母への愛憎

東京都/20代後半/女


私は20代後半の女性です。地方の中流家庭に生まれました。
父親はサラリーマン、母親は専業主婦、それから姉と弟がいました。
私は昔からずっと母のことが怖かったです。

小学生のころ、父親が単身赴任で長く家を空けることになり、以降、父は家庭のことにはあまり関与しませんでした。それから徐々に、母の恐怖政治のようなものが始まり、私は死にたいという気持ちを抱くようになりました。

母は何か気に障ることがあると私たち兄弟を怒鳴りました。一度この状態になると、母が「もういい」と言うまで自室に戻りたくてもできず、かといって何かすると状況が悪化するので、その場でじっと耐えていました。一人がターゲットになる間は、他の二人はノータッチ。むしろ「○○は本当にバカよね」と悪口に協調させてくるまでもありました。そういうことが何度かあって、私は常に母の機嫌を損ねないように、上手く距離感を取ろうとしていました。

母を頼ろうとして、一度だけ悩み事を相談したこともあります。ですが、「で? 何が言いたいのか分からないんだけど」と返ってきたので萎縮してしまい、結局、それ以上は何も話せませんでした。

家にいても気が休まらず、あまりにも母との関係が辛くなったので、自殺を試みたこともあります。高校生の頃、紐をクローゼット内の衣服をかけるポールに引っかけて、足がついた状態で少しずつ首が締まるように体重をかけていきました。苦しさがなくなってきたころ、急に「死んじゃダメ!」という声が頭の中で聞こえました。幻聴が聴こえたのは初めてでしたが、おかげで死なずにすみました。

それからはずっと実家を出ることを目標にしていたので、一人暮らしができたときは本当に嬉しかったです。母は、機嫌を損なわない限りは優しくて、実害がありませんでした。だから、習い事もさせてもらえたし、高校時代は塾にも通えたし、大学に合格したときは喜んでくれました。

ところが、大学二年生のとき、母から「学費が払えない」と連絡が来ました。せめて半分は払ってくれと言われたので、バイトを増やして工面しました。その次の学期には、「次は全額払ってほしい」と言われました。弟の学費のこともあるし、家計が非常に苦しいと言われたので、仕方ないと思いました。ただ、現状ではとても用意できないと思ったので、風俗で働いて稼ぎました。そうして、次学期の学費を全部用意できたことを母に連絡すると、「ありがと~次もよろしくね~」という軽い返事が返ってきました。なんだか腹立たしくなり、ここで初めて父に連絡しました。風俗のことは伏せましたが、学費が払えないから大学を辞めたいことを電話で相談すると、それからは父が直接学費を口座に振り込んでくれました。正直、「え? 払えたの?」って思ってしまいました。今となっては、学費のことは払ってもらえるものだと思い上がって、金銭のことを事前に話し合わなかった私に非があるのですが、専業主婦の母がどう金銭を管理していたのか、父は何をしていたのかは謎ですし、怖くて確認する気もありません。

ここまで母を悪く書いておいてなんですが、私もダメな人間です。母に似てしまったのか、周囲には大変申し訳ないことに不機嫌で人をコントロールしようとする癖がありました。そのため、大変嫌われましたし、今でも友達が一人もいません。

私は現在、実家から遠く離れたところで生活しています。結婚もしましたが、母を含めた家族には知らせていません。彼らとは「死ぬまで会わないだろうな」くらいの気持ちでいますが、母からは今も連絡が来ます。最近だとコロナは大丈夫かと心配されました。

振り返ると、常に「母・私のどちらが悪いのか」を考えていた人生でした。

私は母の言動を一生許さないし、謝って欲しい。だけど、その一方で母は悪くないのではという思いもあります。当時は分かりませんでしたが、育ち盛りの子供三人の面倒をたった一人で見るというのは本当に大変ですよね。母を怒らせているのは自分のせいで、そのなか愛情をくれていたにも関わらず、それを捻じ曲げて受け取ってしまっている自分はなんて醜いのかと、思うこともあります。

