40年生きてきて・・・

北海道・40歳・男性


物静かな性格が災いしたのか、小学2年から中学卒業までの8年間ずっと虐められてきた。そのせいで人間不信・対人恐怖症になり誰も信用できずにいた。

虐めの事は親には言っていない、誰かに助けてもらうと言う事を諦めていたから。虐めのせいもあり、勉強も出来ず、おそらく学校で最下位レベルの頭の悪さだっただろう。だから高校へは行かず、建築業で働くという選択肢しか残されていなかった。建築業を学ぶため、職業訓練校へ行く事になった。

でも、心のどこかで「声優になりたい」という夢を持っていて、貯めていた小遣いを使い、声優のオーディションを受けた。結果は合格だったのだけど、それを親に言ったら、「お前に声優なんか無理」「そんな金ない」「まじめに働け」と言われ夢を壊された。勿論、合格も白紙に。声優も立派な職業だと思うのだが・・・違うのか?

夢を壊された為、しぶしぶ建築業の世界へ。だけど、自腹出張が続き全くお金が貯まらず4年が経ったある日、出張も終わり会社へ。そこで辞める旨を伝えたのだが、同時に後輩3人も俺と同じ理由で辞めたいと言っていた。後輩3人はその日の内に辞める旨を伝えたのだが、その後、俺は急遽社長に呼ばれた。そして「こいつらが辞めるのはお前がたぶらかしたからだろ!」と意味不明な事を言われた。全く身に覚えがなかったので反論したら余計にキレられて話にならなかった。後輩3人は「俺たちのせいですいません」と謝ってきたが、後輩は悪くないので気にするなとなだめて、そのまま4人で送別会と称して飲みに行った。

翌日、社長の奥さんに呼ばれ先日の社長の横暴に対して謝罪してきた。もう辞めるし、どうでもよかったから最後の給料だけもらって、さっさと会社を後にした。

数日が経ち、両親と買い物へ出かけている最中の車内で俺がふっと一言ぼやいた。「あの子可愛いな・・・」と。その直後に母親は「お前は変な顔だし頭悪いし無理、相手が可愛そう」「だから、お前は誰も好きになるな、相手に迷惑だ」と言い放ってきた。息子に対して普通言うか?そんな酷い事を!と内心怒り心頭だったが何とか耐えた。過去の声優の件もあり、それ以来、親への不信感が強くなった。

さらに数日が経ち、俺は某DVDレンタルショップでバイトを始めた。2年が経ったある日、俺はクビになった。同期4人が俺に正社員の話が来たのをよく思わなかったらしく、俺に万引きの濡れ衣を着せてきたからだ。怒り狂った社員に何を言っても聞き入れてもらえず警察呼ばれて連行された。警察に正直に話しても、信じてもらえず嘘に嘘を重ねる形で万引き犯になってしまった。翌日、店長から電話があり「事の真相と真犯人が分かった」との事で呼び出し食らった。しぶしぶ店内に入ったが、俺は他のバイト達に白い目で見られていた。

出来るだけ目を合わせず事務所に入った。そして店長が謝罪してきて「お前さえ良ければ正社員として戻って来ないか?」と言われたが、戻る気なんて更々無かったので断った、残ったのは「冤罪万引き」という前科だけ。この件が切っ掛けで再び人間不信が再発したが働かなければならず、次なるバイトへ。

スーパーの品出しのバイトだったが、2か月が経ったある日の通勤中、事故に遭ってしまう。

2週間は絶対安静との事でバイト先にも伝えて了承を得たのだが1週間後に店長から電話。そして「お前いつまでサボってんだ!さっさと仕事に来いや!」と怒られた。「2週間絶対安静と伝えたはずですが・・・」と言っても「うるせぇ!早く来い!」と全く聞き入れてもらえず、痛む体に鞭打ってしぶしぶバイト先へ。そして開口一番でクビを言い渡された、勿論給料は無し。

その後は某大型ペットショップでのバイトが決まったのだが、勤務初日に店長から「悪いんだけど〇〇(片道3時間かかる一番遠い店舗)に行ってくれ」と言われた。俺は一番近い店舗のこの店に応募したのだが・・・パターン的に、この店長は何を言っても聞かないタイプだと悟ったので、しぶしぶ一番遠い店舗へ。その店舗に着くなり統括の人に「遅せぇよ!やる気あんのか!」と説教を食らう。この系列の店は今で言う所謂ブラック企業だったようで右も左も分からぬまま店舗2階へ連れていかれ「ここおまえ一人でやれ、分からない事あったら、そのノート見れ」とだけ言い放ち放置された。新人教育も無し、引継ぎも無し、これはダメな店だと察したけど、それでも働いた。が、3か月が経ったある日、どうにも体調が悪く気分も沈みがちになった。

