど抜けたくない、働きたいけどここに、今のこの環境にいたくない、辞めたとしても行く宛がない、言葉では言い表せない気持ちになって泣きそう。

一応、ポジティブなところも増えた。
推しが増えた。幸せ。金欠。稼ぎたい。だから働かないと。
推しのグッズを買うのが好きだ。だけど金を使うことがストレス解消になっている気がして辛い。推しの誕生日が近いからそのために生きていたい。否、生きる。絶対生きる。でも、生きていたいのに。頑張りたいのに。

たくさん稼ぎたいけど、この場所では稼ぎたくない。がぴったりかな。どうしてこの場所が嫌なのか考えているみた。電話やクレーム対応、部門管理、責任重大…なんだ、ただのめんどくさがりだ。責任逃れだ。

働いても働いても、先が、未来が見えない。早く正社員にならないと。生活を楽にしないと。未来を安定させないと。

姉と「死」についての話を良くするようになった。死に方、死んだらどうなるのか。
少し前までは今を生きることで精一杯だったのに、最近は今を生きていたくないと思っている。
日々湧き出る死にたいという想い。甘い甘い希死念慮。生きることに対して本気になれない。死にたくない。だから生きている。生きていたくないのに、生きていたい理由があるから周りの環境や人間が苦痛でも生きなきゃいけない。足掻きたい。足掻いていたいのに疲れてしまった。死にたくないのに殺してほしいと願ってしまう。死ぬのは嫌だ。

僕は辛いや苦しいなど、自分の気持ちを自覚できるからまだ大丈夫。でもそう言うと自分が悲劇ぶっているみたいで嫌。だから言わない。けど苦しい。それを繰り返す。ネガティブばかり言っているから現状も良くならない。そんなの分かっている。分かっているんだ。だけどどうしたらいいんだ。吐き出した気持ちは地面に落ちていくだけ。処理の仕方も分からない。
うつについて調べたときにどんな人がなりやすいかというのを見た。これ自分に当てはまるな、と自覚できてしまう自分が嫌。自己分析できるのはいいことなのに。でも本当にうつやうつと同じくらい辛い人は自分には当てはまらないからうつじゃない〜って言いそうなイメージ。自分は自覚できているからうつじゃない。でも当てはまるからそうなの?でも仕事熱心とか真面目とか自分に当てはまるって言っちゃってる。自覚できることはいいことなんじゃないの?自覚できない人や当てはまらないって言いながら悩んでいる人が本当のうつ?俺はまだいい方?
ごめんなさい、恵まれているのにそれ以上を望んでごめんなさい、仕事もできなくて覚えようとしなくてごめんなさい、生きていたいと思ってごめんなさい。
全部本当の気持ちで全部大事だから全部が苦しい。
もう家にいても職場にいたてもだめなんだ。嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ。
誰か教えてくれよ。自分の気持ちを自覚している、できている時点で、ここでたくさんの思いを吐ける時点で俺はマシなのか?

ここまで見てくださりありがとうございます。辛くさせてしまったのなら申し訳無い。僕のそのままの思いをどうしても聞い
てもらいたかったので、本当は見てくださりとても嬉しいです。

僕は何処に居ても役に立たない、足手まといで、誰の期待にも応えられない。
本当に僕は変わってしまったな。この世に生まれてしまった屑だ。
だけどこれを見ているあなたは、あなただけは、どうか僕みたいにならないで。

感想1

溢れる言葉の数々に圧倒されました。軽快なリズム感があってラップを聞いているような感覚になりました。普段もこれくらいのボリュームとスピード感で思考を巡らせていそうな方だなと想像をしました。なぜだか、民謡は労働の中から生まれた唄という言葉を聞いたことがあるのを思い出しました。ブルースは苦しみや悲しみの魂の叫びから生まれた音楽だということも。

