埼玉県/20代/女
何があったわけでもないのにずっと死にたい。
裕福な家庭で、高い学校にも通わせてもらって、一人暮らしもさせてもらっているのに。
恵まれているはずなのに、頭にこびりついた死にたいにずっと追われている。
いつから死にたいって思っていたのかはわからないけど、高学年くらいの頃にはなんとなくあった気がする。最初はいわゆる厨二病だったんだろうけど、取り返しのつかないところまで染み付いてしまった。
死にたいというか、終わりたい。逃げたいとかに近い気がする。小学生くらいから、何か失敗するたびに明日が来なければいいと泣いていた。今でもこのまま起きなければいいのにと思う。
大学は2年生まで単位も全部取って、グループからはぶられることもなくやっていた。
3年生の夏、急にダメになってしまって布団から動けず泣くだけの生活になった。
そこからはずっと逃げっぱなしで、何もできないというか、何もしたくない。究極の面倒臭がりになってしまった。
1年休学して、2留しながらもなんとか4年生まで漕ぎ着けた。バイトもしろと言われるし、実際しなければ厳しいなと思って始めた。
同時期に恋人ができた。嬉しかった。
なんとなく普通に戻っていけるのかなと思った。
お酒が好きなので、バーで働きたかった。でも不採用だった時のために、スナックにも応募していた。バーに採用されたので、スナックは体験入店だけのつもりだった。でも押しの強いママに負けて、ズルズルと掛け持ち状態になり、休みをスナックに持っていかれている。
スナックは客層もあまりよくなく、えぐめのセクハラも多い。ママからのプレッシャーは怖い。かなりの量を飲んで、フラフラで泣きながら帰る日々が続いている。次の日は二日酔いと自己嫌悪で動けず、動けるようになった頃には出勤の時間だ。
酒癖が悪いので、お酒が入ると人が恋しくなってメンがヘラる。そうして退勤後に泣きながら恋人に電話しては怒られて、電話をかけてはいけない日ができた。
かけていい日は何時にかけてもいい。そういう約束だった。
スナックは殆どアフターに強制参加で、金土は特に連れて行かれる日が多かった。だから金土を何時にかけてもいい日にしてもらった。
でもアフター後は輪をかけて精神状態がひどいので、ついに呆れられてアフターのあった日もかけてはいけなくなった。
スナックはなんとか9月半ばには辞めることになった。でも電話しなくても文面でやらかすので、スナックを辞めた後も改善されなければ別れると言われている。
怒られたことを学習できない。我慢ができない。何か疾患とかというわけじゃなくて、ただただ精神が未熟なのだろう。
もしかすると周囲の環境もあったのかもしれないなんて、人のせいにしたくなる。祖母が横暴で、母はヒステリックで、父は私の知らないところで知らない女と弟を作っていた。でもちょっと特殊なだけで虐待とかはないから、私がクズで動かなくて学ばないのは、ただの甘えと怠惰なんだろうなと思う。
強い言葉を並べてしまって申し訳ないけど、自分をクズって言ってる時は何故か胸のつかえが少し楽になる気がする。
休学の直前、病院に罹ったこともあるけれど、何があるわけでもないのに通えなくて続かなかった。適応障害と診断されたので、復学している以上これはもう関係ないんだろうな。
最近また学校に行けなくなってきた。かろうじてバイトは飛ばずに続けている。恋人とは多分秋にはただの知り合いに戻っているんだろう。
洗濯しないと服もない。ゴミ出しもしないといけない。論文も書かなきゃいけない。やらなきゃいけないことはたくさんあるのに、今日も私はベッドで泣きながらこんなクソみたいな文を書いている。
最近リストカットを覚えてしまった。ちょっと剃刀で切るだけでも痛くて、やるものじゃないと思ったけど、やる時は泥酔して錯乱しているから切ってしまう。
リスカ自体が問題じゃなくて、怖くてできなかったことへのハードルが下がってるのが怖い。
このままだと自殺ごっこも簡単にできるようになるんだろうなと思ってしまう。
でも死ぬのは怖い。私がいつも思うのは、やっぱり死にたいじゃなくて、逃げたい、消えたいとかなんだな。
はやくおわりたい。
