生きるとは②

新潟県・21歳・Xジェンダー

今、ふいに思い出した事をまず書きます。
私は夢の為に嫌なことも必死に我慢して頑張ってきたのですが、それは東京のとあるダンススクールに通うことでした。私は地方出身なので、やっとの思いで通えるようになったのに、そこは先生に媚を売ってればいいようなところで…。自分自身、高校に行きながら、上京してもバイトをしながらだったので、頑張れてない部分もあったけど、自分の中では上り詰めてきたって感じだった。でも、憧れてた場所が1番、私が大嫌いな汚い世界で、今まで芯を持って頑張って生きてきたことが無意味のように感じてしまった。
お芝居も好きでオーディションを受けたりしていた時期があって、でもそこで悪いオーディションがあることも知った。無知だったのが悪いのかもしれないけど、世の中こんなもんなんだって思ってしまった。自分にとっては憧れの場所で辿り着くまで凄く時間がかかって、沢山、嫌なことがあって、それでも夢の為って思ってきた。けど、演技仲間の年下の子とかは生まれも育ちも東京の子だったりして、私にとってはやっとで、毎日、お金がなくギリギリの生活だった。
表現の世界は目立ってなんぼという世界だけど、私は目立ったら意地悪されるという価値観で生きてきたので、まずは、感情を出すことから私はしないといけないと突きつけられた。また別の子は会社の寮で生活して、週末は実家に毎回帰っていて、私は親の仕事が休みじゃないと帰ることが出来なかった。今となっては人と比べてもどうしようもないと思うけど…。
バイトも部門ごとに社員さんが1人か2人いるけど、私の部門にはいなくて、1人でやらなきゃいけない場面が多かった。だからこそ、色んな人とコミュニケーションを沢山とるようにしていた。ギリギリですが未成年というのもあって、気を遣いすぎってくらい遣ってないといけなかった。そんな生活で精神的にも肉体的にも限界がきて、毎日、目が覚めてすぐに不安が襲って、本気でもう死ぬことしか選択肢がないと思った。
のと同時に、そのちょっと前に、たまたま演技のレッスンを新たに受けようと思った場所で、なぜか縁がある方のポスターがそこにあった。本当に知らずだったけど、その方はダンスもやられてる方でだった。そこで、演技が上手く出来なかったり、ダンスから少し距離を置いていたけど、やっぱりダンスやりたいなという気持ちが出てきた。男性達に下心で接される機会が多くなって、『女の子を守らなきゃ』っていう気持ちがなぜか出てきたりした。
今まではダンスをやってない人達の中にいたから、ダンスが出来ることが私の個性だったけど、ダンスの世界ではダンスは皆が出来るって環境になって、ダンス以外の部分が求められる。例えば、アクロバットが出来たりすることでフィーチャーされることを目の当たりにした。私は学校の授業すべて苦手だったので、唯一できたのがダンスだ、私は。と思ってきたんですけど…(笑)芸人さんやアイドルの方で小説を書く人がいたり、芸人さんで歌を歌う人がいたり、趣味の絵が作品になったりする人がいた。
私は勝手に「表現=歌、ダンス、演技」と思っていたけど、文章を書くことも表現、絵を描くことも表現、って気づいた。全ては繋がってるというか。花柄は好きだけど花には興味があまりなかった。けど、服のデザインをしたいと少し思った時に、意味合いがある物にしたいと思って花言葉を調べたりして、点と点が繋がったんですよね、色々と。
アナウンサーじゃないけどキャスターをやられる方がいたりもする。今まで自分のことで精一杯でニュースを見る時間がなかったけど、ニュースを見るようになって、性犯罪、性教育、ジェンダーの問題があるのを知った。元々、人種差別とかおかしいと思っていた。
自分自身、恋愛対象は男性だけど、姉御系で男っぽいとこがあって、服もかっこいい物が好きだったりした。本当に目立つことが許されなかったので、どこか他の子が得意なことには興味持ってはいけない、という考えが自分の中にあった。でも、全て繋がっているんだって身をもって感じた。
ダンスが中学校で必修化になっていて、ダンス自体が教育と凄く密接になっていて、大人になったら自然と子供に目がいくようになるのかなって勝手に思っていたんです。自分自身が色んなことがあって、本当の意味で心から子供たちの為にというか、自分たちがいなくなった世界の子が生きやすい世の中になって欲しいと、心の底から思うようになったのが、ちょうど20歳。自分らしく生きたいと思うようになったのが、生きる希望に変わったのかもしれません。成人というのが、親の呪縛から逃れられるというか、携帯の契約でさえも未成年だと変更できないのもあって、これからは何でもしていいんだな、自分で決めていいんだなって思えたのが20歳でした。

