過去の記憶と自殺ごっこ

20代 女性

私は小学校でいじめられた。なぜいじめられたかというと、私の性格に癖があったことと、発達障害で苦手なことが沢山あり先生からも注意されることが多かったからだろう。もちろん私含めて当時は誰も私が発達障害だと分からなかった。両親はそれを知っていながら私へ学校へ行くことを強要した。一応両親は学校へいじめについて抗議はしていたらしいが、私を学校へ無理やり行かせる時点で同罪だろう。私は担任も信用していなかったため、相談もしなかった。また、母は、私が学校の成績が悪かったり、勉強せずに寝ていたりすると、暴力をふるってきた。また、母の気分で、気に入らないことがあると私を殴ることがあった。私は抵抗するために、母の目の前で自分の首を切ったこともあった。父は、私の自殺を止めてきたが、私にはただのお節介でしかなかった。中学生の頃は、学校の成績や母の気分で殴られたり暴言を吐かれたりする度に首を吊ったり学校の最上階から地面を見下ろしたり、体のどこかを切りつけたりと、自殺ごっこをしていた。学校の成績が悪くて夕食は抜きだと言われた時は、親の目を盗んで勝手に台所から食べ物を持ち出していた。
高校生になってから、私は学校で上手くいかないことや勉強についていけず、生きづらさをより強く感じ、ついに保健室の先生に「死にたい」と訴えたところ、先生は母に私のことを全部話してくれた。母はそれまでの事を反省し、私は発達障害の診断も受けることができ、みんなの支援を受けながら高校を卒業することができた。
ところが大学生になってからは、私の両親は何だか元に戻りつつあるように思えた。暴力をふるってくることはないが、私が大学で追い詰められてることを話しても休学は許されなかった。更に母は憤慨し、「お前など生まれて来なければよかった、お前など死ねばいい」と罵り、私をケダモノ扱いしてきた。私は母に、「休学させてくれないなら自殺する、私の命よりも大学に行く方が大事か!」と言ったが、母は単なる脅迫だと軽く受け流した。そして私はまた、「なんで昔私を無理やり学校へ行かせたんだ!学校なんて行かなきゃ良かったのに!」と言ったが、母は、「学校は普通は行くものだ、お前は根本的なところから間違ってる。」などと、なんだかんだ理由をつけて学校へ行かせたことを正当化してきた。私の人格が歪んだのは私に勝手な価値観を押し付けてきた両親やいじめっ子に原因があることは明白だ。私の気持ちを知らずに正当化する母。私は再び自殺を切り出したが、またもや軽く受け流された。それからずっと私はまた自殺ごっこを繰り返すようになった。母は、私に死ぬことを望んでいるため、私がいずれ自ら命を絶つことは明らかである。だから、大学の講義で聞いた、「親より先に死ぬことは絶対にあってはならない親不孝だ」という言葉が重く引っかかった。私の場合はある意味親孝行だからである。また、私自身、自分の命よりも大切なものがあったが、それも失われつつある。それが完全に失われれば私は確実にいなくなるだろう。私が死ねば、家族は喜ぶだろうが、大学の関係者に支障が出るだろう。だから私は大学在学中は生きておかなければならないと感じている。
私は子供の頃から死にたかったが、中学生の頃までスマホを持っていなかったため、相談機関と繋がることができず、確実に自殺できる方法を調べることもできなかった。今は相談機関と繋がることができるようになったが、子供の頃のトラウマはずっと残っている。相談員がどんなに私に尽くしても、トラウマを乗り越えることは不可能だと悟った。そして、なぜ小中学生の時に私は自殺出来なかったのかと、未だに悔しさを感じる。
今現在、私が死にたいことについては、誰のせいでもない。ただこの現実を受け入れられないのである。そして、自殺ごっこはこれからもしばらく続くであろう。

感想1
タイトルにも文中にも使っている「自殺ごっこ」について考えていました。書かれている内容を読んで、リアルな情景や気持ちが伝わってきて、私にはごっこという表現をする内容とは思えなかったからです。だから、あなたがごっこという表現を使ったのはどういう表現だったのか?と考えました。もう一度よく読んでみて、ひょっとしたら、過去の記憶と自殺のおにごっこなのではないか?と思い至りました。どちらかというと、追いかけっこのようなイメージでなのですが、どうでしょうか?
あなたの経験から、発達障がいだとわかっただけではなく、それを周囲に理解されることがいかに大切かを痛感しました。発達障がいのそもそもは発達のバラエティであって、最初から障がいにはならないはずだと私は思います。でも、それが周囲の都合や価値観によって一方的に歪められることで何かしらの支障が生じて障がいとなるのではないか?そういう意味では「私の人格が歪んだのは私に勝手な価値観を押し付けてきた両親やいじめっ子に原因があることは明白だ」というくだりには賛同をしました。
全体を通して、起こったことについて分析的な視点とメカニズムに対する納得感と同時に人為的であるがゆえの理不尽さに対する憤りのような感情の両方の戦いのような印象を受けました。そして、自分に何か呪縛のような、義務のようなものを課して、頑なにそれを守ろうとする姿も感じています。そこから解放されることは簡単ではないかもしれませんが、少しでも解放される方法を一緒に考えてみたいと思いました。

感想2
小学校でいじめがあり、それでも両親からは学校に行かなければいけないと言われていたら、逃げ場がなかったのではないかと思いました。
家庭でも暴力があり、家もくつろげる場所ではなかったかもしれません。
本当なら、学校でも家でもない、投稿者さんの安心して過ごせる場所が必要だったのではないかと思いますが、それが用意されない環境だったのだと感じました。
投稿者さんには投稿者さんの意思があり、自分がどうしたいかという思いがあるにも関わらず、それが大切にされない環境にいたら、「死にたい」と感じるほどつらさに行き場がなくなることもうなずけると思います。
小学校の担任は「信用していなかった」と書かれていましたが、高校の保健室の先生には自分の思いを伝えられていて、信用できる大人がいることの重要さを感じました。
今は大学に通われているのだと思いますが、今の環境では、そういう大人はだれかいるのか気になりました。相談機関とつながっていると書いてありましたが、相談員がそういう存在といえるのでしょうか。「相談員がどんなに私に尽くしても、トラウマを乗り越えることは不可能だと悟った。」と書いてあって、その背景には、相談機関につながろうと行動するなど、投稿者さんの中に状況を変えたいという思いがあるのではないかと思いました。
投稿者さんが経験談を送ってくれたことも、もしかすると、そういう思いの結果のひとつなのかもしれないと感じています。
どんなきっかけがあったのか、どんな思いがあったのか、聞いてみたいと思いました。
それから、投稿者さんにとって信頼できる機関やコミュニティ、活用したいコンテンツなどがあれば聞いてみたいです。