経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。
私は、小学生の時に、意味もなく塾の先生から殴られたり、通いに使う自転車を塾の2階に隠されたりしました。
学校の先生にも、箸の使い方知りたい人いるか?と給食の時に冗談のように言っていたので、手を挙げたら、殴られました。
中学生の時には、高校合格した時に、高校での海外研修があったので参加する事を家族と話していたのですが、中学の先生には、ママと行くのか?と馬鹿にされました。
もう大人が信じられなくなりました。
大学は片道2時間半かかる道でした。
大学生の友人?にすぐ戻ってくるか試されたようで、わざと電車に乗っている頃にみんなで呑んでるけど、来ない?と言われ、家に戻ってからすぐにまた大学まで行き、やっぱりきた。と笑われました。
皆で出かける時には、車に乗れないからトランクに入れられたこともありました。
大人になり結婚したのですが、毎晩飲み歩く女性でした。いくら仕事してもお金が足りず、最後には私のせいにされ、してもいない浮気を言われ、仕事用の通帳も何もかも女性の実家に持っていかれ、取り戻すのに一年程かかりました。
離婚するのにも同じように1年ほどかかりました。
後に再婚でき、子供もできてやっと普通の幸せが訪れたと思いました。
しかし、嫁の実家から借金の申し入れがありました。500万円です。家を買うのにお金が足りないとの事でした。
子供の学費で200万程しか出せません、と伝えたところ、ちょっと足りないわね。と言われました。また、内緒にしておいてくれ。と言われました。
後日、嫁から500万円貸してくれと言われました。
なければ家族に借りてほしい。との事でした。
そんな事で貸せないと言ったところ、そんな事ってなんだ。と怒られました。
嫁の実家には自己破産者がいました。
子供がお腹にいた時、嫁は実家に戻っていたのですが、嫁にプレゼントしたものが無くなってしたそうです。
嫁の母のものも無くなったりしていたそうです。
どうやって家族を守れば良いのかわからなくなってしまいました。
後日判明した事ですが、私は当時から内臓の疾患がありました。
結局、2度目の離婚となりました。
家族を守るためには家族を手放すしかない。と極端な考えになってしまいました。
今は誰も信じることができず、何を目標に生きれば良いのか分かりません。
私が悪かったのか、それも良く分かりません。
ただ、生きている今は辛いです。
感想2
投稿をありがとうございます。
あなたが子どもの頃に大人からされたことは、あなたを深く傷つけただろうと思い、読みながら強く心を痛めました。「先生」という立場にいる人は、尊敬はできなくとも信頼に値するべき(値してほしい)と私は思っているので、そのような立場にいる大人があなたにした行為は許しがたく、憤りを覚えています。そのような経験をしていては「大人が信じられなくなる」のも当然のことだと思います。
また、学生時代の友人のことや結婚をしたパートナー(とその家族)との話はあなたが人を信じれらなくなるには十分すぎる経験であり、特にお金のことは生活に影響するためどうしたらいいかと悩まされたことだろうと思います(ちなみに私は家族の借金系で苦労した人間です)。
こうした経験を積み重ねているあなたが「私が悪かったのか」と書かれていることが気になりました。この文章の意味が「これまでの経験の原因は自分自身(あなた)にある」という意味であるならば、それは違うと思うと私は言いたくなりました。先生や友があなたにした行為はその人たちが選択した行為であり、パートナーとのお金のことはお金に翻弄されるパートナーやその家族が選択したことだと考えます。辛い経験をした時、人はその理由を知りたいと思うものかと私は思っているので、その意味では「悪くない」と言われてもあなたを困らせてしまうだけかもしれませんが、それでもあなたは悪くないと言っていたいです。
ひとつ聞いてみたいと思ったのは「何を目標に生きれば良いのか分かりません」というところについてでした。そう書くということは、あなたはこれまでになんらかの「目標」を持っていたということでしょうか。実は私はこれまでに目標らしい目標を持ったことがありません。持っていたことのある目標は見事に挫折して見失ってしまったので、これからは目標のない人生を生きていこうと(今のところ)考えています。もしよければ、あなたにとっての目標とはなにか、また、これまで持っていた目標(があるとしたら)にはどのようなものがあったのかについて、聞けたらなと思いました。そして、「生きていく」ことについて、あなたと一緒に考えてみたいなと(勝手ながら)思いました。投稿をありがとうございました。
感想1
人との関わりで散々な経験をしてきたことが伝わってきました。読んでいて、あなたの語りがどこかスライドのように印象に残っている場面が次々と映し出されているように感じました。スライドとスライドの間にある状況や背景などをもう少し詳しく聞いてみたい気持ちになっています。そんな散々な経験をしていながら、私が強く感じたのはあなた自身が選択したり、意思を貫いたり、自分軸が明確にあることです。人任せにせず、自分の感じたことや考えたことを実行している様子が伝わってきました。
そのうえで最後から2行目に注目しています。「私が悪かったのか、それも良く分かりません」その一文を見て、あなた自身の苦しさの根本はそこにあるのではないかと感じました。(違っていたらすみません)自分が置かれている状況やどうしてこんなに苦しいのか、生きることが辛いのか、など自分を知ることを求めていて、それが分からないのが辛いのではないかと思ったのです。
今まで、誰かといると自分のことをより理解できると思った人はいますか。残念ながら二度の結婚はあなたを理解するというより、あなたを利用しようとしている人とのつながりのように感じました。私にはあなたはとても誠実で真面目で自分に正直に生きてきたように思います。ただ、何か不器用なところがあって、分からないことも多く、その分からないことを教えてくれる人とのつながりがあると人生はかなり違ったものになったのではないかと思いました。そういう意味では学校や塾の先生と呼ばれる人たちとの出会いにも恵まれていなかったように思えて、残念です。
最後にタイトルの「人を信じられない」という言葉には「人を信じたい」という希望や願望が込められているように感じました。私たちは一人では生きられないので、できれば私も人を信じて生きていきたいと願っています。でも、信じられない気持ちもよくわかるので、どうしたら人を信じることができるのか一緒に考えてみたいと思います。もしも、あなたの意見があったら教えてください。