私の存在意義

京都府・18歳・女性

死にたい、が正確な気持ちなのかはわかりません。でも時々、自分がここにいていいのか、誰からも必要とされていないんじゃないか、と思って泣きたいような悲しい気持ちになります。心あたる理由は、今のところ二つあります。

一つ目は、恋愛で失敗したことです。大好きな人がいました。少しややこしい関係性にある人でした。友達の元カレで、私の元カレの友達でした。友人関係にひびが入ってしまいそうになることを気にしながらも、それでもその人が好きでした。幸運なことに、彼も私のことを好いてくれました。驚くくらい熱烈な愛し方をする人でした。少女漫画みたいな台詞を耳元でささやいてくるタイプの人です。彼が好きだった私は、それでのぼせあがってしまいました。好き。好き。大好き。いつでも一緒に居たいし、なんっでも話したい。それを許容してくれ、むしろ助長してくる人でした。それなのに。簡単に壊れてしまうなんて信じられませんでした。きっかけのひとつは、私の親がこの恋愛に介入してきたことで間違いないと思います。あまりにものぼせてしまった私を受験に集中させるため、仲を裂くよう言われました。親に逆らってまで関係を続ける選択肢はなかった。これを彼に伝えると、彼は、「仕方ないね」と言いました。「それでも僕は君に会うたびに、まだ好きだよって言うよ」

その言葉を当てにしていました。学校以外で会う機会がなくなりましたが、学校で会うたびに話しかけに行って、少しでも彼と居られるように振舞いました。だんだんと彼の反応は薄くなっていきました。今思えば、その段階で止めればよかったのです。でも、嫌われてるはずがない、何かの照れ隠しなんだ、と思い、現実から目を背け、彼にかまい続けました。とうとう、無視されるようになりました。私のことを、うざい、と彼が言っていたと、あとから友達から聞きました。
私は愛されちゃダメなのか、私のことを大好きだといった人がもう話したくもなくなるほどダメな人間なのか。生きる価値なんて。なまじ学校で会えてしまうだけに、つらさが募りました。

二つ目は、親の期待です。いい大学に行くこと。そのためにはなんだってしてくれる協力的な家庭です。ただし、「そのためには」です。それが結果として私の幸せを望んでくれていると感じるからこそ、その期待に応えなくちゃ、と余計に重圧を感じてしまいます。やめてくれ、ということは、今まで親がしてきてくれたことをすべて否定すること。そうすればどんな恐ろしいことが待っているのか想像もつきません。今できることは、あと数か月辛抱して、彼らの望みどおり大学に行き、自由になる日を夢見ること。大学に行けば、上記の彼と顔を合わす頻度もぐんと減るでしょう。それが救いです。

今こうして、いくらか冷静に文章が書けるまでに落ち着いたのは、今はもう学校が休みで、一人で勉強する時間がほとんどであることと、ある友達に助言をもらえたからです。

とりあえず今は、解放される日、何かが変わる日を夢見て、勉強するよりないですね。こうやって文章を書いているときも、本当は親に見つかって怒られやしないかとびくびくしています。

●感想1

びくびくしながらも、原稿を書いてくださり、ありがとうございます。

恋愛はあなたの言う通り「のぼせ上がって」しまったようですね。恋愛はそもそものぼせあがり、盲目的になるものだろうと思いますので、今こうして冷静に振り返っている様子を見ると、あなたの人生にとって一つの学びになったのだろうと思います。

親御さんからの期待は苦しそうですが、あなたなりに対処したり、整理できたりしているように感じました。助言をくれる友達もいるようですし、周囲の力をうまく借りて、解放を勝ち取れるのではないかと思いました。苦労をして自由を獲得することができたら、その自由を求める気持ちをさらに大切に、他の人の自由も尊重し合える社会づくりに参画してもらいたいと思います。

●感想2

親御さんから自分の幸せを望まれているということなので、聞いてみたいなと思ったことがあります。あなたにとっての幸せって、どんなことですか?あなたにとっての幸せが、親御さんの望む幸せと重なるなら、それはまさに協力的な家庭なのかなと思います。しかし、それが重ならないときには、期待がつらいものになるのではないでしょうか。