さて、前回の投稿では就職活動の結果待ちという局面でしたが、その後就職をされて、もうすぐ半年が経過するのですね。こころの変化が訪れたというのもうなずけます。人間関係の変化は(色々な意味で)こころを刺激すると思うからです。ひきこもりを始めたときも(人間関係の減少)、就職活動を始めた時も(人間関係の増加)、どちらも心に負荷がかかることだなと。

実は僕への感想を書くのに数日かかっています。僕は僕のせいで申し訳ないと言いそうな気がする(←違っていて不快に思ったらごめんなさい)ので補足をしますが、数日かかっていることは私にとって負担ではなく、そういう自分(普段は思考が瞬発的ですぐに言葉が口から出てしまう傾向にあります)もいるのかと新たな発見をしているところです。なぜ、数日かかっているのか私なりに分析をしてみたところ、『僕の気持ちはこうではないかと私が汲み取って伝える→僕が「あぁ、その通りです。わかってもらえて嬉しい」と感じる』というなんともおこがましい、安易な形に収まろうとしていたからではないかという結果が導き出されました。ひとりで導きだしたので、誰かに打ち明けたり意見交換をしたのであれば、また違う答えが導きだされるのかもしれないけれど。

「僕が伝えたかったこととは違う意図で伝わってしまう」と教えてくださいました。こんなにも自分の伝えたいことに誠実でいる僕にいったい何をしようとしていたのかと、恥ずかしい気持ちです(補足:私が感じる気持ちは僕のせいではありません。僕が影響したとしても、どう感じるかは私の領域なのです)。話を続けます。続けたい。自分の伝えたかったことと違う意図で伝わることは、私にもあります(補足:僕の実績よりも、その数は少ないと推測していますので、あくまでも私の体験であり、この方法を僕に押し付けるつもりはないのです)。そんなとき私はどうしているかを振り返ってみました。①諦める:それは「この人に伝え直してもても伝わらない」「この人に理解してもらうことに熱量をさく必要はあまりなさそうだ」と見立てるから。しかも、諦めたときほど、体裁を整えて感じ良く振る舞い、相手の求める反応をする自分がいる気がしてなりません。②再度伝える:「この人に再度伝えたら理解してもらえそうだ」という手ごたえがあるとき。最高なのは「この人に再度伝えたとしても、相手は否定されたとはとらずに話を聞いてくれそうだ」と見立てるから。この場合、私は相手にとって自分が感じよく映るかどうかなんてすっかり忘れて、伝えることと、それが伝わったかどうかを確認することに没頭してしまう場合があります。本当は、①か②かだけではなく、バランスよく、あたりさわりなく格好よくしたいのが本音なのだけれど。そして、転職したばかりの職場でそれを求められているのだと思うけれど(誰かに指摘された訳ではないので、先回りしてそう感じているだけかもしれないけれど)。

僕の投稿でわかろうとしてわからなかったことがあります(補足:私がわからないのは、僕の説明力のせいではなくて、私の経験値が少ないという事実のみと考えます)(私の疑問に回答をする責任はないことを申し添えます)。どうして、親のことが大好きなのか。どうして、もっと良い子になろうとしているのか。どうして、自分が家族や社会に迷惑をかけている存在だと感じるのか(←勝手に要約してしまったのですが違っていて不快に思ったらごめんなさい)。

聞いてください。私が僕の投稿に出会っている最中のできごと。令和5年7月3日の東京新聞に本の紹介とともに「自由な解釈の前提条件(読解の水位の話)」という記事が掲載されていました(私の家には新聞が届きます、私は週に3回程度新聞を読むことが多いです)。それによると、小説にはそれぞれ「ここまで読めていなければならない」という読解の水位があるそうで、わかりやすく書かれている小説は読解の水位が高く、難解な小説は水位が低くなるとして、瓶の中の水位が高いと空間が狭く、瓶の中の水位が低いと空間は広くなる。その空間が自由な解釈が許される余地であるということでした。だから、読んでわかりにくかった本に対してSNSで酷評(例:読むんじゃなかった)などするのはどうなんでしょうね、読解力の水位が低いのではないですか、という趣旨を含んだ記事でした。なんでこのことを書こうと思ったのか、自分ではつながらないのだけれども、記しておきます。

