てんかん発作と就職といい子

愛知県/24歳/女


私はてんかん発作の持病を持っています。発作は高校生3年生の11月以降起きていません。自動車の免許を取ろうかと思ったこともあります。でも丁度その時てんかん発作持ちの人が自動車事故を起こしたニュースがたくさんテレビでやっていました。ニュースではてんかん発作の持病があったのに自動車を運転したことをとても責められているように感じました。私は免許を取ることを諦めました。周囲にはてんかん発作を隠してでも免許を取って、就職活動をすることを勧められました。でも嘘をつきたくありませんでした。私はてんかん発作を隠さずに就職活動をすることにしました。

面接で3回落ちました。「てんかん発作の持病があるため、免許を持っていません」と言ったとき、面接官さんの雰囲気がスッと引いていく感覚を味わいました。「こいつはだめだ」と思われる時の目がどんなものかを知りました。就活の先生には「介護職なら倒れても大丈夫だから」と言われました。でも私は倒れたくないから、夜働かなくていい仕事を探していました。

1社内定をもらいました。たくさんよくしてもらったから、頑張って働こうと思いました。でも1か月が経って、ミスばかりで死にたくなります。ミスしちゃいけないと思うほどミスが重なって怒られます。最近「頭悪いね」「ちゃんとして」「考えて」と言われました。せっかく入れた仕事なのに、もう辞めたいと思っています。

でも今やめてしまったら、せっかく取ってもらったのに申し訳ないとも思います。家族に喜んでもらったのに「頑張れ」って言ってもらったのに粘らないでどうするんだとも思います。でも、今、朝起きるのがつらいです。手足の力が急に抜けることがあります。明日が来てほしくないと思います。逃げたいです。「私だって頑張っているのに」という気持ちはぺちゃんこです。大きなミスをしてしまったからです。

教えてもらったことなのか、教えてもらっていないことなのかもあいまいです。でも、また怒られるんだろうなと思います。もしかしたら軽蔑の目で見られるのかなとも思います。先輩の一人からは「信用していない」とも言われてしまったので。「これ以上迷惑をかける前にとっととやめた方が会社のためなんじゃないか」という気持ちがあります。「面接官さんにとてもよくしてもらったのに、入社1月でやめるなんて」という気持ちがあります。

今の会社を辞めたとして、てんかん発作の持病を持つ私が入れる会社はとても少ないのだろうと思います。車に乗れないから、つける仕事がそもそも少ないように見えます。将来を考えたくないです。明日を考えたくないです。

家から出たのは「甘えてばかりだと自分がダメになる」気がしたからです。でも甘えられない場所では、仕事をしないといけない場では、私はあんまりに無能です。毎日、ぬいぐるみを抱きしめて寝ます。一人暮らしの寂しさを紛らわせるためだけにあったはずのぬいぐるみに、縋って泣きそうになって涙が出ないまま寝ています。

無能な自分が大嫌いです。
人の不機嫌を感じると声が出なくなる自分が大嫌いです。
直そうとしてもミスを減らせない自分が大嫌いです。
無能な自分が死ねばいいと思うことがあります。
でも、父母祖父母に愛されている自覚があります。
多分、私が死んだらすごく悲しむだろうと思います。だからこそ失望させたくないです。

仕事を辞めたいのか、辞めたくないのかで言えば「辞めたい」です。優しくしてもらったのに辞めたくない気持ちも大きいです。でも、今のまま迷惑かけ続けるくらいならやめた方がいい気がします。明日もため息つかれながら仕事をするくらいならやめたいです。やめたいけど、今やめたら迷惑が掛かってしまうと思います。そうやって、いつまでも堂々巡りしているのです。間違えない選択肢が欲しいです。間違えない選択がない気がします。

ろくでもない空想をします。自分で自分を殺す想像をします。朝起きると動けなくなります。お腹が痛いです。喉が詰まります。不幸ぶってる自分が嫌いです。頑張れない自分が嫌いです。改善できない自分が嫌いです。

