経験談

生きづらさを感じる人が語る 経験談

経験談はそれぞれの投稿者の個人的な価値観や感じ方をそのまま掲載しています。一部、リアリティのある描写や強い価値観が含まれるため、読む人にとっては負担等を感じる場合もあります。各自の判断で閲覧してもらえるようにお願いします。

私の話

家族で出かけた記憶がない。
私には兄がいる。
小さい頃からお父さんとお母さんの仲は悪い。
私はお父さん似。だから母に嫌われている。日々、お父さんに似てあんたはと言われ、お父さんにはお母さんに似てお前はと殴られた。
中学生の頃、別居した。
お父さん子だったからお父さんに着いて行った。お兄ちゃんはお母さんのところに残った。
お父さんは不倫をしていた。私が小さい頃からだったらしい。私は高校生だった。毎日学校と家事と生活費を稼ぐためのバイトに追われてた。
お父さんは帰ってこなかった。
自分で学費を稼いで大学に通った。
友達はできても、少しの違和感ですぐ離れていく。私には価値がないから、気付かれてしまえば終わり。
人との関係はお金でしか繋ぎ止められない。
男の人は信用しても、嘘をつくし、殴るし、蹴るし、子供もできたけど幸せにできないからお別れをしたこともあった。日付も覚えてる。ごめんなさい。
それでもなんとか生きて、生きて、耐えて。
生きていればいいことがあると、信じてた。

社会人になれた。これからは自分の足で社会の一員として普通になろうと思った。
普通の人間関係、信頼関係、幸せが待っていると。

上司からのパワハラが酷かった。
誰も助けてくれなかった。助けを求めても意味がなかった。
半年間だけしか耐えられなかった。
毎日立たされて怒られて怒られて怒られて、理解もできないような理不尽なことを言われ、見捨てられてしまった。
私には価値がない。生きていても仕方がない。
誰の役にも立てないし、誰のためにもならない。
人は信じても裏切る。
生きるのはもう十分です。

感想1

経験談の投稿ありがとうございます。両親が不仲の中で過ごし、どちらからも自分の存在を否定されるような扱いを受けてきたことを想像すると、家の中でもずっと緊張感を持ちながら過ごしてきたり、心落ち着く時間がなかったのではないかなと感じました。「お父さん子だった」とありましたが、それはお母さんよりはまだマシだったからといった感覚があったからなのかな?と気になりました。別居することになり、どちらかを選ぶという場面になった時、少なからずお父さんのことはまだ信頼しているところもあった(というより信じたかった)としたら、その後に発覚した不倫という事実がどれくらい投稿者さんに影響を及ぼしたのだろうかと考えていました。
友人関係も異性との関係も傷つくことや裏切られることが多くても、どこかやっぱり自分という存在を認めてほしいという思いや繋がりを求めて、本当はこういう方法は正しくないと分かっていても、お金で繋ぎとめるという手段をとらざるを得なかったのかなと。でもそれはそれ以外の方法を知らなかったり、そうしないと見捨てられるという経験が強くあるからなのかなとも感じました。
様々なことがありながらも何とか耐えて生きようとしていたところに、最後のほうに書いている会社での出来事、「生きるのはもう十分」と思ってしまうのも無理もないと私は思います。経験談を投稿してくださってから月日が結構経ってしまったので今どのように過ごされているのか、勝手ながら心配になっています。どうすればもう少し投稿者さんの負担にならずに人と良い関係を築いていけるのかなど機会があれば一緒に考えたいなと思いました。良ければまた死にトリに投稿者さんのお話を聞かせて欲しいです。

感想2

今まで自分の力で何とかなる範囲で、必死に生きてきた様子が伝わってきました。子どもの頃に安心できる環境が少なく、親から存在を否定的なこと言われたり、態度をとられたりすることは、想像以上にあなたの心にダメージを与えているのだと思います。イヤなことをイヤだと気付けなかったり、イヤでも伝えられずに、じっと我慢する対処法が否応なく身についてしまったのだろうと想像しています。
私は、人は一人でいても価値は生じないと考えています。誰かに出会い関わり合うことで価値が生まれてくると思うのです。だから、あなた自身に価値がないのではなく、価値を感じられるような出会いや関わりがなかっただけだと感じました。
今、こうして自分の意思で死にトリに率直な経験を書いて送ってくれました。そして、死にトリはそれを受け取り感想を書いています。この出会いと関わり合いの中に私は価値があると思いますし、あなたの生きてきた道や経験が生かされていると思います。
またよかったら、死にトリに来てください。そして、感じていること思っていることを表現してみてください。

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