生きることは義務なのか

神奈川・21歳・女


21歳女性。
2019年11月鬱病と診断された。
それから死にたいと考えるようになった。
何故と自分と向き合っても色々な感情が巡って一言では言い表せない、でも、だから、死にたい。
そしてこの間元彼に男が好きだと言われた。
もう一度って頑張るチャンスさえくれない。
頭では理解し納得しても心はついていけない。
彼は自分と向き合って自分を認めて男が好きだと気づきその感情を認めた。
だから私は彼を否定してはいけない。
彼を尊重しなきゃいけない。
そう頭では理解していてもなんで、どうしてって思いがループして整理がつかない。
それとは矛盾して私が付き合う女性の中で最後の存在になれたと思う自分もいる。
だけどまた矛盾してなんで私だったのかもっと早く気づいていたら好きになることも付き合う事も苦しむ事もなかったのに。
そうした矛盾が頭の中を駆け巡って正常な判断が出来ない。
そしてまた死にたくなる。
でも死んだら母が悲しむ。
母は自分のせいだと狂う光景が目に浮かぶ。
だったらみんな死ねばいい。
家族を殺して私も死ねばいい。
昔から家族が仲がいいとは言えなかった。
私がそう感じてたのかもしれないけど。
だけど川の字で寝ていた幼稚園の時に戻れたら。
妹といつも母の隣を奪い合って結局母は真ん中で。
寝れなかったらとんとんってしてもらって。
あの時のようにまた寝よう。
ちゃんとあの時の並び順で死のう。
仲良く手を繋いで。

なんて考えてしまう自分が恐怖。
人が恐怖。
死にたいと考えるよりも恐怖。

生きていなきゃいけないと思ったその日から心が死んだ。

感想1

元彼さんが男性を好きだと言ったことに対し、受け止められない気持ちでいっぱいになっているのだなと推察しました。元彼さんを尊重しなければならないが、そのために自分の気持ちを抑えなければいけないと、なかなか気持ちの行き場がないのではないでしょうか。

どんな経緯があったのかはわかりませんが、その方はあなたにとって重要な存在だったのですね。幼稚園のころを幸せな記憶として思い出しているということは、それからの人生はつらいことが多く、苦しかったのではないでしょうか。そんな中で、元彼さんは心の支えになっていそうです。そのあたりも、もう少し聞かせてもらえるとうれしいです。

文章に感情のエネルギーを強く感じます。1人でその感情を抱えるのは大変そうなので、だれかに話してみてほしいです。リアルで話せそうな人がいないなら、死にトリで話してみたり、SNSや電話での相談も活用してみたりするのはどうかな、とおせっかいに考えました。

感想2

経験談を投稿してくださって、ありがとうございます。「生きることは義務なのか」…、私は、そうではないと思います。生きることは権利であり、義務ではない、と考えています。権利は自分たちが主体として掴み取っていくもので、義務は他者から強要されるものというイメージです。

「生きていなきゃいけないと思ったその日から心が死んだ」ということでしたが、どうして「生きていなきゃいけない」と思った(思わされた)のでしょうか?「その日」はいつだったのでしょう?鬱病と診断されたことが「生きていなきゃいけない」と思うことに、どう繋がっているのかなど、もう少し詳しくお聞きしてみたいです。

おそらく、生きることを義務のように感じるのは、「死にたい」「生きていたくない」という思いがあり、でも死ぬこともできないからではないか、と想像します。

死んだら「母は自分のせいだと狂う光景が目に浮かぶ」、ということから、母は子どもに対して過剰な責任感を負っているのだろうと思いました。過剰な責任感は、あなたのためにも母のためにも精神的な負担となりそうです。そのような負担を負わせているのは、子育ての責任を母親に過剰に押し付けている社会なのではないかと思います。

色々な感情が巡って言葉にできなくて、「死にたい」と思うのは理解できます。この社会では、珍しいことではなさそうです。そもそも人間の感情はとても複雑なので、言葉にできないものの方が多いのではないかと思います。「死にたい」は、なんとか気持ちを表現しようとした結果なのだろうと思いました。

