新しい人生を歩みたい 

神奈川県/21歳/女性


【前置き】
私は現在、大学4年生です。来年からは社会人として、親元を離れることができます。親元を離れることで、私の心境に変化は訪れるのでしょうか?

私は、みなさんのように非常にツラい環境で生きてきた訳ではありません。親に愛されることはありませんでしたが、金銭的不自由もなく、健康で、学歴も高く、周囲には羨ましがられるくらいです。しかし、親に愛されなかったことが原因で、家族に対する復讐心が強く、また自己肯定感が薄いです。


【私の父】
私がまだ幼稚園生だったとき。父の軽い暴力(骨折などしていません、ただ強く叩かれるだけ)を含む教育方法は、私にとっては少しツラいものでした。ただ、そのとき母は私にこう言いました、「パパが機嫌悪いときに近付いちゃダメでしょ」と。このとき私は直感的に“自分の夫を愛していない母はおかしい”と思いました。ですが、私は母の言う通りにして、父とはほとんど接触せずに大人になりました。父とは楽しい思い出が無く、叩かれた記憶しかないので、今でも父に近付くことが恐怖で、怖くて包丁で刺してしまいたい気持ちになります。

【私の母】
母は、母らしからぬ人でした。家事も掃除もほとんどしません、いつもスマホゲームに没頭していました(父が母を嫌うのも当然ですね)。私が小学生の時は、毎日カップ麺を食べていた記憶があります。その頃、学校では家庭科で「食べたものが、自分の身体を作るんですよ」ということを学んでいたので、“毎日カップ麺食べてる私は、骨が脆いのかなぁ?”なんて思っていました。もちろん私は至って健康で、むしろ運動神経は高く、運動会では毎年リレーの選手に選ばれていました。それでも、私は母らしからぬ母が嫌いでした、社会的役割を全うせず、怠惰に過ごす母が嫌いでした。離婚してしまえば良いのに。

【私の姉】
私が幼稚園〜小学校低学年の頃は、姉との関係は良好でした。いつも姉と一緒に遊び、私は姉が大好きでした。そんな姉が、中学生になった頃から、良好な関係は崩れていきました。姉はいつも私に「〇〇持ってきて。△△買ってきて。私がテレビ見るんだから退いて。」という冷たい態度を取るようになりました。今思うと、姉も反抗期だったのかもしれませんが、当時の私には理解が追い付きませんでした。そして私が中学2年生のとき、姉が私の見ていたテレビのチャンネルを勝手に変えたのです。本当に小さなことがキッカケでした。その瞬間、私は“昔はいつも一緒に遊んでくれたのに、どうしてそんなに冷たくなってしまったの?”という裏切られたような気持ちに満たされ、初めて無言の怒りを姉にぶつけました。姉も私の異変に気付き、それから数時間後に私に謝罪しに来ました。でも私は許すことができませんでした。優しかった姉と、冷たい姉のギャップに耐えられなくなった私は、“こんな悲しい気持ちになるくらいなら、最初から親しい関係など要らない”と思ってしまったのです。そうして私は、他人に心を閉ざすようになりました。それ以降、姉とは一切の関わりを持っていません。


【私】
恵まれた環境にいながら、他人を憎む自分が嫌いです。でも、家族とはもう到底復縁できそうもありませんし、私も復縁は望んでいません。母も、私とは「偽物の関係でいい」と言っていました。

家庭内ではネガティブの塊のような私ですが、学校などでは性格が真逆で、むしろ華やかな学生生活を送っている自覚があります。人前では、ネガティブな自分を徹底的に隠しているわけです。ときどきそのギャップに疲れますが…(明るく振る舞うのが疲れるのではありません。過去に縛られ、いつまでもネガティブな自分に疲れるのです。)

両親を憎み、生まれてきたことを後悔しながら生きてた私にも、転機が訪れます。大学2年生のときに彼氏ができました。彼からは、今まで出会ったどんな人とも違う、純粋な優しさと好意を感じました。そこで私は、生まれて初めて、他人に自分の家庭事情を(ネガティブな自分を)打ち明けました。もちろん彼は、理解してくれました。
でも、そのせいで問題も増えました。私が彼に依存してしまうという問題です。もともと自己肯定感が薄かった私は、生きる理由を全部彼に押し付けてしまうようになりました。例えば、彼が楽しそうに将来の夢を語っていると、私は不機嫌になってしまうのです。“私にはあなたしかいないのに。あなたは広い世界で生きていて、羨ましい、妬ましい。”という感情が生まれてしまいます。原因は、恐らく私が自立できていないから。彼に依存し、自分で自分の人生を歩もうとしていないから。
何度か喧嘩を繰り返しますが、優しい彼はいつも私を許してくれます。彼の優しさに、私も甘えているのかもしれません。

でも、私は本気で自分を変えたいと願っているのです。人の幸せを肯定し、自らも幸せを願い、生きるために生きたいのです。それなのに、いつまでも自身を肯定できない自分がいます。私は過去から解放され、もっと自由に生きたいのに、いつまでもネガティブな自分が私を苦しめます。自分自身と戦うのは、とても苦しいです。でも、いつまでもネガティブな自分と一緒にいるのは、もっと苦しいような気がします。早くさよならしたいのです。

