信頼できる人間の欠如

20代/男性


死にトリのつらチェックを受けてみて、そういえばそうだったな、と思った部分があり、診断結果からレポートのサジェストをいただいたので軽い気持ちでこのレポートを書いています。心当たりがあった、というよりも、結果を読み思い出した点と点がつながった、という方がより正確ではあります。

たしかに私には生まれてこの方、社会人として数年働くまで、およそ信頼できる人間というものはいませんでした。環境的な要因もありましたが、自身の能力不足や性格による部分もありました。もしこの文章が誰かの目に触れたとしたなら、これから書く私の境遇はそこまでひどいものではなくむしろ恵まれていた、とあらかじめ断っておく必要があります。虐待もネグレクトも受けていません。母は私を愛してくれていました。本当に絶望的な状況で生きてきたわけではありません。ありませんが、それでも、辛いものは辛いのです。ご容赦ください。

3歳で片親になったのち、5歳から保育園に預けられるようになりました。友達はできず、一人で浮いていました。その後幼稚園へ移されますが、ここでも似たようなものでした。それどころか、かなり暴力的になっていた記憶がおぼろげにあります。しかしながら、体も大きくなく、運動神経も悪く、コミュニケーション能力も低い、そんな子どもでしたので、今思えばただのイキりにすぎないものでした。

ガキ大将的な同級生からは小学校に上がったあたりからいじめられるようになります。いじめられている、といってもこれは私の主観で、客観的に見ればスクールカースト最底辺がまるで自分が最上位であるかのようにイキり散らしているのが少々鼻につくので、おもちゃ程度にからかったら案外面白かった、という程度のものでしょう。現代の社会生活では基本的にコミュニケーションと呼ばれるものです。とはいえ、当時の私にとってはまぎれもなくいじめでありましたが、先生は助けてくれず、母も毎朝学校に行きたくないとぐずる私の後襟を掴み、2階から文字通り引き摺り下ろし、玄関先へランドセルとともに投げ捨てました。3年生になった頃でしょうか、1ヶ月ほど不登校になっていたようです。高校以前の記憶はほとんどが薄れてきているので判然としませんが、記録を見る限りそのようです。

その前後の時期からだったと思いますが、3人いた友達の1人がいじめられるようになりました。こちらは私の場合と違い、客観的に見てもいじめでした。私は彼との連絡係を先生から言い渡され、休んだ日のプリントを届けることや保健室への付き添いなど、細々と世話をしていたようです。中学に上がっても同じでした。ここは記憶にありまして、世話係に疲れた僕は途中で彼と関わることの一切を止めました。無視もいじめですから、当時僕は彼をいじめる側に回りました。そして彼は学校に来なくなりました。定時制の高校に進んだと風の噂で聞きましたが、詳細は知りません。葬式の噂は耳にしていませんので、恐らく生きていると思います。今思えば彼も僕も自閉症的、ADHD的な傾向のある気風の人間でしたから、いたずらするにはちょうどよかったのかもしれません。あくまで傾向ですから、当然本格的な支援が必要なケースとは違います。そういう性格、で括れるような次元の話です。

幸いそこそこ勉強のできた私は高校では県下3番目くらいの進学校へ進みます。ここではひたすら部活に打ち込みます。顧問の先生は、ここの部員は友達ではなく仲間であり、苦楽を共にする存在だと言っていました。私はそう思ってはいませんでした。私が中学で友人を裏切ったように、小中高とクラスメイトが私の失策をあざ笑うように、部活の先輩が私に高圧的に接するように、他人は信じるとか、そういうものの対象たり得ないのだとどこかで考えていました。誰かの弱みを知った人間はそれにつけこまずにはいられないのだろうと。先生方は大変外面のいいことを言いますが、学校中にいじめは存在していましたし、それをどうすることもできていませんでした。そんな訳で、私は自身が他人に不誠実であったことをきっかけに、他人に怯える日々を過ごしていました。