こんなことをずっと、ずっと考えてきたのですが、もう辞めたい、意味がない、そう頭の中では理解しています。私は今が幸せなので、過去にこれ以上囚われたくないのです。

ですが、日常のふとした瞬間に「あんたは可哀そうな目をしている」と罵られたことや、寒い日に家に入れてもらえなかったことや、食事を目の前で捨てられてゴミ箱から拾って食べたことなど、悲しい気持ちがフラッシュバックしてしまい、死にたくなります。いつか思い出さなくなる日は来るのでしょうか。

感想1

経験談を投稿いただき、ありがとうございます。

お話にある通り、母という身近な人に恐怖を覚えていたら安心できる暇はないと思いました。また、一緒に住んでいる以上、距離感の取り方も相当難しかったのではないかと推察します。

身近で味方であってほしい人に悩み事を相談できない状況は、しんどくなってしまうと思いました。また、安心できる居場所がなくなることは、頑張るための土台がなくなるようなことと同じような状況かと考えます。そういった中で、一人暮らしをされて学費を工面されていてものすごく頑張る力のある方なのだなあと思いました。

文章中に、「母・私のどちらが悪いのか」というお話がありました。誰が悪い、とするのはなかなか難しく、もしかしたら誰も悪くないかもしれません。ただ、文章を読んでいて、少なくとも投稿者様が悪いようには私には感じられませんでした。詳しい状況がわからないので何とも言えませんが、母親ももしかしたら頼れる人がいなくて不安を抱えていた、とかがあるかもしれないと思いました。だからといって恐怖政治のような状況にしてしまうのが良いとは思えないので難しいですが……。

今回はずっと頭の中で考えていたことを文章で表現していただけたのかな、と思います。もしかしたら、言葉にすることで心が軽くなることがあるかもしれません。機会があればまたお話しを聞かせていただきたいなと思いました。

感想2

自分自身が感じていることを見直して、相手の立場に(この場合は母親の立場に)立って考えていて、すてきだと思いました。相手の立場に立って考えることは、言うほどにかんたんなことではないと思うからです。

「どちらが悪いのか」、この問いにはなかなか答えが出なそうです。想像してみて、むずかしいと思いました。多くの場合「いいところ」と「悪いところ」は共存することができるからです。というよりも、いろいろな要素が重なってひとつの事象が存在すると言えると思います。

同じように「母親が怒っている」という状況があるときにも、それはほとんどの場合、たくさんの理由が重なって起きたことです。たとえば「子供が悪いから母親が怒った」という単純なストーリーはわかりやすくて納得しやすいですが、実際にはさほど単純なものではなさそうです。だから、かんたんに結論づけて「完了」させるわけにもいかなくて、より過去のことを考えてしまうかもしれないと思いました(年齢を重ねるにつれて見えてくるものもあるでしょうし)。

「恐怖政治」のなかですごしたたくさんの時間の記憶や、身につけた感覚は、体がそこを抜け出したあとになっても、残ってしまうものかもしれないと思います。

でもそのつらい状況をあとから振り返ったときに、自分のことだけでなく、自分の前にいた母親の状況も考えているあなたは、これまでにたくさんのことを考えてきた方なのだろうと想像しました。

文章を送っていただき、ありがとうございました。

感想を読んでのお返事

確かに、「ずっと頭の中で考えていたことを文章で表現した」というのはその通りだと思います。私は自分の経験をこの先誰にも言わずに死んでいくのかな〜と思っていたものですから、自分の文章を読んで頂いて、さらに感想も頂けて嬉しかったです。やはり、ずっと誰かに聞いて貰いたかったのだと思います。

私はふと思ったときに、過去の母親の言動について、「なんであの時あんなこと言ったんだろう」などと考えるのですが、昔のことなので事実と違う記憶をしている可能性もあるし、でも、だとすると私の苦しみは一体なんなのか……?と思考停止に陥ります。

「どちらが悪いのか問題」について、やはり、私は「母が悪」であってほしいと思っていて、それは、私には与えられるべき愛が与えられなかったという考えがあるのからなのかもしれません。では逆に「私が悪」だった場合、私はこれからどうすればいいのか……?とやはりこれも思考停止です。

やはりこの問題は難しいですね。正直、出そうと思って出る答えは無いと思いつつも、それでも答えを出すことを諦められない自分もいます。そんな自分をうまく宥めつつ、どうにか年齢と経験を重ねた未来の自分がどこか良い方向に思考を連れてってくれないかな〜と思いました。