彼に依存せず、自立する手立てがほしいです。彼に酷いことを言ってしまう自分が嫌です、素直に彼の幸せを祝福したいです。どうすれば私はネガティブな自分から切り離され、ポジティブな自分になれるのでしょうか。家族のことは、もうどうでも良くなりました。私は過去から切り離され、新しい人生を歩みたいのです。

感想1

経験談のご投稿ありがとうございます。よく整理されていて、文章表現が得意な方なのだろうと感じました。

経験談を通して「ネガティブな自分」という表現が多く出てきましたが、あなたにとって「ネガティブ」と「ポジティブ」の基準や境界線はどんなものなのだろうと気になりました。

ネガティブなのは、これまでの経験の記憶や感情といった持ち物であって、自分そのものや性格がネガティブというわけではないのではないか、と私には思えました。

いま、「自立できていない」という課題を感じているようですが、身近で信頼できる大人に出会う機会がなく、人前でネガティブなものを隠していれば、「自立したくてもしきれない」のではないかと想像します。そのなかでも、自分の課題に気づいて向き合っていることに、自分の人生を歩もうとする強い力を感じます。

また、「自分を肯定できない」ことも課題だと思っていそうです。私は、必ずしも自分を肯定しなくてよいと思います。そもそも「自分を肯定する」とは何なのか、よく分かりません。

それと、自分の課題に向き合うと同時に、社会の課題にも一緒に考えてみたいと思いました。経験談に書かれていたことは、家族や社会の問題も深い影響を与えていると思うからです。彼や他の人の力を借りないことが「自立」なのではないと思います。たくさんの人とお互いに、自分の持ち物を隠すよりも分け合っていけるような関係を持てると、何か変化が訪れるかもしれない…と思いました。

感想2

とても言語性が高く、自分自身についても、他者や他者との関係についてもこれまで深く掘り下げ、自身の問題や成長について真剣に取り組んできたからこその文章能力を感じました。

冒頭部分の、親に愛されなかったが、特別辛い境遇ではなかった、という表現が気になりました。母親が一日中スマホゲームをいじっていて毎日カップ麺を食べている生活が、つらい境遇ではなかった、と感じてしまうくらいその生活はあなたの中で当たり前になってしまったのかな、と感じました。社会人になることで、愛されなかった家族から離れる、家族のことはどうでもよくなった、そして新たな人生を歩もう、自分を変えよう、とされていること、そこまでたどり着くまでに様々な思いがあったでしょうし、相当な努力もしたかと思います。

お話を伺っていると家族のことはどうでもいい、というのは、「家族に変わってもらうことをあきらめた」けれども「家族を赦すことができない自分」に苦しんでいるように思いました。ネガティヴ、という表現をされていましたが、家族を赦すことができず、彼や人が自分の持っていないものを持っていたら、妬ましく感じたり、自分の境遇と比較して卑屈になるのは、ある意味当然の感情ではないでしょうか。

子供のころに本来与えられるはずのものが未だに手にできなかったり、しっかりと甘えてこなかった分、今、依存という形で彼に対して出ているのかもしれませんね。怒りという感情は相手を信頼していなければぶつけることはできない感情ではないかと私は思っていて、彼にひどいことを言ってしまうのも、もしかしたらこれまで親につらい思いをさせてこられて、彼に対してもいつ自分にもひどいことをしてくるのだろう、という不安を潜在的に抱えていて、その不安を抱えているくらいなら彼を怒らせたり、が実際に起きてしまう方が安心、という心理がそうさせているのかもしれないと感じました。

自立には精神的自立と経済的自立があると私は考えていて、経済的に自立すると、ほかの部分も同時に安定してくることは多いかと思います。精神的自立についてはたくさんの人と出逢い、自分を語り、自分が「安心・安全」でいられる居場所を見つけられるといいなと思いました。人はどこで、誰のもとに産まれてくるかは選べませんが、どこで、誰とどのように生きていくかは選ぶことができます。実際にあなたは家庭以外では居心地が良いかどうかはわかりませんが、ある程度の居場所は自分で作ってこられた方かと感じます。変わりたい、から、変わろう、として行動に移されたあなたは、きっと何かが動き出し、良くも悪くも色々なものが変わってくるかと思います。

感想を読んで思ったこと:

感想2に「経済的に自立すると、ほかの部分も同時に安定してくる」とありますが、私の場合は全くその通りでした。

私が中学生の頃は、何度か母に「まともに働いてほしい、家事をしてほしい、父と仲良くしてほしい」とお願いしました。でも、所詮子供には家庭環境を変える力などありせん、だから自殺することで環境から逃げる学生がいるのでしょう。私も、何度か逃げたいと思うことがありました。

ただ、来年から社会人になり、経済的自立をする予定の私には、1つだけ分かることがあります。学生の間は、親の金無しには生きていけませんから、どんな親だろうと、ひたすら我慢して生きるしか術はありませんでした。でも、経済的自立を果たし、自分の金で生きていけるようになれば、もう親など必要ありませんから、自分の人生を歩めるようになります。

私は21年間、大嫌いな親と家族ごっこした甲斐がありました。