文章を読み、大学に行くと少し自由になれるのかなと解釈しました。それと今は1人でいる時間が多いとのことで、勝手に少し安心しました。

●感想3

「私の存在意義」を感じられず悲しくなるような気持ちとその理由を詳しく書いてくださり、ありがとうございます。

まず、恋愛に対する、親の介入の仕方が気になってしまいました。勉強に集中したほうがあなたのためになると考えてのことだと想像しますが、仲を裂くように言うのは、少し言い過ぎではないかと思いました。もう少し、あなた自身が好きな人との関係をどうしていくか考える時間を与えてくれてもよかったのではと、私は思いました。冷静に考えると、恋愛が一つ終わったことで「自分はダメ人間では」、「生きる価値がないのでは」とまで考えるのは極端な気がします。しかし、あなたがそこまで追い詰められたことには、恋愛以外の背景もありそうだと思いました。つまり、親などの干渉が、あなたが逆らうことも、自分のペースで考えることもできない状態になるほどに、強いものだったのではないかと推測しました。

自分の人生にとって重要なことを自分で選択する余地が奪われているとしたら、親など周りの人からの評価を基準にして生きていくしかなくなるので、周りの人に認められない出来事(失恋もその一つでしょう)があると「生きる価値がない」と感じるのも頷けます。

一方で、後半の文章からは、親の期待による重圧から解放されたいというかなり切実な気持ちも伝わってきました。しかし、もし親の望み通り大学に行ったとしても、親から次は「いい仕事に就くこと」などを期待され続けることになりそうで、重圧から解放されるのはなかなか難しそうだと思いました(もう少しの辛抱と思って夢見ていることを裏切るようなことを言っていたら、ごめんなさい。正直な感想を伝えたかったのです。)また機会があれば、できるだけ周囲の期待や評価の重圧から解放されて自由になれる方法を、一緒に考えていけたらと思います。

【返信】

文字に起こしたことで、さらに冷静になって考えれたような気がします。私の悩みは「よくあること」で、しかも両親がいて勉強できて彼氏もできて恵まれてるくせに死にたいとか何様?なんて思うこともあります。その「恵まれてる」って気持ちもなんだか他人の評価に頼っているみたいで、自分準拠じゃないですね。格別辛い経験をしたわけでもなくきっとよくあることなのは間違いないのですが、それでも当人にとっては大きなことで、それこそ人生が決まってしまう、なんて大袈裟な言い方もできることでした。

なので、「失恋なんてよくあるし、親とギクシャクするのもよくあるよ」って返信が来たらどうしようかな、と思っていました。でも、とても真摯で温かなメッセージをいただけて嬉しかったです。ありがとうございました。

●感想1について

びくびくしながらも、原稿を書いてくださり、ありがとうございます。恋愛はあなたの言う通り「のぼせ上がって」しまったようですね。恋愛はそもそものぼせあがり、盲目的になるものだろうと思いますので、今こうして冷静に振り返っている様子を見ると、あなたの人生にとって一つの学びになったのだろうと思います。

→頭を冷やすことがどれだけ大切なのかを学べたと思います。

親御さんからの期待は苦しそうですが、あなたなりに対処したり、整理できたりしているように感じました。助言をくれる友達もいるようですし、周囲の力をうまく借りて、解放を勝ち取れるのではないかと思いました。苦労をして自由を獲得することができたら、その自由を求める気持ちをさらに大切に、他の人の自由も尊重し合える社会づくりに参画してもらいたいと思います。

→ここのサイトにもずいぶん救われました。その恩返しはいつか必ずします。

●感想2について

親御さんから自分の幸せを望まれているということなので、聞いてみたいなと思ったことがあります。あなたにとっての幸せって、どんなことですか?

