「でもあなたは恵まれてるよ」


私は金銭的に裕福な家庭です。それ故、何を吐露したところで「でもあなたは恵まれてるよ」という言葉が必ず返ってくることを知ってから、誰にも吐露ができなくなりました。自分の人生の一部分しか知らない人間から「でもあなたは恵まれてるよ」と切り捨てられて辛い思いをしている人は、たくさんいると思いますが、どうかどこかでガス抜きをしてほしいです。私はこのレポートでガス抜きをします。

いまようやくカウンセリングに通い始め、なぜ生きていくのがつらいか考えるようになりました。まず、私は20代の引きこもりです。ほぼ引きこもっていて、たまに出かけるくらいです。何か自分のためになることをしなければ、そう思っても、そんなことをする意味があるのだろうか、どうせ死ぬのに。こんなに死にたいのに、早く消えてしまいたいし、何も考えたくない。何も頑張りたくない。気力はいつ湧くのだろう。その繰り返しです。

実家に引きこもって、親から毎月5万円もらっています。ほら、恵まれているでしょう。こんな状況、知り合いなんかには口が裂けても言えません。どうしてこうなったのか、過去の記憶を遡ってこの機会に書いてみようと思いました。


事の発端は母親の別居でした。小学生高学年の頃、突然母親が家から消えました。小学生の私にとって、生活の指針はほぼ母親と言っても過言ではなかったので、それは大変なことになりました。何故母親がいないのかと父親に説明を求めて大喧嘩する毎日で、お風呂さえ疎かになり、小学校で何か臭くない?と言われたのを今でも覚えています。これのにおいじゃない?と手に持っていた絵具を相手の鼻に近づけたのも明確に覚えています。

父親と言い争いを続ける日々でしたが、やがて、どうやら父親の言い分では「母親は頭がおかしくなった」ということでした。つまり、後に精神的病にかかっていたことを知るのですが、その当時はよく理解していませんでした。頭がおかしくなったと聞かされていたものの、別居先から夕飯だけ作りに来る母親は変わらぬ母親のように感じていましたが、後に知ることになります。

その頃から弟が不登校になりました。家庭でのストレスと、学校でのストレスが重なり耐えられなくなったのだと思います。それに並行して、父方の祖父が毎日のように自宅に通ってくるようになりました。父親曰く、家事のサポートや不登校の弟への勉強のサポートでした。

家に帰ると、弟の部屋から怒号が毎日のように聞こえました。「なぜやれといったものを、やっていないんだ!」「なぜこんなものが分からないんだ、この馬鹿者が!」祖父の大声と、弟のすすり泣く声が聞こえました。リビングのテーブルを見ると、手書きのA4用紙が数枚、ホッチキスで止めて置いてあります。祖父が持参したものについて、家の中で気になった点、私への指摘や叱咤が書いてあります。それを全部読んで、項目をチェックして、サインをしないと翌日に怒鳴られます。だから毎日、サインをしました。社会不適合者だとか、こんなことも出来ないんじゃ人間失格だとか、なにが書かれていてもサインをしました。懐かしいなあと思います。それが、両親の離婚が成立するまで10年以上続きました。

何度か父親に助けを求めても、変わることはありませんでした。祖父が来るのは非常にストレスだ、どうにか来る頻度だけでも減らしてほしい、とストレスで爪で引っ掻きまくった手をえぐりながら泣いて訴えました。たしか小学生の頃です。「1回来ると決めたら祖父を説得するのは難しいから」と父親は取り合いませんでした。単に、感情の起伏が激しい祖父を説得させる労力を避けたかっただけなのだと思います。その頃から、周りの大人の親戚に、祖父についてのストレスを少し打ち明けたところで、誰も助けてくれず、祖父はああいう人だから止められないよ、「でもあなたは恵まれてるよ」とだけ言われました。だから今後親戚に何か頼られることがあったとしても、一切助けないと今も胸に誓っています。

そんな状況でしたので、中学生の頃は心が傾く方向は母親に偏っていました。母親を悪く言ったり、病気になったと言う父親サイドに嫌悪感を持っていました。夕飯を作りに来る母親はいつも通りに見えたからです。母親からは父親の愚痴や悪口を聞かされ、共感する日々でしたが、ある日母親からメールが届きました。「会ってほしい人がいる」と。