もしかして「うつ病」だろうかと思い病院へ行き診察を受けたところ、案の定うつ病だった。

診断書を貰いバイト先へ行き統括に報告したところ、客がいる前で大声で「はぁ!?うつ病?お前ナメてんの?やる気のねぇ奴は要らねぇ!クビだ!さっさと失せろ!」と思いっきり罵倒されそのままクビになった。そのせいで、うつ病は悪化。

こうも職場や人間関係に恵まれないと働くのも怖くなり、人と関わるのも嫌になり、俺は引きこもりになってしまった。でも親は「働け!」と日々罵倒してくる。親はうつ病を始めとする心の病に全く理解を示さない人だ。だから何を言っても無駄だと分かっていたから、親とも話さなくなった。

そんなある日、姉家族が実家に住むと言う事になり引っ越してきた。俺は実家なのにストレスを感じ心の底から死にたいと思うようになった。それでも、なんとか自我を保ち5年が経った頃、親の風当たりが和らいだ。そして親と話し合い、俺は病院へ行きうつ病の治療をする事になった。でも、親も姉も心の病に理解を示さない人だから、俺は一人で戦うしかなかった。

それから3年が経ち姉夫婦が離婚する事になった(旦那の酒癖のせい)。それが切っ掛けで、ちょっとした親子喧嘩になり、俺は「今しかない」と思い「うつ病を治したいし歳も歳だからいい加減自立したい、だから生活保護を受けて一人暮らしをしたい」という事を伝えた。親はそれに承諾し、俺は38歳にして人生で初めての一人暮らしをする事になった。

一人暮らしを始めて2年、俺は40歳になっていた。が、一人暮らしという事もあり、友人もおらず常に一人孤独なのも災いし、うつ病は良くなる訳もなく、余計に悪化していった。更には生活保護を受けているという「情けなさ・後ろめたさ・罪悪感」という負の感情に追い込まれてさらに悪化し、良くなる見込みは皆無となってしまった、負の悪循環である。散歩は気分を上げるのに良いと言われたから散歩に行ったり、動物園まで遠出したりもしたが周りにいる家族連れやカップルなどを見ると、楽しそうで幸せそうで。その光景がとても不快に感じイライラして逆効果な日が多々あった。「なんで俺は一人でこんな所に来ているのだろう・・・」と虚無感に襲われた。結局、一人暮らしをしても、引きこもる日が多くなり、こう考えるようになった。

・俺は何の為に、誰の為に生きているのだろう、俺の存在意義って何だろう?
・生きる理由なんてもう無いのではないか?
・生きていても年齢的にも病気的にも働くのは絶望的だし未来に希望が見いだせない
・生きる事に・・・この先の人生に・・・もう興味がない
・別にもう死んでも良いかな・・・
と、死を連想する事ばかりを考えるようになった。

それと同時に「親が生きてる内は死ねない」という思いもあり、生と死の狭間で葛藤している。子が親より先に死ぬというのは最大の親不孝だと考えているからだ。その死因が自殺なんて以ての外だ。確かに親には夢を壊され酷い罵倒もされ病気も理解してくれない。でも、今まで苦労して育ててくれた事に感謝している。家族との思い出は、良い事も悪い事も全て、どれもかけがえのない大切な思い出だ。恨みもあるけど、感謝の方が大きいし、これからも感謝していくだろう。

死にたいと思っているのに、なぜ死なないのか?と問われれば、俺は「親が生きてるから死ねない」と答えるだろう。じゃぁ、親がもし、既に亡くなっていたらどうか?きっと、自殺に走っているか、死ぬ勇気が無くてホームレスとして生きるだろう。生活保護とはいえ、親が生きているから、一応人間らしく生きているだけで、正直なところ、もういつ死んだって良い、今すぐにでも死んだって良いと思ってる。不謹慎なのは分かっているけれど、今、新型コロナウイルスが大流行している。ならば、俺も感染して、そのまま死んでしまいたいとすら思っている。

人は一人では生きていけないと言うが、本当にその通りだと思う。

・人との繋がりを持ちたい、友人と呼べる存在が欲しい
・似たような境遇の人と知り合い交流したい
と、思っている自分がいる。

でも過去の虐めがトラウマとなり、どうしても人間不信、対人恐怖症が出てくる。人の視線が怖い、出来ればこのまま誰とも関わらずひっそりと一人で居たい。でも、一人だと、心の病は悪化する・・・もうどうしていいのか分からない。ちなみに、今も尚、親も姉も、俺がうつ病だと認めていない。いつまで経っても心の病に理解を示さないでいる、もう理解を求めるのは諦めた。やはり、同じ境遇・同じ病気の者同士でしか分かり合えないという事なのだろうか?