そんな内に母親は鬱になり、兄は大学で遊び呆け借金を作り、元父は金がないと言って養育費を振り込むのを止めました。高校から大学へ上がるうちに、姉も兄も就職後半年で鬱の診断を受け、仕事を辞めていました。姉が専門学校に通い始めたので母はその学費を工面し、大学で遊び呆け借金を作った兄は会社を途中で辞めたため車のローンも残り、合計100万ほど借金がありました。母はそれも立て替えていました。自分はそうなるまいと、必死に勉強し、旧帝前後のレベルの大学へなんとか這いずり回って入学しました。大学は奨学金を使いつつではありますが、生活費を全て自分で工面し、入学金以降の授業料は欠かさず免除の処理をし、仕送りも断り、母からの支援を一切絶って生活していました。

新卒で入った企業で2年ほど働きましたが、生きることが億劫になり、動悸などの症状が出たため心療内科を受診したところ、適応障害の診断を受け、休職の末退職しました。診断は貰いましたが、実際のところ、グレーゾーンだったと思いますし、症状的な部分も、自分の自堕落な性格が出ている部分がほとんどではあったと感じています。職場の先輩や同僚は、あいつが使えない、あいつは学歴はいいくせに仕事ができない、といった話をつまみに酒を飲むタイプの人間がほとんどでした。私は、ああ、そうですね、ほんとに使えないやつですね、なんておもねりながら、内心では社内の人間が陰で自分の無能を肴にしているのだと考えていました。実際仕事はできませんでしたので、強ち間違いではありませんでしたが。無能でしたので、取引先の方からてめえ、ぶっ殺すぞ、なんて脅されることもあり、それがストレスの一因でもありました。

休職期間に入ると、仕事の緊張すらなくなったことで無気力が増し、1日のうち12時間は酔ってたばこを吸うような生活になり、日によっては一人でワイン1本とウイスキー1本を空けて嘔吐して気絶するようなこともありました。アルコールパッチテストではパッチの周りの皮膚まで赤くなるほどアルコールに弱い体質であることを考えると、たしかにあれは多少危険だったなと思います。希死念慮がないわけではありませんでしたが、死ぬ度胸も未遂する度胸もなかったため、消極的な自殺としてアルコールとタールに走っていました。それも所詮死なない程度の依存に過ぎませんが。

休職後、退職の処理をしている間に金が底を尽き、堪らず兄に6万円ほど無心しました。たばこも酒もやめて、真面目に生きろと言われました。彼への借金は先日完済しましたが、今だに、母親も歳を取った、親孝行をしろ、お前がその程度の低次元でしか考えられない人間だとは思わなかったと定期的に連絡がきます。最初に借金を作り、仕事も続かず、親の金も私の数倍使い込み、勝手に転勤して母が住居を維持できなくなりかけた原因を作った人間が、どの口で言うのかとも思いますが、彼が私に言う言葉は何一つ間違いのない正論なので従っています。君が大学で失敗し、社会で失敗したために俺が節約した金額は学費と奨学金で1000万近い上、そのうち400万は返済金として俺に乗っているのに、君は6万円貸したくらいで他人の人格まで奪えるのかと、疑問がないと言えば嘘になります。大の大人にそんな低レベルな指摘は普通できないから、他の家族が言いにくい部分も含めて俺が言ってやってるんだろうが、とは彼の言ですが、主に生活の支援をしてくれているのは母ですし、その母に自分以上の負担を散々掛けてきた人間が、何故やってやっている立場なのかは謎です。少しのブランクの後、転職することができていますが、私は現状誰かの支援なしには生活できない身ですので、彼が望む人間矯正プランに従って生きています。無気力の症状もなくなりましたので、適応障害は治ったと思いますが、今も心のどこかでこのしょうもない、くだらない、無価値な人生が早く終わり、他人の前から消え去れることに期待しています。こんな文章が兄に見つかれば今度こそ見限られることは分かっていますが、書いているうちに止まらなくなってしまったため、明日から真面目に生きるための自身の供養と思って投稿しようと思います。小中高大そして社会人と他人に何かを相談したり打ち明けたり、信頼するという行為をしてきませんでした。これは家族に対しても同様でした。大学では気の置けない友人ができましたが、信頼できたなと感じたのは卒後3年ほど経った頃でした。つまるところ、幼少期から自身を信用できなかった結果、他人を信用できなくなってしまった、というのが私のケースです。長文の上、乱文なものですが、最後まで読んで頂き感謝致します。

