今も昔もつらい


大量内服が原因で救急搬送され、精神科に通いだした。それから1年半が経って高校2年生になり、それでも、「死んでしまいたい」という気持ちに悩まされている。

漠然とした「死にたい」という気持ちが「死のうかな」に変わったのは、身近で起こった自殺未遂が原因だった。

学校から誰かが飛び降りた。

正直、当時のことはあまり覚えていない。今でも誰だったかは知らない。ただ、沢山泣いたのは覚えている。理由は当時も、今でも、分からない。人が自分で死を選べることに、それでも世界が回ることに、その怖さに、泣いてしまったのだと思う。気づいたら涙ばかり流していた。

「びっくりした」と保健室の先生に言った気がする。「落ち着かない」とも。

「授業に出れて偉かったね」とか「よく耐えたね」とか言われて、スクールカウンセリングを受けることになって、私からは、窓際の席がつらいから変えて欲しいとお願いした。

座席替えをして、教室にいるようになって、思い出す回数も減って、それでも時々は、思い出す。

「人が自ら死ぬ」と言うことが、どんなことか、私は知っているようで知らなかったんだと思う。

聞いただけで、こんなに苦しいなんて、こんなに涙が溢れるなんて。


だけど自分はその数ヵ月後に死のうとした。

この件の時、「人が死にかけても世の中は変わらないんだ」と知ってしまったことが大きかったと思う。

人は実際に自死を選べる、そしてそんなことが起こっても授業は進むし世界は回るのだ、と。

だから、私なんて、いなくなっても大丈夫、と、思ったんだ。


未遂してから、その時救急搬送された病院の精神科に、カウンセリングを受けに通い始めた。

自分でも知らなかった「傷付き」が沢山出てきて驚いた。

ひとつはいじめ。

ひとつは友達との絶交。

もうひとつは、育成環境。

いじめられた時「お前が性格悪いからいじめられて当然」と、母に言われた。

友達と絶交した時も、隠していたら姉の知り合いを嗅ぎ回って、私の事を知り「お母さんの言うことを聞かなかったからだ」と言ってきた。(スマホ絡みのトラブルが原因だったから)

年々悪化している自傷について、「自分の心はお母さんの思い通りになるためには邪魔だから、心を殺したくて切ってる」と日記に書くと、心理士さんが「心を殺すための傷なら、目に見えなきゃいけないし、生き延びるために必要なんだね」と言ってくれた。

「切ないよね」とも心理士さんは言った。「Rちゃんが腕を切っても私は泣かないけど、もし『大人が望むように』でしか生きなくなったのなら、『Rちゃんは死んだんだな』と思うし悲しい」と言ってくれた。


また最近になって、過去がトラウマと分かった。

心理士さんが、昔の両親の暴力のことを口にする私を見て、「感情を切り離しながら話してるように見えた」と気づいてくれて、トラウマなのだと分かった。

(日常的な私への母の暴力、父から母と私への暴力が主な要因)

記憶がなくなっているということ、それでも時々思い出し苦しくなることから、かなりの傷になってて膿んでる、と言われた。

安全な場所じゃないとケアは出来ないけど、いずれちゃんと治療しよう、と。

常に、休まる瞬間のない場所にいる。

カウンセリングの時間しか、「わたし」でいられない。

「しね」「肌が汚い」「死んだ父親と同じで汚らわしい」色々言われながら、お母さんを困らせる自分なんて死ねばいいのにと思いながら、「死にたい」に襲われながら、死ねなくて生きている。


そんな時、俳優さんの自殺の訃報を知った。

「つらかっただろうな」と考えているうちに、自分の気持ちとぐちゃぐちゃになった気がした。

遠ざけていたはずのものが、いきなり近づいてきて、「生きたい」も「死にたい」も、自分の気持ちがぐちゃぐちゃで、分かんなくなった。その、「死」が近づいてきて心を黒くしていくような感覚は、前と同じだった。

