学校に通えず引きこもり、その後の人生

北海道 21歳 男性


私は毎日のように学校に通いたく無いと思っていました。これ自体は共感できる人も多いと思います。
ただ、私の場合に辛かったのは家族を頼ることが出来ず、無闇に家族を傷つけてしまったことです。元々私の家庭は母、祖父母、私の4人で構成されており、母と祖父母の関係があまり良くはありませんでした。私自身が責められるようなことはありませんでしたが、母と祖父母の間で喧嘩(怒鳴り合いやひどい時には暴力に発展することも)があり、とても強いストレスを受けていました。
私は小さい頃から他人に感情を出すのが苦手で、幼稚園に入ってから数年間声を出さなかったこともあり、学校にもうまく馴染めませんでした。特に高校生になってからは、まったく人と会話をしようとせず、コロナ発生前からずっと人前ではマスクを着けることで自分の身を守っていたりもしました。
結局、高校3年の秋頃から不登校になり、家族からはとても反対されましたが、無理矢理学校を休み、いわゆる引きこもりになってしまい、
家族から受けるストレスにも耐えられず、私自身家族に暴力を振るってしまうことも数多くありました。その中で精神科に通い続けましたが、あまり助けにはならず、最終的には祖母に怪我を負わせて留置所に。
その後約半年の病棟生活を終え、今は真っ当な社会人としての生活をするように言われています。しかし、未だに私の中には社会に貢献しようという心は無く、宙ぶらりんになっているかのような空虚な日々が続いています。
今は障がい者用の就労施設に通いながら、北海道のあるグループホームで生活をしていますが、夜に外出出来ないなどのルールが厳しく、寂しさを誤魔化すだけの毎日を送っています。未だに前を向くことは出来ていませんが、少しでも誰かに私の境遇を知って欲しくて、このような文章を書かせていただきました。
駄文、長文失礼しました。最後にここまで読んで下さった皆さまに、感謝の意を表したいと思います。 

感想1
経験談の投稿ありがとうございます。幼い頃からずっと、学校でも家庭でも気が休まる時間や安心感などはなかったのではないかなと想像しながら読んでいました。投稿者さん自身が直接、責められるというようなことはなくても、日々お母さんと祖父母さんの間で怒鳴り合いや時には暴力にまで発展し、そのような状況を目の当たりにしていると萎縮もしてしまうかと思いますし、自分の思いや考えを外に出すということが苦手になってしまうのも無理もないと私は思いました。幼稚園に入ってから数年間、声を出さなかったのも自分を出すことへの怖さもあり、幼いながらにも自分を守るための術でもあったのかなと考えていました。高校生になってから全く人と会話しようとせずとありましたが、それはどんな思いがあってそのようにしたのでしょうか?小学校や中学校で人との関わり方が分からず、嫌な思いなどもされて諦めてしまったという気持ちもあったのかな?など想像していましたがもう少し詳しく知りたいなと思いました。
不登校になり、やっとストレスを感じる環境(学校)から離れることができても家族は投稿者さんの気持ちを汲んでくれたり理解してくれるわけでもなかったのかなと感じています。”暴力”ということを正当化するわけではないのですが、投稿者さんが家族に対してしたことは、絶対にダメなこととは私は思えないです。正しい感情の出し方、相手への伝え方などを学べる環境ではなかったのではないかと想像しますし、一番身近にいた人たちが攻撃的な方法でしか相手に思いや考えを伝えなかったことを考えると、投稿者さんだけに問題があるといった話ではないと思いました。
今は家族と離れて暮らしているのかなとは思いますが、気持ち的に多少は解放されたなといったような思いもあるでしょうか?現状として今の生活は制限やルールもありますし思うところもあるのだろうとは感じますが、少しでも投稿者さんが心休まる時間があるといいなと思います。機会があれば、また死にトリに投稿者さんの思いを聞かせてほしいなと思いますし、どうすれば少しでも前を向くこと(必ずしも前を向くことだけが良いというわけではないですが)ができたり投稿者さんのモチベーションに繋がるものはどういったもの(こと)があるのかなど一緒に考えたいなと思いました。

感想2
経験談を書いて送ってくださり、ありがとうございます。
文章表現や言い回しから、とても丁寧な人柄を想像しながら読みました。小さい頃から恐怖や不安を感じても、我慢することが多かった様子なので、たまってしまったストレスや負の感情をうまく表現することができず、それが暴力となって表出してしまうのも、無理もないことだと思いました。
人が自分の気持ちに気付き、それを誰かに適切に伝えることができるようになるためには、安心できる環境で自分の気持ちを受け止め、聞いてくれる存在が必要だと思いますし、成長する中で、その気持ちに応答してくれる他者があってこそだと思いますが、その経験が保障されなかったことで、一人で何とかやり過ごして来たのだろうと思います。その1つの方法が引きこもりだと私は思ったので、自分を守ろうとした行動を支持したいと思いました。
私が感じたのは、真摯に振り返る姿勢や実直に気持ちを伝える様子から、あなたは経験していないだけで、これからでも人と関わり合うことで、成長や自分らしく生きる道を探せるのではないかということです。「真っ当な社会人としての生活をするように言われている」とのことですが、私にはあなたのこれまでの気持ちや行動は真っ当だからこそ表出したものであって、そのままで十分真っ当だと思いました。仕事をするとか、いくら稼ぐとか、社会人としてとか、そういうことではなく、あなた自身の気持ちによく耳を傾けて、それをわかってくれる人を選んですごしてほしいと思いました。そうすると、何か見つかるような気がしています。よかったら、また死にトリに来てください。