感想1

経験談読ませて頂きました。私は、あなたの文章から怒りの感情を感じ、自分に降りかかる理不尽さへの怒りなのかなと思いました。

誰かに相談したり打ちあけたりしてこなかったとのことなので、湧き起こる感情を抑えて、自身の努力と思考で折り合いをつける術で生きてきて、その方法に疲れた時にアルコールで理性を下げたり、感情をマヒさせたりと依存が顔を出してきたのかなと想像しました。

信頼は、しようと思って簡単にできるものではなく、信頼できないのは自分にとっての安全や安心が無かったり足りなかったりするからと私は思うので、今あなたに信頼できる人がいるということは、そこに安全や安心があるからなのかなと思いました。

この経験談は、私にとって理不尽と信頼、信頼と依存について考える機会となりました。ありがとうございます。

感想2

経験談を投稿いただき、ありがとうございます。絶望的な状況で生きてきたわけではないとされていましたが、小学校でのいじめや、最初に勤めた会社でのストレスと退職、アルコール等への逃避、兄との関係性等、文章で表現してくださっている通り読んでいて私はとても

辛いように感じました。辛いものは辛いとおっしゃっているように、辛いは他者に定義されるものではなく、自身が感じるものがすべてではないかと個人的には思います。

小学校でいじめを受けていた時、先生も母親も話を聞いたり、サポートしてくれることはなかったということでした。辛いときに向き合ってくれないことの苦しさはとても大きなものだと思います。

中学時代にはいじめられていた同級生の世話係に疲れて無視をしてしまったとありました。確かに、対応に疲れることも状況によってはあるのかな、と思いました。その際、先生がその疲れている状況をサポートしてくれるなどすれば、同級生を裏切ったと感じてしまうことも防げたのだろうか、と考えました。

中学時代の経験をきっかけにして、また、相談や打ち明けるという行為をしてこなかったから他者を信頼できないとおっしゃっていました。ですが、小学校時代の話を考えると、もしかすると身近に自身を認めてくれたり丁寧に向き合ってくれる人があまりいなかったことも関連しているのではないかとも思いました。

【感想1について】

理不尽さへの怒りではないか、とのことですが、正直、そこまで大袈裟なものではないと思います。兄とのいざこざがちょうどあった時期だったので、文面に反映されているものとしては、彼への個人的な苛々が大きいと思います。ちょっとイライラしていたので、愚痴を書いた、くらいの気軽さで受け止めていただいて結構です。それと、誤解されるかもしれないので補足したいのですが、彼との関係はその辺の兄弟よりもよっぽど良好です。お互い、多少なりとも特殊な身の上ですから、助け合ってきた事実もあります。
また、恐らく、一読いただいた方はお分かりかと思いますが、私の思考の根底には自己責任論があります。ただ、自己責任でどうこうなる物事とそうではない物事がある、ということも意識はしています。

私の怒りが他にあるとして、それはどちらかというと、自己の能力で右にも左にも転がせる範疇の物事をどうすることもできない、自身の無力と無気力に向いていました。自分の感情に対して、努力と思考で折り合いをつけるということは、まさに高校の中頃から大学の初めの頃まで、日常生活で意識していたことです。元来、かなり短気な人間でして、試合や練習でのバッドマナーがかなり目立っていました。それを押さえるために、悪い感情だけを押さえるというのは難しいので、よい感情も押さえて、そもそも感情が動かないように、フラットになるようにしよう、それを競技中だけ実践するというのも難しいので日常生活から習慣化しよう、というのが当時の私の考えでした。