心臓をぎゅっと掴まれている気がする。「お前はどうなのだ」と囁かれている気がする。「生きたいなんて嘘なんだろ」と。「死んでしまえば楽になれるぞ」と。


自分が自分でないような気がする。テストを受け取る自分も、授業を受ける自分も、嘘っぱちで、惰性で動いているだけ。なんの感情もない。心が死んだみたいに。

喉の奥が詰まったような感覚や、気を抜いたら泣き崩れそうな苦しさがずっとあった。誰も気づかなかった。自分が隠すのがうますぎるから。そう、そうやってSOSが届かないことが続いたら、人は壊れる。

名の知られてない、どこにでもいるような存在の私。
誰もが知り大勢から愛されていたであろう彼。
命の価値は一緒か。
なら、自分がしんだところで、と考え続けてしまう。

人がしぬのはこんなにも嫌なのに。

「死にたい」と思う。ふと、首吊りって有効な方法かもなと考えている自分がいた。死にたい、怖い、死にたい、死にたい、死にたい。気づいたら心が「死にたい」に溢れているようになった。


今は夏休みで、怒鳴られ、物を投げられ、叱られ、謝り勉強し家事をして、沢山沢山、心を殺していた。高校を卒業するまでもきっとこんな日々が続く。

心理士さんがいてくれることはきっと恵まれてる。だけど時々、人生における唯一の味方は「治療者-患者」という結び付きでしかないことに虚しくなったりする。

死にたい気持ちが消えないまま、彷徨っている。
殺すための心ならいらないし、心がない体なんて要らないと思う。だから死んでしまいたい。死んでしまいたくてたまらない。

感想1

今も辛い状況の中、経験談をありがとうございました。

読ませてもらって小さな頃からの権利を守ってもらえなかったり、自分のことを大切にしてもらえた経験がなかったからこそ、「わたし」でいられる時間がないのだろうと感じました。

自殺のことが身近に感じられた時、自死へのハードルはとても低くなってしまいます。ただ、そんな時に「わたし」で居られる時間が多かったり、「わたし」を大切にして貰える環境があるとSOSを出すことが出来たり、受け止めてもらえて自死へのストッパーになると考えています。

あなたが安心していきてきくことが出来る環境はどんな環境なのか。あなたがそれを望んだ時には一緒にお話しながら考えたいと思いました。

感想2

「今も昔もつらい」という思いを経験談にして伝えてくださって、ありがとうございます。

自分はお母さんを困らせているという気持ちがあるようですが、本当は自分がお母さんに困らせられているのではないかと思いました。お母さんは、お母さんの思い通りの子どもになることを強要してくる(直接的にそういわれていなくても、実際には思い通りにならないといけない)状況に見えました。だから、自分の心を持って生きることが許されず、あなたの心が行き場をなくしてとても困っているのではないか?と思います。

きっとこれまで生き延びるために、困らせているのはお母さんではなく自分だという考え方を身に付けたのではないでしょうか。子どもはいくら心を否定されても、自分の親は悪くないと信じてしまう、信じたい生き物なのではないかと思います。だから、簡単に考え方を変えたほうがいいと言うことはできません。

ただ、お母さんとの生活は自分の心を殺してくるものであることに、気づいていそうです。入院やカウンセリングを通して気づいたのかもしれません。自分の気持ちを少しずつ表現して、昔のつらかった気持ちや、今もつらい気持ちに気づくことができていることは、すてきだなと思います。

味方になってくれる人が「治療者」という立場の人しかいないことに虚しさを感じているとのことでしたが、死にトリのスタッフや参加者は、治療者でも支援者でも専門家でもない、この世界で生きるのがつらいと感じる一人の「人」です。

人は実際に自死を選べるんだと思ったと、書かれていました。けれども、実際に自死(未遂)をしてしまう人はそれを「選んだ」のではなく、心身を追い詰められてこの社会に殺された(殺されかけた)のではないかと、私は思います。

「殺すための心ならいらないし、心がない体なんて要らないと思う。」

そう感じるのはもっともだと思います。どうすれば心を殺さずに生きていけるような生活環境を用意できるのか、そのためにこの社会がどんなふうに変わればよいのか、一緒に考えていきたいです。