私が今いなくなったら少しは悲しんでもらえるのかななんて、かまってちゃんの究極系みたいなことばかり考えている。
普通の子になりたい。
感想1
経験談の投稿ありがとうございます。
表面上問題のない環境に置かれていても、幼少期から死にたいと思っていたとなると、投稿者さん自身何かしら不安など自身にとってマイナスな要素を感じるところがあったのかなと想像していました。周囲の環境について書いてくれていて、投稿者さんの感覚で言えば「少し特殊なだけ」かもしれませんが、少なからず影響は受けている(例えば自分を「クズ」って言っていれば少し楽になる感覚など)のではないかなと感じ、人のせいにしたくなる感覚も自然なことのように感じますし、むしろそれを一つの理由にしてもいいんじゃないかなと私は思いました。
大学生の時の様子を読んで、3年生の夏に急にダメになってしまったきっかけなどは何かあったのか気になりました。その当時、どういう思いで過ごしていたのかももう少し詳しく聞きたいなと思ったと同時に、それまでもしかしたら何とか取り繕っていたものに限界がきてしまったのではないだろうかとも想像していました。
投稿者さんの文章を読んで、「普通」ってなんだろうなと考えていました。投稿者さん以外にも「普通」について悩んでいたり苦しんでいる人は私含めてたくさんいるだろうなと思います。また、スナックでの出来事も、恋人との関係性についても、「怒られたことを学習できない」「我慢できない」の背景には、「認められたい」「本当の自分を見てほしい」「愛されたい」等の感情を上手く表出できない(それは投稿者さんが悪いのではなく、これまでの環境がそうさせたのだと私は感じています)ことですれ違いが生じてしまっているようにも感じました。
どうすれば投稿者さんが無理なく過ごしていけるようになるのか、不安や恐怖感に苛まれることがなくなるのか、「普通」とは何か、機会があれば一緒に考えたいなと思いました。
感想2
死にたい気持ちを抱えながら、その理由がわからず、自問自答する気持ちを経験談として書いてくれたのかな?と思いながら、読みました。最初に「何があったわけでもないのに」と書いていますが、経験談を読んで、率直に思ったのは「いろいろあったのだろうなぁ、それを人知れず抱えてきたのだろう」ということでした。そして、とても繊細な感性の豊かな真面目で周囲を優先する人なのだろうと勝手に想像していました。
あなたが抱え続けてきたしんどさは、あなた自身の持っている感性や気持ち、考え方と周囲との組み合わせで生じているのではないかと私は思いました。だから、あなたが一方的に悪いわけでもないですし、家族が一方的に悪いのでもないと思います。経験談に書かれている内容からの推測ですが、少なくともあなたが個性を発揮して、のびのびと育っていくような環境ではなかったのではないか?と感じています。その意味では人のせいということではないですが、環境要因が大きかったのではないかと思いながら読んでいました。
印象的だったのは、「自分をクズって言ってる時は何故か胸のつかえが少し楽になる気がする」という言葉でした。その前に「強い言葉を並べてしまって申し訳ない」とありますが、あなたの経験談の表現は私にとっては率直で清々しく感じたので、思うところを吐き出してもらえてうれしく感じました。そして、自分をクズだと言うことで、胸のつかえが少し楽になる気がするなら、どんどん言ってもらいたいと思います。でも、私にはあなたのことをクズだと思う気持ちは起こらなかったですし、自分がクズだという暗示をかけることによって、厳しい現実から意識や思考を遮断しているのではないか、現実をやり過ごすための方法として、その暗示を見出したのかなと思っていましたが、どうでしょうか?
タイトルの「メンヘラ、スナックで働くな」はあなた自身があなたに向けたメッセージでしょうか?経験談には9月半ばで辞めることになったとのことですが、予定通りに辞められたのだろうかと勝手に気にしています。
もし、周囲や自分からの圧力や期待に押しつぶされそうになってしまうのなら、またあなたの本当の気持ちを書いて、送ってください。待っています。