生きるとは①

新潟県・21歳・Xジェンダー

私は学校に行くという選択肢があるなら、行かないという選択肢があってもいいと思います。
なぜかというと、私の中での一番古い記憶は、保育園年長の時のこと。なにかを作る時に好きに色を選んでいいと言われ、私は素直に自分の気持ちで色を選んだ。しかし、たまたま選んだ色が、自分より先に先生に呼ばれ選んでいた子と被ってしまった。私はそれを知らなかったのに、真似して選ぶんじゃなくて自分で選びなさい、と言われた。私はその色がよかったのに他の色を選べと言われて、すぐに他の色なんて選べなかった。その姿がまた真似をしてるからだと思われてると悟ってしまった。自分より先に選んでいた子は意地悪をする子だった。でも先生はその子の言葉を信じるのだと思った。
そして卒園し小学校に入った。小学校低学年の担任の女の先生は怖かった。気に入られている子とそうでない子の差、いわゆるスクールカーストの上にいる子は可愛いがられてるイメージだった。私があまり発言を出来なかったので、無理やり言わせようとする威圧感や言ったら言ったで、言い訳するなと…私は経緯を説明していたのに、頭ごなしに怒られた。同級生との関係もいつ仲間外れにされるか分からない恐怖。小学校中学年、私は元々、異性の男の子とも普通に仲が良く、でもそれをあまりよく思われず、ぶりっ子という噂を流されて、男の子に総スカンくらった。靴や筆箱を真似されてて、筆箱は全く同じ物だったので、男の子にお前が真似をしたのか。それともお揃いにしようと言って買ったのか。と聞かれ、そのどちらでもない、私じゃない子が真似したという選択肢はなかった。また違う子には些細なことで私にいじめられたと言ってきた。給食の時、机をくっつけるが、机の横に引っ掛けてた荷物で机をくっつけることが出来なかったのを、同じ班の女の子に自分と机をくっつけたくなかったと勘違いされてしまった。彼女は同じ班の男の子が好きだったみたいで、私に取られると思ったのかもしれない。担任の女の先生(低学年の時とは違う)はいじめられたと主張した彼女の肩を持ち、急に呼び出されていじめられたと言われたので反論も出来なかった。私の母に報告しないと言った。うちの母も私にいじめられたと聞いたら私を責めただろう。母は娘の私の意見はあまり聞いてくれず、そんなことしたら嫌われる、などと言うような人で誰々ちゃんはどうのこうのと、いつも他の子のことばっかり言っていた。彼女が正当に私を見てくれたことは皆無だ。そういう親じゃなかったら相談を出来たのかもしれない。小学校高学年、居場所がなかった私は必死に探し2人組の女の子と一緒に過ごすようになったが、3人になってしまったので、なにかをする時は2対1になってしまう。当然、私は1の方だ(笑)そういう扱いを受けても私は1人で居ることを選べなかった。1人でいたら母が心配すると思ったからだ。学校はグループを作る場面が多かったりする。全校に向けた学年発表をする時も、リーダー的役割をした時、他にも何人かいて一緒に頑張ろうと思っていたのに、発表当日、私以外の子達で服を揃えてきていた。あからさまに仲間外れにされているのに誰も心配してくれなかった。母は少しその事に触れてきたが、母は感情的な人なので、先生に言ったりして、さらにそういう意地悪が増えたりするんじゃないかと怖かったし、それでも学校にいなきゃいけないからもあった。両想いの男の子もいたりしたけど意地悪してくる子のことを好きだった時期があったり、彼にとっては友達だから言い出せなかったし、彼が注意してくれたとしても同様の恐怖があった。誰にも相談出来なかった。
中学に入っても部活が大変でそれも彼に相談出来なかった。思春期もあり、男女が仲良くするのを茶化されたりするのが嫌だったからもある。部活は顧問の男の先生の言葉の暴力。賞を取る為の道具でしかないような扱い。土・日も1日練習。用事があるから休むと前もって言っても、担任を使って部活に来させようとする。どれだけ話しても親は本当の意味では分かってくれてなかった。
高校は同級生も先生もいい人が多かったのかもしれないけど、今までの記憶が強すぎて上辺だけの付き合いをしていた。習い事の為のバイト生活の日々。慣れない、合わないバイト、人間関係が複雑すぎてどんどん自信を無くしていった。中学の部活でもう自信を無くしていたっけ(笑)
高校卒業し上京。知らない土地での生活、今までの無理がたたって、心も体もボロボロに。実家に戻ってきてひきこもった。外に出ないわけではないが、人が怖い。上京して下心で接される機会が増えたのが大きい。私はどこで踏み外したのか。人に頼られることが多すぎて頼り方、甘え方、わかんない。考え方は昔から変わらないからそれを変えていく必要があるのかもしれないと必死に自分と向き合う毎日。人はどうやって生きてるの。なぜ自分はこんな苦しい思いをしなきゃいけないの。なんで、なんで、なんで、どこまでは良くて、どこからが変えなきゃいけない部分なの?誰も教えてくれない。自分で向き合っていかなきゃ…人と関わらずに生きて生けるのなら私は私らしくいれるのかな…いつかは誰もが死ぬし、心が死んじゃえば終わりなのに、なぜ人は産まれ、生きたいと思うの?どうして?私は誰?死んじゃいたい…消えちゃいたい…でもそれでも生きてる。生きていこうとしてる。矛盾している自分自身が苦しい。
素敵な未来が待ってると信じたい。今までの全てが無駄じゃないと言いたい。強く、強く、生きていきたい。私は私だ。ここにいる。ここに存在している。生きている。呼吸して心臓が動いている。もうそれだけでいいんじゃないか。何者でもない…けれど、私は私。世界でたった1人のオンリーワンの私。それでいいんじゃないか。短所、欠点があっていいんじゃないか。だって私だもん。全て私なんだもん。いいじゃん。もういいよ。今までよく頑張ったよ。もう無理して背伸びしなくていい。等身大の自分を愛そうよ。それでいいんだよ。今のままで十分。本当によく頑張ったね、自分。絶対に幸せになれる。絶対に、絶対に。幸運は待っている。私を利用せず、必要としてくれる人、場所がある。きっと。今は休もう。立て直そう。人生を。私の私だけの人生。誰にも歩むことができない素敵過ぎるくらい素敵な人生を歩もう。切り開いていこうよ。今は少し振り返り自分を見つめ直そう。冷静に。人のせいにせず、自分を責めず、私を取り戻す。私を。

