「褒める」?

|10代 女|


私は絵を描くことが好きだ。
歌うことも好きだ。
運動は得意じゃないけど、
勉強と、さっきの2つと
得意なことはたくさんある
人をまとめることも得意だと思うし
委員長にも選出されたし
先生にも信頼されてる。

それでも、親は褒めてくれなかった。
絵を見せても「こんなの時間の無駄」
歌を歌ったら「うるさい、黙って」
高得点のテストを見せても「低くない?」
何かを成し遂げてもさも当然のように
また上を要求してくる。
諦めなかった。
褒めてもらいたいから、
褒めてもらう=自分の存在価値だから。
それでもやっぱり、褒めてもらえなかった。

やがて「褒められたい」と過度に思うようになってきた。
自分より劣っているであろう人に評価を聞きに行き、褒めてもらって優越感に浸る。
まぁ最悪だった。最悪な人間だった。
今もそんな自分が大っ嫌い。

中学に入った。私は吹奏楽部に入部した。
顧問は怖くて、嫌味が多くて、正直キツかった。
引退まであと半年だけど、今すぐにでもやめたいって思ってる。
それでも同級生は””真面目””だった。
少なくとも、私みたいな人は0人。

ある日、顧問に言われた。
「貴方って、先生の前だといい子になろうとするわよね。」
そんなつもりはなかった。
“”褒められたい””、””いい子でいたい””という気持ちは確かにあったかもしれない。
でもそれは思っているだけで、わざわざ「いい子にしよう」なんて考えてもいなかったから意外だった。
その日から、夜な夜な泣くようになった。
こんなに?って思うほど、涙が出てきた。
隠れて泣く、そんな日々が1ヶ月ほど続いた。
もちろん肌は荒れた。部屋も汚くなった。

そして現在、何を言われても何も思わなくなってきた。
嫌味を言われるのにすっかり慣れた、罵倒もなんとも思わなくなった。
何より涙が出なくなった。
自己承認欲求が強くて、こんなにも最悪な性格に育ってしまった自分、
これって誰のせいなんだろう?
ちょっと褒めてほしいな、って思ってみたり。
なんて、大分我儘だと最近気付いた。
結局変わらないのかな。

感想1
経験談の投稿ありがとうございます。好きなもの得意なものがたくさんあるのに、一番褒めてほしかったり認めてもらいたい人(投稿者さんにとってそれが親なのかな想像していました)から否定され蔑まれたりすることで、素直な気持ちで物事に取り組んだり楽しんだりという感覚が奪われてしまってはいないかなと想像していました。「褒めてもらう=自分の存在価値だから。」と書いているように、確かに他者から良い評価を受けることで安心感や満たされた気持ちになるということは私もあるので感覚は分かるなと思いつつ、何だかそれだけで自分の存在価値が決まってしまうのは勿体ないというか、何だか違和感があるなと感じてしまうところもあります。委員長に選出され、先生には信頼されているということでしたが、投稿者さんにとっては親に褒められなければやっぱり意味はないと感じてしまうのか気になりました。
「褒めてもらいたい」「いい子でいたい」という思いが強く出てしまうのは、状況を想像すると自然な感情なのではないかなと感じますし何も悪いことではないと私は感じます。文章を読んでいると自分のことを客観的に見ることができる人なんじゃないかなと想像し、この先様々な人と出会い、価値観などに触れることで視野も広がり、少し考えなど変わっていくこともあるんじゃないかなと思いました。その機会の一つとして、良ければこれからも死にトリに参加してほしいなと思いましたし、投稿者さん自身のことが誰かの気づきのきっかけになるのではないかなと感じました。
承認欲求に関しては私もよく考えさせられるテーマではあるので、機会があれば果たして本当に我儘というだけなのか、褒めてもらいたいという気持ちの裏にある本当の気持ちはどういうものがあるのかなど投稿者さんと一緒に考えてみたいなと思いました。またいつでも死にトリに投稿者さんの声を届けてくださいね。

感想2
褒めるというタイトルを見て、とても経験談を読みたくなりました。というのも私はずっと「褒める」という意味がうまく理解できず、知りたいと思ってきたからです。「褒めてもらう=自分の存在価値」というあなたの感覚が印象的でした。あなたの経験談を読ませてもらったことで私なりに色々考えさせられました。褒められるって、誰かに“自分が認められている”という分かりやすい行為なのかもしれませんね。私は、いつの頃からか誰かがひとのことを褒めている場面を見ると何だか嘘っぽく映り、本当にそうやって思っているのかな…そうやって言うと喜ぶから言っているのかな…と思って褒めるという行為にあまり良いイメージはありませんでした。私は自分のことを知らないひとから褒められると馬鹿にされたような気持ちになることがよくありました。本当の自分を見てもらっている訳ではないからなのかもしれません。あなたの場合はどうでしょうか?きっと能力も地力もある方なんだろうなって思いますから、必死に頑張ることで自分の存在を知らせていたのかなと私は思いました。特に身近な親にはそうだったのかもしれません。きっとただ褒められたいわけではなくて、本当のあなたを受け止めてもらいたかったのではないでしょうか。
あなたが泣き続けた姿を思い浮かべて、たとえ勉強ができたってできなくたって、得意なことがあったって、なくたって受け入れてもらえるだけで十分だったのではないかとさえ思います。罵倒などあなたが傷つく場面はいまもあることが気になります。あなたは自分の性格を客観視できるからこそ、涙が出なくなるほどに無意識に感じることを止めて、自分を守っているのかなと私は想像しました。そしていまは本当のあなたと話す相手(存在)が必要かなって思ったりしました。あなたが感じる褒められたいという思いは、受け止めてもらいたいという思いだとするとそれは決して我儘ではなく、自然に湧いてくる気持ちだと思います。いまは匿名でお話したり、気持ちを誰かに伝えたりできるチャットや電話の窓口がありますからお話してみることもこともちょっとおすすめしたいです。「まもろうよこころ」で検索してみてくださいね。そして死にトリにも参加お待ちしています。