ずっといい子でした。ずっと先生の言うことを聞くいい子でした。そうしたら同年代の子とどうかかわればいいのかが分からなくなりました。どうしてスカートを曲げるのか。どうして髪を染めたいのか。分かりません。分からないから馴染めないままでした。ずっと本を読んで楽しんでいました。どうしたら友達とはしゃげるのか、何一つ分かりません。輪に入りたいのに、入り方が分かりませんでした。人と話そうとすると声が出ません。声は出るけれど小さくなったりぼそぼそと言ってしまったりで余計に人を怒らせます。本を読むのが好きなのに「本をもっと読め」と言われました。自分がちゃんと精一杯頑張って仕事をしているのか、していないのか分かりません。

ずっと「言うことを聞いていれば褒められた」から「先生の言う通りにしていれば怒られなかった」からずっとおとなしくそうしてきました。どうしたら自分の頭で考えられるのか分かりません。どうしたら世の中の人たちのように、考えて仕事ができるのか改善できるのか質問したらいいのか、何も分からないままです。分からないです。私は、少なくとも、今の会社では役立たずであることだけ知っています。

見てほしい。
見ないでほしい。
放っておいてほしい。
見捨てないでほしい。
辞めたい。
辞めたくない。

頭の中がごちゃごちゃで、うまく考えられません。私はどうするのがいいのでしょうか。どうしたらいいのでしょうか。全然分からないです。胃が痛いです。明日が来なければいいのにと思います。

・感想1

経験談を投稿してくれてありがとうございます。「放っておいてほしいけど見捨てないでほしい」「やめたいけどやめられない」と相反する気持ちを抱えているのですね。それを解決するために間違いのない答えを探して苦しんでいるのでしょうか。

往々にして、家族や学校では「いい子」を求められます。そこでは、自ら考えたり決めたりする「能動的」「主体性」よりも、とにかく大人たちが望むような姿であるという「受動的」「協調性」が評価される現状があるのではないでしょうか。それゆえ、学校を出て働き始めると、途端に今まで価値を置いていなかった「能動的」「主体性」が評価されるようになり、「自分で考えて」と言われるのではと考えました。本当に極端でよくわからない社会だなと思います。

そのうえ、「頭悪いね」「ちゃんとして」「考えて」と言われると、さらに自信を奪われて自分で考えることを難しくされてしまっているのではありませんか?特に「頭悪いね」は仕事でのコミュニケーションの範囲を超えて人を傷つける言葉に聞こえます。職場の人から自分で考える力が奪われているのでは、とおせっかいながら心配しました。辞めたいも辞めたくないも正直なあなたの気持ちなのではという印象なので、どちらを選んでも他人から責められる謂れはないと思いました。

・感想2

あなたは自分がダメだから会社の役に立たない、そんな自分は迷惑だから死んでしまいたい、と感じているようでした。しかし、悪いのはあなたではないと思います。会社や社会の側が、自分の力を伸ばし、それを活かしつつ働けるような環境を用意できていないのだと思います。

私は、人が力を伸ばしたり発揮したりするためには、ある程度の安全な環境が必要だと考えています。それには、食べる物や住む場所があって、身体の健康が守られるというだけでなく、過度な不安や緊張がなく、ある程度周りの人に自分の言いたいことを表現でき、「自分は自分のままで大丈夫だ」と感じられるといった心理的な安全性も含まれます。ビクビクしながら過ごしていたら、やってみたいこと・好きなことでさえ挑戦できなくなると思います。

また、あなたは大学を卒業したらすぐに就職して働かなければならない、と思っていそうです。それは選択肢の一つですが、全てではないと思います。ずっと大人の言うことを聞く「いい子」で生きてきたなら、会社や社会の役に立たなければならない、という刷り込みがありそうです。もしかしたら、誰かの役に立つことで、自分の存在価値を確かめられるような気がしているかもしれません。誰かの役に立つことを否定しているわけではありませんが、役に立つことだけが存在価値を生み出すわけではない、と私は思っています。