また、良いとは言えない家族関係の中で育つと、自分の感情を素直に出すことが難しく、人と接するのが怖い気持ちが、常にあったのではないでしょうか。そうしたなかでも今回、こうして思いを伝えていただけたことをありがたく思います。

感想3

経験談を投稿いただいて、ありがとうございます。元彼に男が好きだと言われたという衝撃的な事実、とてもつらいと思います。簡単に整理がつく問題ではないと感じますし、思考がぐるぐるしてしまうのも致し方ないと感じます。ゆっくり考えて、少しずつ受け入れていく、そういった形で大丈夫だと思います。

後半では、母のことが語られていました。母を失望させたくない、という強い感情が伝わってきます。家族と仲がいいとは言えないとしながらも、幼少期に母との大事にしたい大切な思い出があるのかなと読み取りました。最後のほうに昔のことを思い出してしまうことが恐怖、とありました。昔を思いだすことで、今との比較をしてつらくなってしまうのでしょうか。個人的には、つらいときに過去のきれいな優しい記憶を思い出して、戻りたいと思うこと自体は悪いことではないのかなと思います。

また、過去だけに求めずとも、つらい思いを話せて共感してくれる人がいる場所があれば、少し心が軽くなるのではないかとも感じました。そこで、死にトリの場所を今後も活用していただけたら嬉しいなと思いました。

感想を読んでのお返事

感想1に対して
元彼に対しては徐々に時間が経つに連れて気持ちも落ち着いてきています。
ですが鬱病の事や家族の事など私の話したくない陰の部分も知ってる数少ない人なので縁を切りたくはないです。
なので今後は分かり合える数少ない友達(のくくりにしていいかわかりませんが)になりたいなと思っています。
また彼も難しい恋愛をこれからすると思うので女ではなく1人の人間として何でもはなせるような関係を築いていけたらいいなと思います。
また、感情のエネルギーを強く感じますと言われてますがこれを書いた時は本当にどこにぶつけていいか分からず、字で言う殴り書きのような感じで書いたのを覚えています。
泣きながら過呼吸になりながら今ある全ての思っていることを書きました。
ここに吐き出す事が出来て良かったです。
感想ありがとうございました。

感想2に対して
「生きていなきゃいけないその日に心が死んだ」の「その日」とは私が1人じゃない誰かと繋がりのある人間だと改めて思い知らされた日です。
例えば今私は21ですが死にたいと思ったのが50だったら、70だったら、もう両親が死んでいたら、私が死んだら悲しいと思う人がいない状況だったら死んでいたのかもしれません。
人との繋がりは時に自分を苦しめ誰かを苦しめ断ち切ってしまいたいものだとも思いますが、時には自分を励まし希望を与えてくれるものだとも感じています。
そして私も誰かを励まし希望を与えられる人でありたいと今では思えることも出来ています。
これから先また死にたいと思うことがあった時、その時はやはりここに書いた時のような気持ちになってしまうと思います。
ですがまたそれを乗り越えさせてくれるのも人の繋がりではないかと思います。
また頼らせて貰うことがあるかもしれません。
その時はよろしくお願いします。
感想ありがとうございました。

感想3に対して
元彼に対しては感想1を下さった方にも書いていますが徐々に気持ちが落ち着いて来ています。
ここに書いた時はもう無理吐き出したいなんでもいいから言葉にしたいと言う気持ちで書きました。
お互いにお互いの事を知らないここだからこそ今まで思うことなかった自分の怖い感情やなんでこんな事思ってしまうんだろうと言うこともここでは話せています。
ですがそれを人に知られるのは、私をさらけ出すのは怖いとまだ思ってしまいます。
そして私自身もその感情と向き合うのはまだ怖いです。
徐々に自分の周りの環境を変えていく上で私をいい方向に変わっていきたいなと思っています。
感想ありがとうございました。