経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

そうだ、遺書を書こう

初めての投稿なので読みにくかったりすると思いますが、最後まで見てくれたら嬉しいです。

自分は完璧主義な性格で、親に認めてもらいたいという欲が強く、小学生くらいから「いい子」になろうと頑張っていました。
勉強・運動を頑張って成績は上位になり、委員会は積極的に参加して、クラスメイトや先生からは「明るくて真面目で頼れる人」というイメージに固定されました。

でも、学校での仮面かぶりに疲れました。
本当は弱くて、すぐ泣いて、落ち込んで、自傷していることを誰も知らないのに、「友達だよアピール」してくるなよ。
人と話すのが怖い。人が嫌い。
こんなんでよく学級委員やってるな。
何回か学校行きたくなくて休んだことがありますが、周りからの信頼が厚く、さらに健康体なもんで(中学校は風邪で休んだことがない)、不登校になりたくても心配されるだけだから諦めました。
死にたいと思ったのは中学3年生からです。
明確な理由とかなくて、でも生きてる意味ないなって思って自殺妄想ばっかりしてます。
時間があればネットで、「自殺 簡単」「自殺スポット 警察 巡回していない」「自殺 失敗しない」とかばっかり検索しています。自殺、と入力しすぎて、変換候補の最初に出てきます。
なのに実行する勇気がないから死ねません。
死んだらその後の始末が大変で家族に迷惑かけそうだから…と思い、まだ死ねずにいます。こんな心配ができるくらいだったら、心には余裕が残っているということなんでしょうか。現実逃避ばかりで何も出来ない自分がまた嫌いになります。
そんな時に遺書を書きました。これも現実逃避なんですがね…。少しでも自分と向き合ってみようと、思いを書き殴ってみました。自分の気持ちを理解してもらおうとは思ってもないんで、育ててくれた感謝の言葉とか謝罪の言葉を書きました。
親への感謝よりも辛いことの方がたくさんあったこと。親には責任を感じないでほしいこと。自分のことは忘れてほしいこと。
この遺書をいつか読み返すとき、自分は
どう思うんでしょうね。
正直な気持ちは自分だけの秘密でいいです。
どうか、楽にさせてください。

感想1

最後まで読ませてもらいました。
友人とは物理的につながっているけれど、精神的にはずっとひとりで生きてきたような印象を受けました。仮面をかぶり…と書いてましたが、仮面をかぶると息苦しいのと一緒で、ずっと本当の自分は奥の奥へどんどんしまって、一切表に出さない(仮面を外さない)のが当たり前の日々だったのかなと思います。信頼が厚い…自分を二の次にしてるのかな。家ではどうですか?親に認めてもらいたくていい子でいたとしたら、また違った仮面(同じ仮面?)をかぶって暮らしてきたのかもしれませんね。(違ったらすみません)自分の気持ちは本当に誰にも言ってないんですもんね。本当のあなたについて少しだけ書いてくれましたね。あなたと実際にやり取りして、もう少しあなたのことを知りたいなって思いました。あなたが学校から帰るとき、家に帰ってきてひとりになったとき、ため息をついたり、人知れず自傷行為をしている姿が浮かんできました。身体が強くて休めないところがまたなんともしんどいですね…
思い立って遺書を書いたことは現実逃避というよりも、自分で抱えきれない何かを文字にして少しでも外に出すという意味だとすれば、あなたのリアルな考えを文字にして感じてみるという、あなたにとって大事な行為だと私は思います。この経験談には考えだけではなく気持ちも少し書いてくれましたね。いまは匿名で自分の気持ちをチャットで話せるところがあるのは知っていますか?よかったら「まもろうよこころ」で検索してみてください。誰かに話すことって「放すこと」とも言われています。一回自分から抱えている気持ちや感情を放してみると、今までと感じることが変わるかもしれません。今回はあなたの秘密をほんの少しだけ教えてもらえました。そうだって思い立ったときにはまた死にトリで待っていますね。

感想2

最後から二行目の「正直な気持ちは自分だけの秘密でいいです」が印象的に残りました。自分だけの秘密でいいと思いながら、こうしてそれを書いているのは、あなたの心が外に出してほしいと願っているのかもしれないと感じました。人は自分だけの秘密はもちろん大切だし、人に言わないからこそ自分を保てることが多くあると思いますが、自分だけでは抱えられないことがあって、誰かに理解してもらいたいことが一定量あるように私は感じています。誰かに知ってもらいたいことがこうして出てきたのであれば、よかったと思います。そして、それは「遺書」という形でも同じだと思います。よく考えてみると、遺書は自分の正直な気持ちを書きやすいものだろうと思いました。そして、遺書を書くことで気づくこともたくさんありそうだと思いました。読み返すときに「自分はどう思うんでしょうね」と書いてくれましたが、きっと何かを思うのだろうと思います。また、自殺妄想も同じように、自分の中にとどめておくことができなくなった何かを外に出そうとしている行動なのかなと思っています。
私は、遺書を書こうと思ったことも、書いた内容も、そしてそれをいつか読み返して思うことも、自殺妄想をして検索するのも、すべてあなた自身が自然に感じたことや考えたことから生じることで、あなたの存在の証明のように感じました。ただ、感じることや考えることがあるからこそ、しんどいことやつらいこともあるから、生きるのが苦しいのかなとも考えました。
今回の経験談はこれまでしまってきた本当の気持ちを出すきっかけになったかもしれないと思いました。せっかくなので、もう少し出してもらいたい気持ちになりました。もう少し出してみた時にあなたの気持ちがどのように変化するのか教えてもらいたいです。
自分の気持ちを表現する機会として死にトリを選んでくれたことに感謝します。

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