ある夜、母親はその人を連れてきました。ボーイッシュな見た目の女性でした。20代くらいに見えたので、友達にしては年齢差もあり、共通点も見当たらず頭の中ははてなが浮かびました。そんな中、一緒に鍋をつつき始めました。お茶いりますか、と声をかけると、その女性は持参した2Lペットボトルをラッパ飲みし始めました。呆気に取られている私に、母親は「こういう人なの」とだけ言いました。なんだか気まずくて自分の部屋に戻ろうとすると、勝手にその女性がついてきました。その日買ってきた少女漫画雑誌を手に取った瞬間、その女性は嘲るように言い捨てました。「うわぁ、まだそんなの読んでるんだ。」

母親とその人が去った後、母親から「どうたった?」とメールが来ました。どうしようもない憤りを感じながら「あの人嫌い」とだけ返すと、「別にあの人は恋人でもなんでもなくて」とよく分からない返事か返ってきたのを覚えています。ああ、正常ではないのだとその時に気づきました。後に分かったのは、父親から貰っているお金で、同性愛者の若い女性(ヒモ)に貢いでいたという事実です。

そんなこんなで中学生になった私は、家庭内のストレスと、中学校の環境の変化のストレスで、不登校になりました。たまに相談室や保健室に行くか、家にいるかの日々でした。父親に言われたひどい言葉を教師の前で吐露すると、また聴き慣れた「でもあなたは恵まれてるよ」と言われました。大人の言う恵まれているは、きっと金銭的な面なのでしょう。すべての状況を切り捨てて、お金に恵まれた環境なんだから文句言うな、と遠回しに言われることに気づき、大人に相談することはなくなりました。

その後、どうにか自分を変えたいと思い、高校は3年間を通うことが出来ました。同年代とどう関わったらいいのか分かりませんでしたが、何となくキャラクターのポジションを掴むことができたのです。それによって、こいつならイジってもいい、という立ち位置になったのは苦しい部分もありましたが、上手くいっていました。

大学の推薦先を考えるとき、将来のことを初めて考えましたが何も浮かびませんでした。その時すでに、死にたいのにこの先を考える必要があるのか?と思っていたので、言われるがままの進路を、深く考えもせずに選択してしまいました。

大学に入学すると、また新しい人間関係や独特の空気が漂っていました。男性の比率が多い中、私は最初から厚い壁を作っていました。なぜこの学問をしようとしたのかも分からず、恋人を必要としない私に対して囃し立てて相手を宛がおうとする環境も耐えられなくなっていきました。反吐が出るほど恋愛に対して嫌悪感があったのです。

1授業もサボらず通っていたあるとき、1度ぷつり何かが切れてとある授業に行けず、そのまま戻ることはできませんでした。

それと同時期に、両親の離婚が成立し、毎日通っていた祖父が来なくなりました。来なくなったきっかけは笑えます。父が、「迷惑なんだよ!くるな!」と祖父に怒鳴ったのです。今更なんなんでしょう、私は10年前に求めていたのに。そもそも、来てもらって子どもの相手を任せていた相手に、最後にその言葉で終わらせる父にまた失望しました。

また同時期に、別居の発端を知ることになりました。母親が不倫をし、そのメールを見た父親が問い詰めたのが発端だったそうです。ぼんやりとしか覚えてませんが、私も見知った人でした。実にくだらないですね、結婚というものは。

そのまた同時期に父親に隠し子がいることが分かりました。小学生だそうです。私が頼る先もなく苦しんでいるときに、父親はちゃっかりと心の支えの女を見つけ、さらには避妊もしてなかったとは驚きました。その時、ふと、昔父親のカバンからこぼれ落ちていたコンドームを見つけたことを思い出しました。実にくだらないですね、結婚というものは。当然ショックだったので、隠し子について聞くと、何も悪いこととは思っていないの一点張りで疲れたので、追及することもやめました。


このように同時期に色々と発覚したことが多くて、キャパオーバーしたのでしょうか。それとも、私自身が怠惰で能力もなく社会不適合者だからこうなっているのでしょうか。

それから今まで、引きこもりは3年続いていて、毎日死にたいと思っているに至ります。死ぬに至れていないのは、本当に根性がないのだと自分が嫌になる日々です。あの頃、言い返せれば、もっと強かったらと後悔したり、過去の嫌な思い出が毎日無限に思い出されます。家庭環境のせいにして、「結局は自分が愚かでおかしいだけなんだ、サッサと死ねよ」と頭に浮かんで眠れなくなったりします。それから逃れるために集中力も意気込みもいらず、気を紛らわしてくれるスマートフォンに逃げます。本当に馬鹿みたいな日々を過ごしていますが、意味もなくスマホを見ていたからつらチェックを見つけて、こんな長ったらしい文章を集中して書いてるのだと思うと、すべて無駄ではなかったと思うんです。思いたいだけですが。