最後にもう1度読み直してみると、敬語の段落が混ざっていることに気がつきました。敬語の部分は個ではなく社会側に合わせて僕を整えている印象を持ちました。それ以外の段落は、普段から感じていることを心の赴くままに他者の目を気にせずに打ち込んでくださったのだろうと感じました。今日も僕を感じながら、社会から求められるタスクに打ちのめされそうになりながらも、新たな自分を感じながら、姉とともにどこかで暮らしている僕に思いを巡らせ私の今日を完結します。投稿ありがとうございました。

感想2

2回目の投稿ありがとうございます。
つらチェックをもう一度やってみたんですね。
結果が教えてくれたように社会に出たこと(category2)によって、こころのダメージが見えるようになってきた(category4)ということなのでしょうかね。
仕事をしていると刺激だらけの日々でしんどいって感じることも増えたんしょうね。職場に入るとどうしても周囲と比べざるを得なかったり、評価されますもんね…。でも客観的には仕事ぶりを認められて長期を勧められたのかなって思いました。
とは言えそれと引き換えに大きなプレッシャーとえげつない緊張感を感じてcategory4も大きくなったのかな…。“しんどい気持ち✕脳内空っぽ✕笑顔“この表現からも言葉がうまく出ないけれど、とりあえずその場を取り繕って笑っておくのがしんどい…そんな感じかなって思いますが、これを続けているとストレスはどんどん蓄積しそうです。
うつの自覚について書かれていましたが、気づかないよりも「あれ?これって…」と気づくことでリスクから離れたり、少し休んでみたり、対処はできるのでよいことかなって思います。もうひとつ大事なのはそれをひとりで考え込まずに誰かに話して共有してみることかなって思います。一番の理解者は双子のお姉さんですかね。ふたりで死について話したり、過ごしている時間に「僕はどう見える?」って聞いてみるのもありかも。
経験談では色々な角度から自分の今の気持ちを表現されていて、その分だけ自分を否定している感じが私の印象に残りました。
仕事をすると色々な場面で色々なことを求められてその数だけ自己評価や他者からの評価にさらされます。その分だけこころも疲れるかもしれません。つらチェックにもある様に理想と現実のギャップを何とかやり過ごして日々を生きるには、こうやって言葉を交わして、気持ちの交流とか考えていることの整理をしながらお互い進んでいきましょうか。(私自身にも言い聞かせています)
お姉さんの経験談も読ませてもらいました!
2人でそれぞれ投稿してくれてありがとうございました。

お返事1

経験談をお読みいただきありがとうございました。
まずはこんなネガティブまっしぐらな文を送ってしまい申し訳無いです。穴があったら更に深く掘って入りたいレベルで恥ずかしい。
正直な事を言いますと、感想が届いたときに少し恐ろしく感じてドキドキしてしまいました。恐らく嫌がられたんじゃないかと感じたのでしょう。自分の事なのにさっぱり言語化できない。蓋を開けて読んで見ればあらまあなんと素敵な感想。否定されなくてよかったと真っ先に出てきてしまったことをお詫びいたします。
1つめの感想は書いてくださった方の視点や考え、そして心強さを感じ、まるでエッセイを読んでいるかのような文が僕の心に良い意味で刺さり何度も読み返しております。
2つ目の感想は書いてくださった方の文から風がふわりとこころを撫でるかのようなあたたかいやさしさを感じました。
大変申し訳無いのですが、いただいた感想を自身の頭で処理しきれていない自分がいるのです(もちろん感想を書いてくださった方のせいではないです)。悔しい。やはり僕は人よりも理解力がない。それでも何度も何度も、何度でも読み返して自分なりに少しずつ処理していこうと思います。
少し無駄話をしてしまいましたね、申し訳無い。改めましてありがとうございました。

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