どのような学校があればいいと思うか

簡潔に言えば、イエナプランみたいな学校ですかね。
私、個人の話をすると、自然と触れ合ってると落ち着くので、狭い教室で黒板に向かって、椅子に座ってという勉強よりも、子供は子供らしく外で駆け回ってる方が、感性が磨かれるんじゃないかなと思います。それこそキャンプみたいので、大人に教わりながら、教わったことを、分からない子に教えてあげる、そういう人間としての学校教育が必要なのかなと。もちろん勉強することも大事なのかもですけど、覚えるだけの勉強は無意味なのかなと個人的には思います。もっと1つの題材について意見を言い合う、人の意見を否定せず最後まで聞く。良い、悪いを決めるんじゃなくて、単純に意見交換をして、多様な価値観を認める教育です。
私は芸術が好きなんですけど、例えば絵を描くことでも、学校では、「上手いor下手」「出来るor出来ない」ってなってるけど、芸術ってなるとそういうのは関係なくなる。国語でさえも正解があって、テストをする為には仕方がないことなのかもだけど…。大学みたいに幼い頃から専門的なことを学ぶ教育があってもいいと思う。
あと、1人になれる空間。難しいとは思うけど…。例えば休み時間、この教室は1人でぼーとしたり、本を読んだり、勉強したりできる教室。この教室はワイワイ、ガヤガヤ話せる教室。みたいなのがあると、子供の自分を守る、ぼっちが怖くないと思える逃げ道があるのかなと思う。大人になったら1人で生きてく力が必要だから。
それと、子供ながらに衣・食・住が大事と言われてもよくわからなかったから、それを丁寧に説明する授業があってもいいと思う。中学校や高校、進路を決めるだけじゃなくて、生きる力を学校教育で教えた方がいい。例えば社交的な人と、内向的な人では全然、合う環境が違うから、これも良い、悪いじゃなく自分に合った選択をしていく力を教えた方がいいと思う。自己分析授業みたいな(笑)人は人、自分は自分と思える様な学校であれば、自殺を防げたりするのかな?

