あと1年。

北海道/18歳/女

私は、小さい頃に親が離婚し、年長の頃から母親と離れて従兄弟の家に預けられて今まで育ってきました。長期休みの会える時に、母の元へ飛行機を乗って行く。小学校1年生から高校生3年になった今までそれを繰り返していました。
私は最初の頃は、母はすぐ帰ってきてくれるものだと思ってました。すぐに一緒に暮らせると。だから、叔母の家に居ても苦ではありませんでした。でも、何年経っても、母は帰ってこようとはしませんでした。葬式の時くらいですかね。

小学校の頃、叔母と口喧嘩になった時に、叔母に「ママ、ママってずっと言って!じゃあママの所行けばいいじゃん!どうせ行っても〇〇(母)は無理だって言うだろうけど。金だけ送ってきてるけど、育ててるの全部あたしだし!!あんたは捨てられたんだよ!」と言われたことがありました。言いすぎたとは言われましたが、私はショックで仕方なくて、叔母も嫌いになりましたし、自分の母もその時は嫌いになりました。

私は当時、母が毎月叔母に生活費を渡していること、そして従兄弟の携帯代や、私のお小遣いも払っていたことをしりませんでした。(私はお小遣いは必要な時にしか渡されませんでした。)

私の他にも、6歳上の従兄弟が2人いたのですが、叔母は、生活保護者でありながら、スナックで働いたり、急に飲みに行って居なくなったり、パチンコ行ったりと、割とだめな生活をしていたと思います。そんな人に親ヅラされるのは私にとっては苦痛なんです。周りの親戚にも、事ある毎に「あれ、〇〇(母)は?」「いつ帰ってくるんだろうねえ」と、私に言っても仕方ない事を何年にも渡って言われて、ストレスが溜まる日々でした。


中学に上がり、部活も忙しくて中々会いに行けなかったり、叔母とは電話してるのに私には変わってくれなかったり、色々母に対しての不満が溜まって行きました。叔母には喧嘩の度に、あんたを育ててきたのはあたしなの、〇〇は生みの親かもしれないけど、私は育ての親なの。そう言われると、圧も凄かったですし、頷かざるを得ませんでした。その頃は母が何をしてたかは全く知らなかったからです。

途中から、タブレットを買ってもらえることになりました。これで母や友達と自由に連絡ができるようにと母が与えてくれました。ある日母と電話してた時に、なんで叔母と電話してる時に変わってくれなかったの?と聞いてみました。母は、私が今何してるかを聞いても、叔母が今忙しそうだし私も時間ないからとか何とか言ってあまり取り合って貰えなかったと言われて、叔母に腹が立ちました。母は悪くないじゃないかと。同時になんで嫌いとか思ったんだろうと自分が嫌になりました。今はとても母が大好きです。


高校では、叔母が再婚することになり、その再婚相手の家に住むことになりました。田舎から都会へ行くことになったんです。ですが、その再婚相手は、理由はともあれ、不倫関係から生まれたものでした。叔母から、不倫していたことは聞かされていました。「相手の奥さんが酷いらしい」等の奥さんの愚痴。子供に言うことではありませんよね。私もまさか結婚するとは思っていませんでした。叔母にも相手にも気持ち悪いという感情が起きました。

 私は、受験をどうするか迫られました。叔母たちと行くなら都会の学校。それが嫌で地元にいたいなら祖母家、その”二択”しかありませんでした。母の所へ行くという考えは出来ませんでした。叔母にその提案をされなかったし、私が母の所に行っても、急には住めないと思っていたからです。祖母は好きでは無いので、私は都会へ行くことにしました。わけも分からず、先生に流されるがまま適当な高校に入りました。

叔母は、母と私だけの秘密というのが嫌らしく、2人だけで決めて決定したものだけ伝えないでよ!と訳の分からんことをよく言います。
でも、母が叔母に私は高校はどうするのか聞いた時、「〇〇(私)はもう、私たちと一緒にいくから。」と決定事項だけ伝えられたそうです。私は母の所へ行ける可能性があったことは入学してから知りました。とても、とても後悔しました。

母も、以前から交際していた男性とこの間再婚しました。初めて紹介された時はびっくりしましたが、凄いしっかりとした良い大人で、私に勉強しなよとか、お金の使い方とか口うるさく言ってきて、たまにうるさいなあとは思いますが、それでも私は彼が母と結婚してくれて良かったと心から思います。初婚なのに、私のことも受け入れてくれて、本当に感謝しています。


今わたしは、叔母の家に下宿状態です。それは、前の担任が保護者面談の時に、「言う事聞かないなら下宿みたいにしてみればいいんじゃないですか?」と余計なことを言ったことがきっかけで、それは始まりました。
私が約束を守らなかったりするのが悪いのですが、門限は8時厳守、バイトだろうが関係ありません。風呂は9時まで、私が良い子にしていない限り、好きなバンドのライブやお泊まりも許可はして貰えません。みんなと夜ご飯を食べに行っても、私の時間に友達があわせてくれて、途中で私が抜けて帰ることがしょっちゅうです。(家がみんなの住んでいるT区より離れているため、JRが交通手段なので、時間が限られています)仕方ないとはわかっていても、高校生であまり友達とそういう思い出は作れませんでした。