→私にとっての幸せは、正直なところまだわかりません。自分で決めたことを、自分で責任持って最後までやることじゃないかな、とは思い始めています。誰かに言われたからやらなきゃいけない、とか、他人に依存することとはきっと違うんだろうな、と思います。抽象的ですみません。

あなたにとっての幸せが、親御さんの望む幸せと重なるなら、それはまさに協力的な家庭なのかなと思います。しかし、それが重ならないときには、期待がつらいものになるのではないでしょうか。文章を読み、大学に行くと少し自由になれるのかなと解釈しました。それと今は1人でいる時間が多いとのことで、勝手に少し安心しました。

●感想3について

「私の存在意義」を感じられず悲しくなるような気持ちとその理由を詳しく書いてくださり、ありがとうございます。
まず、恋愛に対する、親の介入の仕方が気になってしまいました。勉強に集中したほうがあなたのためになると考えてのことだと想像しますが、仲を裂くように言うのは、少し言い過ぎではないかと思いました。もう少し、あなた自身が好きな人との関係をどうしていくか考える時間を与えてくれてもよかったのではと、私は思いました。冷静に考えると、恋愛が一つ終わったことで「自分はダメ人間では」、「生きる価値がないのでは」とまで考えるのは極端な気がします。しかし、あなたがそこまで追い詰められたことには、恋愛以外の背景もありそうだと思いました。つまり、親などの干渉が、あなたが逆らうことも、自分のペースで考えることもできない状態になるほどに、強いものだったのではないかと推測しました。
自分の人生にとって重要なことを自分で選択する余地が奪われているとしたら、親など周りの人からの評価を基準にして生きていくしかなくなるので、周りの人に認められない出来事(失恋もその一つでしょう)があると「生きる価値がない」と感じるのも頷けます。
一方で、後半の文章からは、親の期待による重圧から解放されたいというかなり切実な気持ちも伝わってきました。しかし、もし親の望み通り大学に行ったとしても、親から次は「いい仕事に就くこと」などを期待され続けることになりそうで、重圧から解放されるのはなかなか難しそうだと思いました(もう少しの辛抱と思って夢見ていることを裏切るようなことを言っていたら、ごめんなさい。正直な感想を伝えたかったのです。)

→ありがとうございます、確かに盲点でした。ただ、私の気の持ちようが変われば、期待を重く受け止めすぎず軽く流せるようになるのかな、とも思い始めています。

また機会があれば、できるだけ周囲の期待や評価の重圧から解放されて自由になれる方法を、一緒に考えていけたらと思います。

【返信への返信】

●コメント1

こちらのコメントをよく読んで、丁寧に返信をしてくれて、ありがとうございます。応答をくださるのはとてもありがたいです。気づくことがたくさんありますし、反応があるとやっている手応えみたいなものを得ることができて嬉しくなります。
存在意義を見つけるのはとても難しいことなんだろうと思います。私はあなたよりも随分と長く生きていますが、未だに存在意義と言われてもうまく答えられない気がします。おそらく、それは絶対的なもので一つしかないわけではないだろうし、変わっていったり、揺らいだりし続けるのではないかと思っています。ただ、確かに言えることは、人はたった一人で自分の存在価値を見出すことはできないので、いろいろな人と関わることが必要だと思いますし、人と関わって感じること、考えること、それを表現することもポイントになるのだろうと思っています。今は、そうしたことをする貴重な機会が少なくなっていると思うので、このサイトを通じていろいろな人と交流したいと思っています。これからも参加をお待ちしています。

●コメント2

返信に書かれていたように、傍から見れば「よくあること」だとしても、本人にとっては人生に関わるほど大きな出来事もあるということに、身をもって気づかれているのだろうと思いました。

自分にとっての幸せはよくわからないけど、自分で決めたことを自分で責任をもって最後までやることかなと思い始めていたのですね。私は、幸せが何かわからなくても構わないし、幸せを追求することだけが人生ではないと思っていますが、それでもあなたの考えを聞いて、自分にとっての幸せとは?(どんな自分でありたいか?どのように人生を生きたいか?)について自由に語り合える機会があってもよいかもしれないと思いました。それを語り合うことは、各々の幸せや理想を認め合うこと、多様な価値観に気づくことに役立つかもしれません。

私自身もあなたの考えを聞いて、自分の人生に関することを自由に決定できることや、その前提としてアイデンティティー(一人の人として生きている実感?)を持てることは、当たり前にできるわけではなく、誰かと支え合っているからできることかもしれないと気づかされました。

大人の期待を軽く受け流せれば、少し楽になるかもしれませんね。これからも広くいろいろな人と意見を交換して価値観を広げられれば、あなたが周囲の評価に振り回されずに生きていく力になるのではないかと思いました。いろいろな気づきをありがとうございます。