普通じゃない。生きてるメリットなんてない

栃木県、22歳、女


社会人になって、2年。

高校、専門学生時代は、恋人もいて、学校に毎日通って友達と帰りに遊んだりバイトに行ったり、先生と雑談したり。楽しかった。

今は就職して会社に行って終わり。

恋人には浮気されたし、裏切られた。心の隙間を埋めたくていろんなサイトで出会いを求めたけどダメだった。今はつまらない。会社にいったり仕事をするやる気が全然ない。やらないといけないのにあたまに入らない。メモを取らないといけないのにどこを取ればいいかわからずめちゃくちゃなメモになってしまう。人の話が理解できない。

他に趣味はない。痩せたいのについつい食べてしまう。

中学の時、いじめられて根も葉もない噂を流され、友達と思ってた人にも裏切られてしまった。味方なんていないに近くてしんどかった。その気持ちをマシにするのが食べること。ものすごく太ってしまった。頑張って10kg落としたけど、胃袋は大きいまま。今でも食べることで少しマシになる。だからか、普通の量じゃ満足できない。直したいのに全然だめ。拒食症になりたいレベル。歩くのは平気だけど、運動は大嫌い。

今は友達はいるけどいつ裏切られるかわからない。

もう楽しいことも辛いことも経験した。社会情勢はひどくなっていくし、老後は怖いし、親が死んだら身寄りはいないので、生きていく意味がわからなくなる。よりによって健康体なので病気知らずでしねない。

舐められやすい顔で、人には話しかけられやすいけど、ビクビクしがちだし苦手なものは顔に出てしまうし、ADHD&ASDで普通ではない。無意識に言ったことで傷つけてしまう、空気が読めない、話すときに語彙力、話すのが苦手なのか言いたいことが伝わらない。何かやれば絶対に抜けがある。100点を取ったことがない。

自分で自分の機嫌が取れない。心が満たされないから。こんなやつ早く死んだほうがいい。迷惑をかけるだけで、生きてる意味ないし。毎日消えたい死にたいと思っても目が覚めてしまう。

こんな命あるなら本当に生きたい人にあげたいよ。

感想1

経験談を読んでみて、人を信頼したい気持ちと、人を信頼できないという気持ちの両方があるのかなぁと想像しました。また、長い目で物事をとらえることが多いのかなと思いました。

色々な感情が素直に書かれているな、とも思いました。でも、感じていることを思ったように人と共有しづらいという感覚があるのでしょうか…。

仕事では、分からないことが色々あるような状況が日常化していると、やる気が失われるのも無理はないだろうなと思います。

この経験談全体から、今の世の中では、「自分で自分を満たすためのもの・方法を持っていたほうがいい」といった考えがあるなと思いました。もしかすると、学生の頃より社会人になってからの方が、その考えを身近に感じる傾向があるのだろうかと思いました。
でも、私は本当に「満たされている」ことがいいのだろうか、と思います。また、いろいろな存在はたまたまお互いの力や感情のもとになることがあったりして、単体では生きていないのだろうな、と考えました。どこまで行っても、他の存在との関係をなくすことはできず、それならなるべく傷つけあわないで楽しくいられるような関係の中にいたいという考えもあるだろうと思います。一方で、そのような関係を実現するのはかなり難しそうだなとも思いました。

私は「とりあえず今を生きられればいいかな」という考えで過ごしていますが、投稿者さんは生きることに「意味」を求めているようでした。なので、生きる意味・メリットについて考えるようになった背景などをもう少し詳しく知りたくなりました。
いずれにしても、自分の要求に近い形で「生きる」には、どんな機会や環境が必要なのか、投稿者さんの思うことがあれば聞いてみたいと思いました。

感想2

経験談を読ませていただきました。高校、専門学校時代は充実した学校生活を送っていたけれど、社会人になったあなたが彼との関係性が引き金になって、中学生のいじめ体験がまた思い出されて過去の辛さを再体験しているように思いました。それによってひとを信じられないような怖さやしんどい気持ちが表に出てきているとしたら、仕事をしていてもなかなか考えがまとまらない、気力がわかないようになったとしても全然不思議ではありません。なんとなく空いた思考の空間やしんどい気持ちを紛らわせるように、食欲を満たすことで対処しているように思いました。でもそれをすると中学時代のことが思い出されるのかな…。いまは少しあなたがあなた自身の感情に振り回されたり戸惑ったりしている部分はないでしょうか。あなたは消えたい、生きる意味を見つけられない感覚が強くあると経験談の最後の方で教えてくれました。死にトリに掲載されている経験談でも似たような表現でしんどい感覚を語られる方は少なくありません。日々の生活やひとに疲れてしまって前を見ることができなくなったひとにとって、毎日消えたい、死にたいと思うのは1日を乗り越えたり、折り合いをつけて過ごすために必要で自然な感覚なのかもしれません。あなたの経験談のキーワードのもうひとつは「普通」ですね。自分自身を普通じゃないと表現していますね。何をもって普通とするのか難しいと思いますが、少なくてもいままで周囲と合わせようとすると、生きづらいと感じる場面があったのかもしれないなって思いました。自分の内面では生きづらいと感じる場合でも相手はそこまで感じていない場合があると思います。例えば私が仲良くしている友人は、あなたと個性が似た感じの方ですが、とても率直な方です。私はそのひとといる方がいわゆる普通のひとといるよりもよっぽど落ち着きます。裏表を感じないからかな…。私の話をしましたが、決してあなたに普通じゃなくても大丈夫だよと言いたいわけでも励ましたいわけでもなく、人はひとりでは人間性や人柄が定義されず、マッチングによって定義されると思うからです。簡単にいうと相性ということかもしれません。あなたの友達があなたと率直に思ったことを伝え合って、互いに理解を深め合える仲だといいなって思います。いまは気力がないかもしれませんが、少し元気になったら例えば雑談した先生に会ってみるとか、会社と家の往復の間に何かふと切り替わる機会をもつのはどうかなって思いました。(もしかしたらたまに友達にあったりしているかもしれませんね)最後に、2つ情報をお伝えしたいです。死にトリには「つらチェック」というコンテンツがありますが、利用してみましたか?自分を分析するためにちょっと役立つかもしれません。まだ試していなければぜひ!それと消えたいなって気持ちを匿名で話したり深めたりすることができる相談窓口もあります。良かったらのぞいてみてくださいね。

「まもろうよこころ」https://www.mhlw.go.jp/mamorouyokokoro/