今まで働いてきた全ての職場の劣悪な環境、人間関係、理不尽な扱い・・・
学生時代に受けた8年に及ぶ壮絶な虐め、身内による心の病の理解の無さ。
頼れる人なんて一人もいない、助けてくれる人なんて一人もいない。
友と呼べる存在なんて一人もいない、これからもずっと独りなのだろう。
病気との戦いも、ずっと独りなのだろう。

いつからだろうか、喜怒哀楽の喜と楽の感情が欠落してしまっている。
心から笑うという事が・・・いやもう笑い方というものを忘れている。
他人に見せる笑みは作り笑いだ。心から楽しいと思う事も何もない。
他人と接する時は常に警戒心むき出し。俺の心はきっと完全に壊れているのだろう。

こんな事、身内には言えない、悲しむ顔を見たくないから。本当の自分を押し殺すのが辛い。
今年で41歳、こんな俺に・・・明るい未来は・・・・・・来るのかな・・・・

感想1

原稿を書いていただき、ありがとうございます。話の流れや状況、気持ちを言葉で整理することがとても得意なのだろうと思います。いじめで勉強する機会に恵まれなかっただけで、賢い人だということは良くわかりました。ところどころ、箇条書きになっているまとめのようなものもとても妥当ですし、要点もまとまっていますし、自己分析もよくされていると思いました。チャンスがあれば、たくさんの伸びしろがある方だと思いました。北海道にお住まいとのことなので、私たちも北海道ですから、機会があれば同じような経験の人たちで話をする機会が持てるかもしれません。また、今からでも仕事にチャレンジしたいのであれば、あなたを理解して、あなたのペースで働くことができそうな仕事を紹介することもできるかもしれません。人を信用することは難しいかもしれませんが、北海道各地に私たちの仲間がいるので、もしよかったら紹介しますよ。また、あなたの文章を読んでみたいと思っています。

感想2

経験談を送って下さり、ありがとうございます。これまでの人生のことを丁寧にストーリ―風に書かれていて、一気に読みました。そして、続きが気になりました。きっと文章表現が得意なのだろうなと思いました。本当の自分を押し殺さなければならず辛い日々のなか、経験談にはあなたの本音が現れているように感じました。もう楽しいと思うことがなく、死にたい気持ちになっているのが伝わってきます。一方で、人との繋がりを持ちたいという気持ちも強く感じました。そして、その機会がいつか来るのを期待している感じも受けました。

また、周囲に理解してくれる人がいなかったとのことですが、そのような環境の中で、自我を保ってこられたことがすごいなと思いました。その自我を保つ力がどこから来たのか、気になります。親が苦労して育ててくれたというプラスの記憶や感謝の気持ちがあったからでしょうか…?なんとかして自我を保っているから、親孝行についてなど、自分なりの価値観や考え方を持ち続けているのかなと思いました。

似たような境遇の人と交流したいと思いつつ、人間不信や対人恐怖もあるということですが、ネット上であれば人と交流するハードルが低くなるのではないでしょうか。ぜひ今後もネットの居場所に参加してもらえると嬉しいです。

【返信】

お返事ありがとうございます、感想を読ませていただきました。 語彙力が乏しいので、ちゃんと伝える事が出来たのか不安でしたが感想を読んで、その不安が少し和らぎました。

自分は無口・・・と言うか、言葉に発する場合、何をどう話せばいいのか分からなくなるので話すのは大の苦手です。どちらかと言うと、文字に起こして伝える方が自分には合っています。それでも「どのように書けば伝わるだろうか?」と長時間考えて書いていくので書き上げるのに時間はかかります。考えが纏まらず支離滅裂な事を書いてしまう時もありますね。

賢い人だとか自己分析だとか自分ではよく分かりませんが自分がやられて嫌な事は他人にはしない様にはしています。虐められていた経験があるから余計にそうしているのかもしれませんが・・・そもそも他人を信用出来ないので「人の痛みが分かる」とか、そんな偉そうな事を言えた義理ではありませんが。

確かに「本当の自分」は親や兄弟には見せていません、いつも「作り出したもう一人の自分」を演じています。親も兄弟も心の病に理解が無いからというのが理由ですね、この先も見せる事はないでしょう。なので本当の自分を見せても無意味、無駄だと分かっています。それならば、作り出したもう一人の自分を演じてた方が気が楽です。