また、安心、安全が今の居場所にはある、ということですが、これについては肯定します。ありがたいことに信頼できる友人達は私を決して否定しませんし、困っていればいくらでも助けてくれます。傾注しすぎていて、むしろこちらが心配になるほどです。

【感想2について】

「辛い」には二種類あると思っています。精神的な辛さと環境的な辛さです。私が「辛いものは辛い」と言いたいのは精神的な辛さの方で、こちらはあくまでも感情がベースですし、本人が感じるかどうかにかかっていると思います。
厄介だと感じるのは環境的な辛さ、言ってしまえば辛い環境です。これは変えることができる部分を多分に含んでいると思います。つまり、他人が正論で突っぱねることができる部分です。死にたい人間が辛いと言うとき、精神的な辛さについては他者からも比較的寛容に受け止められると思います。しかしながら、環境的な辛さについては、それはこうできるでしょう、変えられるでしょう、君が動かないだけでしょう、となる可能性が高いと思います。ちょうど、私の兄が私にしていることです。鬱病や双極性障害の鬱相など、無気力の相に居る方にとって最も堪えるのが、恐らくこれではないかと思います。考えればわかる、動けば変わる、辛さもなくなる、なのに動けない、そして精神的に辛くなっていく、このスパイラルの一歩目が環境的な辛さにあると思います。

また、お世話係の件ですが、正直に申し上げて、あれは誰でも嫌だと思います。こればかりは当時の教師への怒りです。意味のない面倒事を押し付けられたわけですからね。自分の安全と友人との関係性を天秤にかけ続ける日々は、中学生ほどの時分の精神では結構嫌なものではないかなと思います。私は元々ちょっかいをかけられる側だったのでそこまで変化はありませんでしたが、特にそういうこともなかった方が突然そういった生活に馴染むというのは、少し難しいのではないかなと思います。人間は一度上げた生活レベルを落とせないとよく言われますが、学校内のカーストについても似たことが言えると思います。

他者を信頼できないことについて、自身に丁寧に向き合ってくれる、という定義も少々難しくはありますが、概ねその通りだと思います。

最後に、本題からは逸れますが、もし仮に、教師の方でこれをご覧になっている方がいらっしゃれば、児童や生徒をスケープゴートにしていじめをやり過ごそうとするのは是非やめていただきたいですね。いじめられている子どものサポートをその友人に頼むというのは、初めてのおつかいにキューバ危機を穏便に収めてこいと言いつけるようなもので、本質的に不可能なことです。まだ社会的な立ち回りも知らない子どもにそれを求めるのは残酷ですし、そもそも、それは貴方や貴女が果たすべき責任と義務を関係のない子どもに押し付ける行為であって、教育でもなんでもありませんし、職務放棄の一種です。やりたくないのであれば当たる相手は子どもではなく、政府や内閣府や文科省や教育委員会やPTAです。矛先を間違えないでいただきたい。

かといって、いじめなんて解決できる問題ではないことがほとんどです。もし解決できるのなら大人もいじめをしないはずなので。つまり、無理をしてご自身が病んでしまっても本末転倒です。きりのいいところで適当に上司に投げてしまうのが楽でしょう。その上司がその上の人間と責任の擦り付けあいを始めるか、あなたに擦り付けようとするのか、いじめが始まるのか、どちらなのかはわかりませんので助言はできません。似たようなことは教師以外の職場でも起きますが、教師や医師など義務のある方々だけがそういった事象から逃げられないというのも、可哀想なものだと感じます。

私の怒りはそれほど外部には向かっていないと書きましたが、思いの外、他者に向いているようです。訂正してお詫び申し上げます。