私はこの生活が嫌になって、何回も泣いたし、叔母たちにとうとう、ここに居たくない、あんた達が嫌いだと後先考えずに言ってしまいました。もちろん風当たりは強くなりました。
私が出来ていない事の粗探しをされるようになりました。勝手に部屋に入られている時の気持ち悪さは尋常ではなかったです。
部屋にこもってばっかで都合のいい時にしか下へ降りてこない、部屋は汚い、電気つけっぱなし、髪の毛が落ちている等で怒られます。私がしっかりしていないのも悪いし、元々片付けが苦手なのもありますが、少しでも私が抜けていると、すぐに怒られます。そして罰として、何かを課せられます。例えば、自分の金で買った本を没収されたり、バイト禁止、テレビの没収等、この前来た従兄弟に、お前の部屋スッカラカンだなと言われてしまいました。

あと1年、あと数ヶ月だけ我慢してねと母達に言われます。そうは思っていても、とてもきつくて苦しいし、母達の所へ行くと、ずっとここにいたい、あそこに帰りたくないと毎回病んでしまいます。いなきゃいけないのはわかっています。でも、もうここにいたくないです。そういう時に死にたいな、消えたいなと思います。
そういう時は、自分で首を絞めると気持ちが楽になってよく眠れます。

感想1

幼い子供というのは大人に依存しなければ生きていくことができないので、その叔母さんの家で暮らすことはあなたが望んで選択したことではないし、あなたからにじみ出る母親像からお母様にとっても断腸の思いだったのでは、と感じています。今いる叔母さんの家はとても支配的で、何かが気に入らないのか、自分が育てているのにあなたがお母さまをとても大切に想っていることに対する嫉妬からくるものなのか、わかりませんがどちらにしても虐待、ネグレクトの域に達しているように見えました。

相手のことをとても大切に想っているからこそ、自分の悩みや弱みを見せることができないこともあるかと思います。ですが今高校3年生ということで、あなた自身も大人に近い知性や生活能力を身に着けている年齢ではないかと察しております。

生活保護のおばさんに、あなたにはお金を渡さず自分の私腹を肥やすほどに毎月仕送りをする経済力のあるお母さまと、再婚されたパートーなーの方、もうあなたも当時の無力な子供ではないので、3人で今叔母さんの家で受けている仕打ち、あなた自身の素直な気持ちを伝えてみてもいいのではないかと私は思いました。3人で住む、ということが難しければ児相に相談してみたり、本当にあなた自身がバイトなどをしながら下宿で暮らしてしまうなど具体的にできることがあるのではないかと…叔母さんが提示した選択肢は2つだったかもしれませんが、あなた自身の力でその他の選択を見出し、自身の力で選ぶことができるのではないでしょうか…そう簡単に出来たらとっくにやっているよ、と思われてしまいそうですが、ひとりで考えているよりはたくさんの人と考えた方が、世の中について詳しかったり出口を見いだせたり、することもあるかと思います。

今の死にたさは、叔母さんの家の劣悪な環境に居続けなければならない苦痛からの解放、のための手段としての死、を考えていらっしゃるかと思います。

劣悪な環境で理不尽な目に合う叔母さんの家で低俗な人と暮らすにはあなたは釣り合わないし、もっともっと大切に存在を認められる価値のある方だと思います。まずお母さまたちと話し合われるのがいいかと思いますが、私たちで協力できることもあるかもしれないので、ご連絡いただければと思います。

感想2

経験談を投稿してくれてありがとうございます。母親さんと一緒に暮らしたいのに、叔母さんから制約されながら暮らしていて、それが苦痛なのですね。それだけ苦しくされているのに「育ての親だ」と主張されると、それもまた苦しくなってしまいそうです。

 子どもは大人の都合で住む場所を決められることが多いのが現状だと思います。しかし人間には住む場所の自由があるはずなので、本来であればどこでだれと暮らすのか(暮らさないのか)は選べて然るべきです。どんな仕組みがあればそれが実現できるか、一緒に考えてみたいと思いました。

感想3

親戚関係がやや複雑な中で、お母さんのところで過ごしたいという願いは叶わず、大人たちに流され従うしか生きる術のない境遇だったのだろうと思います。叔母さんが決定事項だけ言わないで、と言いながら、あなたに対して決定事項を押し付け、行動を制限してくるのは理不尽極まりないと感じました。お母さんにもう少し我慢してねと言われても、もう我慢できないほど辛くて死にたい、消えたいと思うのも頷けます。ただ、お母さんのことを大切に思っていれば、マイナスな気持ちをあまり直接伝えたくないのかなと想像します。お母さん以外の第三者で、率直な気持ちを話せて理解してくれる人がいれば少しは違うかもしれないと考えましたが、そういう人は見つかりませんか?あなたがこうしたいと思ったことを我慢せずに言える相手や場所が少しずつでも増やせれば…と思います。学校を卒業したらお母さんたちと暮らせることになるのでしょうか?それもどうなるか分からない状況でしょうか?なるべく早くに、ストレスが溜まる環境を離れて暮らせる方法を一緒に考えられたらと思っています。