「どうしたら自分の頭で考えられるのか分からない」という疑問を一緒に考えていきたいと思いました。きっと一人で「考えよう!」と頑張るのではなく、心理的安全性の高いコミュニティに属すること、そこで色々な人との対話するなかで素の自分を表現して、認められる経験をしていくことが重要なのでは…と推測しています。

死にトリでは毎日いろいろな生きづらさを持つ人が話し合えるチャット(ここチャット)を実施しています。もしご興味があれば、ここチャットでもお話したいです。

~感想を読んでのお返事~

おはようございます。返信をいただいて、自分の文章を読み直し、自分の価値観を考えてみました。

私の親はどちらも、いわゆるエリート職についている人です。たくさんの人の役に立つ世間一般的に見て「えらい」人です。大学に行かせてくれて、育ててくれた恩がある相手です。でも、私はどこかで親を憎んでいるのだと思います。私にとっての彼らは必ずしも「いい両親」であったか。そんな冷たいことを考えます。

往々にして、私は仕事よりも後回しにされました。仕事で忙しいから、幼稚園や保育園に長く預けられていました。陽が落ちてから随分長い間、一人で両親を待っていた記憶が微かにあります。仕事が忙しいから、ある程度大きくなったら鍵っ子になりました。家に帰っても誰もいないし、そのころから、私を気にかけ可愛がってくれた祖父ががんになったこともあって、もっと両親は忙しくなりました。両親の姉妹も介護と看病に追われていました。

仕方ないことでした。迷惑になりたくなかったし、嫌われたくなかったし、可愛がってくれた祖父は大好きでした。だから、自分が両親の一番に絶対になれないことは分かっていて、諦めました。ある時期は本気で「親にとって自分は、いい成績を取ってさえいればいい存在」で「迷惑をかけたり、いい成績を取れなかったら意味も価値もない存在」だと思っていたと思い出しました。

周囲が何かと、両親を引き合いに出してきたこともあるのかもしれません。
仮にいい成績をとっても「○○の子どもなら、これくらいできて当然」だったし、仮に悪い成績を取ると「○○の子どもの癖に、こんなこともできない」が、私の周囲の価値でした。「○○の子ども」がいつでも私より前を歩いていて、「○○の子ども」にふさわしい言動を求められていた気がします。諦めて、あまり考えないようにしていた気がします。諦めて「そういう風にみられるのは仕方ない」とか、考えないくらいに深く意識の底に沈めていた気がします。

多分、そういう積み重ねの果てに、私の無意識の底には承認欲求の怪物がいるのかもしれません。見てほしくって、見てほしくないのは、ほんものの私があんまりにも醜くて自己中心的な化け物だからなのだと思います。いい子でいて、言うことをよく聞く子どもであり、先生に口答えせず、規則を破らず、大人しければ、少なくとも否定はされませんでした。ばけものの自分を否定されませんでした。いい子でいなければ、時に直接的に、時に間接的に、否定をされました。それくらいで潰れる目標で、それくらいで潰れる夢だったのかもしれないけれど。たまに選択肢を「間違え」て、頑張って考えた末の行動を否定されたこともあります。

学校の先生に、二回くらい失望しました。
一回目は中学生の時です。合唱のコンクールで、ピアノの伴奏をしていた子が伴奏を間違えたことがありました。私は「触れられたら、相手の恥ずかしい気持ちを思い出させたり、逆に気にさせたりしてしまうかもしれない」と考えてあえてその日の連絡ノートに何も書きませんでした。怒られました。「あんたとあと3人くらいしか、別のことを書いているのはいなかった」「どうしてつらい気持ちの**さんを励ます言葉を書かなかった」と、こんな感じのことを言われました。なんだそれ、って思いました。私の意見も聞かずに、考えも聞かずに一方的に言いやがって、と思いました。そう思う自分がきらいだったので、そういう自分を失くそうとしました。