死にたい気持ちは今もありますが、本気で死にたいとは思っていません。死にたいというよりは消えたい感じでしょうか。死ねない理由は「親が生きてるから」だけですね。どんなに死にたくても、どんなに消えたくても、親が生きている内は死ねませんし消えれません。「子が親より先に、ましてや自殺で死ぬ・・・と言うのは最大の親不孝」だと考えているからです。仮に既に親が居なかったら、さっさと生活保護なんか止めてホームレスか当てのない放浪者にでもなってますね。生活保護を受けていると、どうしても「情けなさ・後ろめたさ・罪悪感」が付き纏いますからね。

そういった負の感情を毎日抱えながら生き続けるのは辛いですし疲れてしまいます。かと言って、親が生きているから生活保護を止めたくても止められない。本当に、生活保護を受けている今の生活は心身共に疲れます。なぜホームレスが生活保護を受けたがらないのか、何となく分かるような気がしますね。きっと、こんな思いをしたくないからなのでしょう。

生活保護という鎖に縛られて制限のある暮らしを強いられるくらいならば、ホームレスとなり何一つ縛りの無い自由な生き方を選んだ方がいい。なんだか、ホームレスが羨ましく思えます。

メンタル的にも体力的にも年齢的にも、もう働くのは厳しいのではないか?とは思っています。「自分は社会不適合者だ!」と思っていますから。

持病で腰があまり良くないので力仕事は不可能だったりします。仮にもし、働くのだとしても、メールで受け答えする相談員でしょうか。とは言っても、語彙力が乏しいので相談者が求めるような答えを答えてあげられるか分かりませんし返答までに、かなりの時間を要する事になりそうですけど・・・

相談って色々なサイトを見ても、ほとんどが電話相談のみでメールのやり取りがありません。メールのやり取りOKのとこでも1度のみ(1送信1返信)だけで、お世辞にも相談とは言えません。世の中には自分の様に言葉に出して話すことが苦手だけど文字でなら大丈夫って人は沢山いると思います。そういった人達の事を考えてないのかな?って。そういった人達の相談できる場所があっても良いんじゃないのかな?って。

自分は「うつ病に見えない」とよく言われます、多分、他のうつ病の人と比べて明るく見えるからだと思います。しかし、うつ病を始めとする心の病は一人一人性格が異なる様に、症状も一人一人異なります。症状が軽い様に見えるけど実は重かったり、症状が重い様に見えるけど実は軽かったり。例えば、骨折した人の痛みや辛さって骨折した本人にしか分かりませんよね?心の病だって同じです、痛みや辛さは本人にしか分からないんです。見た目は症状が軽そうに見えても、実際はとても辛いんですよ。そういう事を分かっていない人に限って「うつ病に見えない」とか言っちゃうんですよね。まぁ、心の病に理解の無い人なのでしょう。自分も、そこまで心の病について詳しく理解はしていませんが・・・(そんな余裕がない)

今まで自我を保っていたのは親への感謝もありますが、それ以上に、ただ自分を押し殺してただけってのが大きいですね。自分を押し殺して感情を麻痺させて何も考えないようにしていただけにすぎません。

「死にトリ運営スタッフ」さんも北海道だったのですね。確かに、機会があれば同じような経験をした方達との交流の場を設けるのもいいかもしれませんね。

【返信への返信】

感想を読んでのお返事、ありがとうございます。いつも「本当の自分」を押し殺して「作り出したもう一人の自分」を演じなければならないこと、生活保護を受ける生活に付き纏う「情けなさ・後ろめたさ・罪悪感」に疲れきっていることが伝わってきました。

親や兄弟の前では押し殺されている「本当の自分」として、人や社会と繋がれる方法が、今は文章を書くことなのではないかと思いました。自分の感情や思考を読み手に伝えようと吟味しながら書かれているから、分かりやすいのだなと納得しました。経験談は文語体で読みやすかったですが、返信は話し言葉に近くて、親近感が持てました。

文字でやり取りする相談のような仕事なら、とイメージしているのですね。実は私も「言葉に出して話すことが苦手だけど文字でなら大丈夫って人」です。もちろん電話相談はできず、SNS相談を利用したことがきっかけで、北海道の死にトリなどをやっている場所に来ました。その場所は、あなたのようにこの社会の理不尽を経験してダメージを受けた人や、誰かに支えられた経験が少なく人を信用するのが難しい人などが、生きづらさも課題も抱えたままやって来て、共同生活したり働いたりしているところです。たまに勉強会もしていて、今度はベーシックインカムや愛着形成についてみんなで勉強し語り合う予定です。ベーシックインカムは、生活保護に付き纏う「情けなさ・後ろめたさ・罪悪感」を解決するのによい方法だと思いますか?もしご興味があれば、交流もかねて参加してもらえたらと思います。