私の安心できる場所

東京都・23歳・女性

私は子供のころから周囲の人に恵まれて育ちました。人の陰口を言ったり嫌がらせをする人なんて見たことが無いほどに、平和な世界で生きてきました。
少し話は変わりますが、私は自分が安心できる場所にいないととてもストレスを感じます。それはまさしく先に話した通り平和なコミュニティでないと安心できないのです。なぜこんな風に考えいたったのかは長い長いカウンセリングの結果ですが、私はとにかく周りの人に好かれたい、愛されたいという欲求があります。愛される為に私は完璧に空気を読んで完璧にそのキャラクターになりきらなくてはいけません。
18歳まで、私の周りの人達はみんな純粋な子供のようで、喧嘩はしても人を嫌うようなことはありませんでした。もちろん私もなんの苦労もなく、ありのままの自分でいれば愛してもらえました。
しかし大人の世界はそうはいかないのです。医療系の学校に進学した私は臨地実習に行くことになります。そこはまるで別世界のようでした。常に邪魔者扱いをされ、実習から雑用まで全てを任されます。医院のスタッフはいつも後ろで実習生の行動を監視して、1つでも不可解なことをすれば問いただされてしまいます。例えそれが正しい行動でも医院では医院のやり方が正しいのです。
なんだか愚痴のようになってしまいましたが、私は臨地実習中もスタッフの皆さんに好かれようと必死でした。注意を受ければ「ご指導ありがとうございます」、常に自分から動き、誰よりも早く登院して決して口答えしませんでした。朝の駅、ホームで自殺を考えながら医院の前でキャラクターを切り替えていました。
そうして4ヶ月が経ったとき、私の足は駅へ行く事を拒否しました。心はずっとあの医院で無理をする事を嫌がっていたのに、頭がそれを無視して実習は楽しいと言い聞かせていました。そうしたらついに体からストップが出たのだと思います。これ以上は死んでしまうと、足が止まってくれたのだと思います。
その後一度も医院には行けず半年間休学をしました。休学中は学校で週1回カウンセリングを受けました。次の年は復学し、医院のスタッフに好かれる事は諦めて卒業だけを目指しました。嫌われる事は恐ろしかったけど、それ以上にお金がないのでもう嫌われたくないなんて言っていられなかったんです。患者さんの前で倒れかけたりもしました。流石にそれは私の医療者としての意地で取り繕いました。最初の実習でうつ病を発症して、私は病気なんだと言う言い訳を貰う事で少しくらい楽にしていいと自分を許せました。うつ病影響や薬の副作用で学校に登校できない事もあり、卒業間近には毎日タクシーで登校するようになってました。その時にはもう、とにかく行けばいいんだとふっきれて、先生達にはとんでもない迷惑をかけました。
でも私の目標は卒業ですから、人に迷惑をかける事を戸惑っていられません。これはカウンセリングで言われたことです。目標は1つだけにしてそれ以外は諦めなさい。もしかしたら先生達は嫌だったかもしれませんし、医院のスタッフには嫌われていたかもしれません。でも私の目標はである卒業以外は諦めなくてはいけませんでした。
今は卒業し無事に資格も取得して、もともとバイトをしていた医院でパートをしています。このバイト先は休学中も唯一通うことができた私の安全地帯ですから、ここで雇ってもらえたのは本当に幸運だと思います。現在私の周りは至って平和で優しい世界です。しかしそれは私が恵まれていたからです。いつかまた外の世界に出た時は、人に好かれなくても自己肯定をできるようにならなくてはいけません。
それから学校のように変わっていくのではない、不変の安心できるコミュニティに属する事で心の支えを得ることができると思います。私の場合それはキリスト教会でしたが、人それぞれきっとなにか安心できるコミュニティがあると思います。私の経験から、少しでも現状を楽に生きる事が出来る人が増えれば幸いです。

●感想コメント1
原稿ありがとうございます。
原稿を読んでちょっとびっくりしています。
というのは、あなたが書いていることが私たちがここ数年自殺防止の事業を進めてくる中で議論して、整理したこととぴったりと重なることが多いからです。
活動をする中で、「死にたい気持ち」の原因はその人が持っている理想と現実のギャップから起きるのではないかという仮説を立てました。そして、理想にはいくつか種類がありそうだと整理をしました。
検討の結果4つの種類に整理されたのです。一つ目が「愛し愛されたい」という理想、願望、二つ目が「社会に貢献したい」という理想、願望、三つ目が「平和な世界で生きたい」という理想、願望、そして四つ目が「脅かされずに穏やかに生きたい」という理想、願望です。それに対して、実際の生活の中ではその理想や願望に近づくことができる要素をどれくらい持っているのか考えたときに両者のギャップが大きいと「死にたくなる」と言うものです。
あなたの書き出しは三つ目の「平和な世界で生きたい」つまりユートピア願望だと思いましたし、カウンセリングで気づいたということは一つ目の「愛し愛されたい」という理想、願望だと思いました。
実は、そうした項目を整理して「死にトリ診断」を作り、自分の「死にたい」の背景や内容を理解把握できるように準備をしています。実習のエピソードを見ると社会に貢献したいという思いも伝わってきたので、あなたには死にトリ診断が完成したら、ぜひ試してみて、感想をもらいたいと思いました。
医療系に進んだとのことで、職種は書いていませんが看護師さんですか?私は福祉の仕事をしていますが、福祉分野でも看護師さんが必要なのであなたみたいな真剣に生きることに向き合ったり、自分のことを知ろうとするような看護師さんと一緒に仕事をしたいと思っています。(看護師じゃなかったらごめんなさい)というのか、そういう人こそ医療と言う現場でその人らしく活躍する社会になってもらいたいと思っています。

●感想コメント2
あなたは生きづらい経験を通じて「目標を1つに絞って生きる」「居心地がいいコミュニティに所属する」など生き抜くためのコツを見つけられたのかと思います。また、それを見つけるためには自分自身の隠れた欲求に気づき、自分の考え方を工夫しつつ環境を調整するプロセスが重要なのかもしれないと気づかされました。あなたの経験は生きづらい人にとってヒントになるような気がします。
あなたは安心できるコミュニティで平和かつ穏やかに生きられる力をもっていらっしゃるのだと想像しました。それと同時に、あなたがコミュニティで平和に暮らしていることが、いつかコミュニティに参加するだれかの安心になるといいなと想像していました。私も生きていくうえで安心できるコミュニティが必要な人間なので、(勝手に)そう願っています。

●感想コメント3
経験談を読んで、自分にとって居づらい環境からは「積極的に逃げる」ことができるようになって、生きやすくなられたのだと思いました。人に愛されたい欲求が高めの人は、日本だと多いような気がします。どの職場や学校に行っても嫌がらせをされることなく受け入れられるような、平和な世の中になれば理想なのになと思いました。