二回目は高校生の時です。
校則の通りに、全く気崩さずに制服を着ていました。夏に母親から「先生がここだけの話って言っていたんだけど、『**さんは制服をいつもぴったり着ていて、ちょっとくらい気崩してもいいのにと思うんです』って言ってたよ」と言われました。なんか、馬鹿らしくなりました。必死になって「○○の子として恥ずかしくない」ように振舞っていたのに、から回っていました。

思い出してみると、私が考えて行動した結果は一部の人には好評でも、裏で何を言われているかわかったものではないものでした。表に出ている評価は、みーんな世間体を気にしているだけで、本当は私のこと笑ってたんじゃないかとか思って、人が恐くなって、当時の仲良しグループにラインから追放されたこととかいろいろなことをきっかけに休学しました。本当は3年くらい休みたかった。だけど、親と親戚に流されるまま、大学を受験して、受かって、通うことになりました。リフレッシュの旅行より、家でずっと蹲っていたかった。勉強より休みたかった。

今でも、迷惑かけてでも休んでしまえと思う醜い自分がいます。でもきっと、両親はそんなみにくい私など、認めてくれないのです。いちゃ困る人間性です。私は、休みたい気持ちも「世間体を傷つけないため」に抑えた気がします。「恩ある親が心配しているから」抑えた気がします。私は、自分の気持ちを大事にしなかった気がします。

今、やめない理由の一つは、大学へ行かせてもらったお金を無駄にしてしまうような気がして怖いからです。親に流されて入った大学だったけど、通わせてもらったのは事実で、「返さないと」って思うのです。親にもらった貸しというか、恩すべてを返さないと自由になれない気がしているのかもしれない。自分の人生を生きていいと、胸を張れない気持ちがあるのかもしれません。ずっと、もらってばかりだったから。

やりたいことはあります。だけど、それを選んだ時に将来だとか、世間からの目だとか、何より「親に何を言われるか分からない」「親に見捨てられて生きていけるほど、今自立できていない」と感じていることがネックなのかもしれないと思いました。両親は「せっかくいい会社に入れたのだから、止めたらもったいない」と言います。でも一方で「心を壊すくらいなら、やめろ」と言います。どちらか一つだけなら楽なのになーと思います。

結局、自分の人生の責任は自分しか取れないのだなって思いました。親も、友達も、誰も、私の人生の責任を負う義務がないし、自分の人生で手一杯だから、意見は言っても手を引きはしないんだろうなーって思いました。でも口は出されるんですよね。私は、彼らの子どもなのだから。多分、今放っておいてほしいのは「親を憎んでいる」自分なのだと思います。見捨てないでほしいと泣き叫んでいるのは、多分、小学生よりもっと小さい頃の『いい子でいさえすれば、いつか自分のことだけ見てくれる』『ちゃんと自分を見てくれる』と思っていた自分なのかもしれません。

ずっと、判断の主軸が親だった気がします。
ずっと、価値の主軸が親だった気がします。

「自分主体」の人生がどこかに落ちていった気がしています。私の人生はどこに行ったのだろう。社会の目だとか、親の体裁だとか、そういうものばかり気にしていたのかも。大学を卒業したらすぐに就職して働かないと「みっともない」とどこかで思っていたと思います。今、仕事をやめない理由の一つが、多分「みっともない」と見るかもしれない、それなりに好きな親戚の目です。家族が社会の役に立つ人たちで、立った人たちで、それで折れない人だったから。それ以外の生き方を認めて盛られるのか不安なのかもしれない。

私はそうはなれそうにない。私は自分可愛さが巣くっているばけものです。自己中心的で、人を傷つけても本心から反省できないような、どーしようもない人間です。そういう部分があります。だからきっと、みんな私のことなどどうでもいいのだろうと、そんな被害妄想ばかり膨らみます。私は、やってもらった分を返せない自分が大嫌いです。役に立つことだけが存在価値を生み出すわけではない、と言っていただけて嬉しいです。

経験談についても、乗せていただいて構いません。かなりどうしようもない話かもしれませんが…。(そもそもこういう言葉も「そんなことないよ」って言ってもらいたくて書いているのかもしれないですね)誰かの参考にでもなれたら嬉しいかなーとは、思います。