●感想コメント1
原稿ありがとうございます。
まず、タイトルに惹かれました。
「生きるとは」ぜひ、一緒に考えたいテーマです。
生きることを立ち止まって考えてしまうということは、それだけ生きることに何かしらの実感があるからだと思いますし、実感があること自体は貴重なことだと思っています。
また、書き出しもとても気に入りました。私も「学校に行かない選択肢」はあるべきだと思っていますし、行かない場合にも「行ける場所の選択肢」がたくさんあって、健やかに成長できる環境の保障があるべきだと思います。でも、残念ながら日本社会の子ども時代に関してはまったくの学校至上主義の仕組みです。そうじゃなければ、あなたがそんなに苦しまなくてもよかっただろうと思います。
あなたとは学校に行かない選択があった時にはどんなところに行きたかったか?とか学校がどんな場所だといいと思うか?など今の学校の課題やそれを解決するための具体的な方策を一緒に考えたいと思いました。
私は、最後の方にたくさんの強い思いが込められた「生きたい」「信じたい」「私だけの人生」「やり直したい」そんな思いを持った大人に子どものうちに出会えることが大事だと思っています。あなたには子どもたちと関わる機会を持ってもらいたいと思いました。

●感想コメント2
自己尊重や他者との距離感(関わり)などを育む貴重な時期に、このような経験をされるのは心身ともに大きなダメージを負ってしまうだろうなと思いましたし、あなたの「人はどうやって生きてるの」という言葉から切実なお気持ちがとても伝わってきました。どこにも居場所がなく、本当に苦しかったと思います。人に頼ったり甘えたりする方法がよく分からないのも当然だと思います。
実家に戻って休んでいると書かれていますが、ゆっくり休めそうでしょうか?
あなたは子どもが育つうえで重要な保育園や学校という仕組みが歪んでいるために傷つけられてきたのだと思いました。なんの非もないあなたが傷つけられるのはおかしいと私は感じます。
一方で、文末のほうにあなたの「生きる」ことへの強いお気持ちが書かれていましたが、このように感じた、考えるようになった過程やきっかけなどもし具体的にあるのでしたらもう少し詳しくお聞きしたいと感じました。