生きたいと強く思ったきっかけ

単純に、今年に入って霧が晴れたというか、運勢的なことなのか分からないですけど(笑)
私は去年の3月に実家に戻ってきて、自分の部屋が無かったんですけど、離婚して母が家を出たので1部屋空いて、戻ることができた。そこから、まず母と向き合うようになって、何度も何度も話したけど全くわかってくれず、働けとしか言われなかった。今まで大人ぶって生きてきたけど、限界がきて親を求めるようになった。本当に去年は廃人みたいになってたけど、全く誰もそれに気づいてくれなかった。母は自分の意見が正しいと思ってる人なので、私がどう思ってるとかは関係なく単純に論破できればいんだなということに気づいて、親に感謝しなければならない、親孝行すべきというのは、ちゃんと親としての役割を果たしてもらった上でのことなんだなと思った。そこから会わなくなって、年末に母方の祖母の家に行って、祖母とも仲良く出来たらと思ってたけど、体調がもう悪くて無理で、なにも事情を知らない祖父にも働けと言われ、母方とは少し距離を置こうとなった。今年の4月くらいにも、父に働けと言われた。そこでもう1回話した時に『働けるなら帰ってきてない』と言ったら、ちょっと分かってくれたみたいだったけど、また働けと言われた。
その時に三代目J Soul Brothersさんと一緒に踊れるというTBSさんの『音楽の日』の企画があって、それは踊ってる動画を送って参加して下さい、というものだった。一緒に踊れたけど、応募したからといってみんなが参加できるわけじゃないというのを知ったり、たまたま三代目さんのステージのすぐ後ろくらいが立ち位置だったり、カメラさんが抜いてくれた。夜で遅いので前日に自分でホテルを予約してとって、行きたかった場所も調べたら、電車で意外とすぐ行けることを知って、次の日に行くことができた。
自分にとって東京は憧れで、実家に帰るのもギリギリまで決めれなくらい、私は東京に居たかった。しかもダンスで東京に行ける。TVに中継だけど出演できるっていうのは、本当に夢のようなことで、家族は誰もそのことは知らないけど、承認欲求が満たされたのは凄く大きいですね。それこそ、もし自殺を選んでいたら、経験することが出来なかったですし。でも人が多いのに疲れてしまって、ダンスもギリギリな状態で踊っていた。友達と来てる子もいて、過去の体験がフラッシュバックしたというか、少し疎外感を感じた。その時に、とあるオーディションに参加してる子がいて、その子は自分を持って挑戦されてて、出来レースだったりもあるので、あまり期待してなかったけど、その子はファイナリストまで残って、自分を通すことで評価されることがあるんだ!と感じた。それで、私も私らしくダンスをやっていこうと思えたのが、結構、自分の中で意識が変わったきっかけになりました。
でも、自分らしく生きれる環境にあるその子を嫉妬しちゃったりしてた時に、このチャットに会った。思いを共有できる子がいたり、現在進行形で苦しんでる子、逃げらない環境にある子がいたり、リアルに死にたいと思ってる子がチャット内にいたりした。私はニートになって、今まで忙しすぎて冷静なれずにいたおかしさに気づいたりして、少しずつ感謝が出来るようになって、1番は愛してくれてる人がいることに気づいた。母は母なりに愛してくれていたし、求めていたものとは違ったけど…。父も、父方の祖母も愛していない訳ではないと思えるようになった。母から悪口を沢山、聞いていて、母が家に居場所がない感じを感じていて、兄がいるんですけど、兄はマイペースで(笑)私は結構、人がどう思ってるかが、わかってしまうので、学校でも家でも自分がどうあるべきかを考えて動いていました。
そう思えるようになったのも、高校生の時の1人の先生を、今年になって思い出したからです。当時は教師なんて大人なんて信用するもんか!って頭では思っていたけど、心では実は信じていたのかもって思い始めた。その先生は自分をちゃんと見てくれていて、その上で認めてくれて、信頼してくれて、頼ってくれる、ちゃんと私の話を聞いてくれる。たまたま、その先生がいる場で過去のことを話す流れになった時もそれを聞いた上でも受け止めてくれた。そんな人に出会えてたことに気づいたことが強く生きようと思った最大の理由です。学生の時なので、まだ何者でもない自分を本当の意味で認めてくれてたんだなって気づいて、他にも無償の愛をくれる人がいて、変わらずに見守ってくれる人というか。素敵な人に出会えて、素敵な人が自分を認めてくれている。それって自分自身も素敵な人間だからなのかもって思えるようになって、今まで沢山の人に認められなきゃって思っていたけど、もう十分、愛されてるんだなって気づけたことが本当に大きいです。器用貧乏なところがあったりして、でも何者でもなくても認められるんだと。本当の意味で認めてくれる人に10代で出会えてたことが、自分の人生、捨てたもんじゃないというか、その高校に行くことを凄く親に反対されたし、ダンスをやっていいけど、高校に行くこと、バイトをすることが条件だったので…。
自分が選んだ道で素敵な出会いがあったことが、自信に繋がる。結局は人との出会いなんですかね?(笑)
私の経験が誰かの心に届いて、自殺という選択肢を選ばなくてよくなるきっかけになってほしいと思います。