これを読んでくれた方が、何か相手に羨むところがあっても「でもあなたは恵まれてるよ」で切り捨て、相手を苦しませることがなくなるよう願います。

感想1

経験談を投稿いただき、ありがとうございます。

他者の勝手な基準で判断された「恵まれているよ」という発言、これでは本当に切り捨てられたような、何も考えてくれていないような気持ちになると思いました。それでは誰にも吐露する気力がなくなって当たり前だと思います。そして、度重なる家族内の問題発覚に心が限界を迎えてしまったのではないかと考えました。

文章中でおっしゃられていましたが、確かに家庭の経済的な面に注目して「恵まれている」と評することも多いかもしれないと感じました。単純で分かりやすく感じられる条件のような気もするので……。そしてそれがフィルターになってしまって、踏み込まないと見えないところまでは誰も見てくれないのかもしれないと感じました。

自身は大変な状況にあるのに、そのつらさが他者に伝わらないといった経験は、私にも覚えがあります。表面的なところだけを見て本質を見ようとしない、そうなってしまうのは周りにも余裕がないからだろうか、と思ったことがありました。祖父のことについて親戚に相談したが取り合ってもらえないという話で、これはもしかしたら周囲の人たちも気力、エネルギーがない状態だったのかもしれないと感じました。たまたま、周囲に話を聞いてくれたり理解をしてくれる、踏み込んでくれる人がいなかったのだろうかと考えると胸が苦しくなってきます。

私は、このサイトを見つけてくださって、お話もしていただけてとてもうれしく思います。話すことで、心が軽くなったりすることもあると思います。また、この場所であれば、身近な環境よりも踏み込んでお話ができたり、理解しあえることがあるかもしれないと思います。もし機会があればまた是非お話ししていただければと思います。

感想2

経験談を投稿してくれて、ありがとうございます。断片的な情報から「でもあなたは恵まれてるよ」と決めつけられる、頼ろうとしても頼れなかったという経験の1つ1つが、あなたの気持ちや気力を封じ込めているような印象を受けました。知り合いにはいえないとのこともあったので、恐れ多いですが、できるだけの感想を書かせてもらいます。

小学生の頃の両親の離婚をきっかけに(もしかするとその前から)、子どもではいかんともしがたい、大人の事情や都合の影響を受けてきたのだなと推察します。周りの大人たちにもそれぞれ何か理由はあったのでしょうが、そのせいで自分一人では生活できない子どもがそれだけの苦労をしなければならないというのは、とても理不尽だと感じます。

祖父さんからのかかわりは、人間としての尊厳を傷つけるものだったのではないでしょうか。祖父さんの取っていた手法は、あなた自身に(どう考えても不当な)指摘や叱咤を認めさせるように仕向ける、本当に良くない仕組みです。どれだけそれがおかしいことだと気づいていても、自分はそのとおりの人間だと感じてしまいそうです。

両親の生々しい恋愛事情や、それが直接的にも間接的にも露見することは、あなたにとって恋愛を嫌悪するのに十分な理由になるだろうと想像しました。今の世の中には、(特に異性の)パートナーがいるべきという根強い価値観が存在しています。その価値観をなんの違和感もなく信じてかかわってくる人間が、あなたにとっては非常に苦痛なのだろうと思います。そういった価値観を疑うのは大学では重要なのでは、と個人的には考えていますが、残念ながら無批判かつ無意識に信奉している人たちは多いです。

それだけの経験の記憶や影響があれば、逃げたい・死にたい気持ちが湧いて当然だと思います。また、逃げたり気を紛らわせたりするために、どうして生きているのだろうと考えるような生活を送るのも不思議ではありません。ただ、あなたに原因があったわけでもなく(あってもですが)理不尽にそれらを経験してきたあなたが死にたくなるのには、もどかしい気持ちです。この経験談を読むと生きてほしいなんて言えませんが、あなたが死ななければならない社会ってなんなんだろうと憤りを感じます。この経験談を読んで「でもあなたは恵まれてるよ」なんて思いませんでしたし、読んでくれる方々も思わないだろうと予測します。相手のことを想像せず、決めつけで「でもあなたは恵まれてるよ」と言ってしまうことがいかにその人を傷つけるか、あらためて考えさせられました。